付喪堂綴り・1

□短編・クリスマス編・3
1ページ/4ページ

短編・クリスマス編

「赤鼻のトナカイ」


『まっかな おはなのぉ、トナカイしゃんはぁ‥』

可愛らしい女の子の歌声が弾む。
白い肌にリンゴのようなほっぺたの、可愛らしい女の子‥今年、小学校に入学したばかり。

青森県の山奥の村、雪深い村にその子は住んでいた。

父へ手紙を書いている。

父はよく『まるでムクドリ』‥そう笑っては、疲れた笑顔を見せる。

冬になると山を越えて里に降り、春になると山へ帰ってくるムクドリ。

この子の父も冬が近づく季節に東京へ出稼ぎに行き、
春になり桜が咲く頃に村へ帰ってくる。

そんな生活はもう何年も続いていた。

寒さのせいか‥家族に会える嬉しさに堪えきれず涙が出るせいか…赤い鼻のお父さん。

たくさん土産が入った袋を背負って帰ってくる。

季節はずれのサンタかと思えば、娘はそんな父を赤鼻のトナカイさんだという。

なぜだろう?‥父が訪ねると、ニッコリ笑って
『おとうしゃんのお鼻、赤いもん♪』と言った。

赤鼻のトナカイさんは、来年の春になるとまた‥鼻をすすりながら帰ってくるだろう。

そんなトナカイさんに、『げんきで はやく かえってきてね』とプレゼントを頼んだ。


20年後


12月24日・23時50分


都内

雪が降っている‥ホワイトクリスマス・イヴ。

おでん屋の屋台から出てきた男性‥酒に酔っているのか、千鳥足で歩いていた。

しばらく歩くと交差点‥冷たい風に吹かれて、手にしていた写真が舞い上がる。

『あっ』男性は慌てて写真を取りに車道へ‥
そこに1台の車が走ってきて‥
鈍い衝撃音が辺りに響き、男性は血まみれで路上に倒れていた。

力が急速に抜けていく身体を動かし、落ちていた写真を握りしめると、
男性は‥仰向けになり雪の空を見つめた後‥涙がひとすじ流れた目を、ゆっくりと閉じた。


12月25日


都内

ガタンゴトン、ガタンゴトン‥
走る列車の振動。

帰宅ラッシュのすし詰め車両。

夕暮れのクリスマス‥街の風景が流れる中、
幸運にも座れた彼女は、いつのまにかコクリコクリと うたた寝をしていた。

座れた幸運と、過去からの不幸と‥慌ただしい1日だった。

年末の忙しい時期だというのに‥不満だけが胸に積もる。

それは、今日の昼になってのことだった。

都内の食品会社に勤めている彼女へ、
1本の電話が入る‥警察から。

『もしもし、そちらに‥相田 珠子さんという方はいらっしゃいませんか?』

昨日深夜、交通事故で男性が亡くなったという。

持っていた荷物から判明したが‥もとは青森県のとある村に居を構えていた人物らしい。

20年ほど前に行方知れずになった父ではないかと‥身元確認に来てほしいとの連絡だった。

『とりあえず‥明日、朝一番にうかがいます』

体調も優れなくてと誤魔化して、そう伝えると受話器を置いたが‥

気が重い…今さら父に会ってどうなるのだろう。

ほんとに父なのだろうか‥会ったとしても、見たとしても顔なんか覚えていやしない。

交通事故で死んでしまった、父とおぼしき人に対面して、なんの意味があるのか。

物言わぬ冷たい身体となった父に、恨み言のひとつも言っても聞こえるはずもないし
それは虚しさばかりが残るだろう。

かといって、涙の対面をしたとしても‥
やはりもう動くことない魂の抜け殻と
どんな思い出を作れというのか。

珠子にとって、どちらにせよ無意味‥
父は自分を捨てたのだから。

そんな思いが胸につっかえていた。

『次は‥』球子の降りる駅の名を告げる
アナウンスが聞こえ、ハッと目を覚ます珠子。

ホームに列車が滑り込み、停車するとドアが開く。

満員の人ごみをかきわけ列車を降りて
溜息ひとつ‥珠子は改札を抜けて歩き出した。


街中

イヴと変わらぬ街のにぎやかさが、球子の心をいっそう重くさせる。

少し疲れ気味のサンタはティッシュを配っているし
ケーキ店は色鮮やかに輝いていた。

そんな街をあてもなく歩き、ホット缶のミルクティーを自販機で買うと‥

少し離れた場所に公園が見えた。


公園

珠子はベンチに腰を下ろした。

買ったばかりの暖かいミルクティー缶のプルトップを開け、ひと口。

『ふぅ』また、溜息ひとつ。

珠子と父の思い出‥思い出って…

珠子「なーんにも覚えてないや」

覚えているのは、冷え切った台所で泣いていた母の姿だけ。

父が帰ってこなくなった年からその光景は続いていたっけ‥

そんな母も、3年前に病気がもとで永遠の眠りについた。

就職で上京していた珠子は母の葬儀を済ませると、青森の小さな家を売り払う。

母は冷えた台所で、入院するがするまで父の帰りを待っていたのだろう。

正直、そんな母が疎ましかった。

『私を捨てて、お母さんを裏切ったヤツをどうして待つの?』

そんな疑問をあけすけにぶつけて、母を泣かしたこともある。

珠子「あれは‥東京に出る何日か前のことだったなぁ」

今でも、あの時の泣き顔の母を思いだすと胸が苦しくなる。

父はどうして家を‥私や母を捨てたんだろう‥そして、この東京でひっそりと暮らし‥

珠子「死んじゃった‥」

公園にある時計を見ると、19時40分と表示されていた。

今年の25日、クリスマスもあと少し‥

冷えた身体に温いミルクティーを流し込み、珠子は冬の夜空を見ていた‥

遠くで聞こえる石焼芋の売り声。

珠子はその声を聞いているうちに、つい‥ウトウトとしてしまった。

『ちょっと、ちょっとって! 起きなはれ‥起きなはれなっ

お味噌汁が冷めてまいますよぉぉぉ!!』

珠子「うるさいわねっ、私は朝はパンとコーヒーなのっ‥誰よ!?」

怪訝な目覚めの珠子だったが‥

珠子「あっ‥そうか‥公園だったっけ。

夢‥だったんだ、あのうるさい声…私、いつの間にか寝てた‥」

時計を見ると20時を少し回ったところ。

珠子「‥20分くらい‥寝てたんだ」

疲れてたんだな‥少しボーとする頭を軽く抑えていたら、

珠子「あっ‥雪だ…」

昨日、24日に降って今日は降らないと朝の天気予報でやっていたのだが

珠子「ハズレだね」

暗い空からハラハラと舞い降りる白い雪は、故郷を思い出させて‥ちょっと嫌い。

寒くて、少し身震いすると、持ち物がなくなってやしないか点検してみる。

幸い、バッグの中身は無事で‥ミルクティーの缶が冷え切っていたぐらいの変化。

けれど…

珠子「なに‥これ?」

小さな箱がちょこんとベンチの上に。

とても綺麗な白色のリボンに、どこか可愛い黒色の小さな箱。

珠子「これ‥忘れ物?‥じゃ、ないよね」

隣に人が座っていた風でもないし、座る前にはこんなものはなかったし。

触れてみると、スルッとリボンがほどける。

珠子「あっ」

内心、少し焦る。

人の物だったらどうしよう‥心配になるものの、好奇心もあった。

そっとふたに手をかけ、開けてみる‥

珠子「これって‥カード?」

箱の中身は小さなメッセージカード。

『めりーくりすますっ☆
幸せな時をあなたに♪』と書かれている。

珠子「幸せなときか‥ふーん」

さほど興味もなさそうに、
珠子はカードとリボンや箱をバッグの中に入れ
立ち上がった。

珠子「寒い‥」

冬の外で20分そのまま寝ていたのだ‥身体もすっかり冷え切っている。

急いで公園を出ると、珠子は家路に向かって歩き出した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ