付喪堂綴り・1

□第7章・1
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「不可思議萬請負業 付喪堂綴り」第7章
『瞳をみつめて』

2010年12月26日

都内・住宅街

さして特徴もなく、周囲の家と似たような家が窮屈そうに並んでいる。

その中の一軒‥表札には『矢代』とある。

母子2人。

母の敦子

娘の彩恵

敦子の夫‥彩恵の父である一家の大黒柱『橋本 逸郎』は、数年前に離婚して家を出た。

[夫の浮気が本気になって]

よくある話の末の離婚。

女性にすれば、許せないことなのだが
男というものはバカな生き物である。

母の敦子は派遣社員として小さな文具会社に勤務している。

娘の彩恵は17歳、女子高生だ。

特段、裕福な家庭ではないが
それでも人並みの暮らしは送っていて

敦子は彩恵を可愛がっているというより、やや甘やかしている。

そんな母親のことを彩恵は『ウザい』といって
なにをしていようが、なにをしてくれようが

無関心を決め込んでいた。

トントントントンと階段を下りて
『行ってきます』も言わずに外へ出る彩恵。

キッチンのほうから

『出かけるの?』と、母の声が聞こえたが無視。

それでも『気をつけてね、なるべく早く帰るのよ』と敦子の声がした。


付喪ライナー

『ルナのどアホっっっ』

『伝助さんのバカっっっ』

続けて[どんがらがっしゃーん] けたたましい物音。

『羽よっ』

『なに使ぉてんねんっ』

またまた[どんがらがっしゃーん‥どんがらがっしゃーん]

珍しく伝助とルナが夫婦喧嘩。

ピーノたちはそれはもう、大慌てである。

淑、メアリー、餡子、ピーノはルナを止め

総右衛門、源左衛門、珍平、缶吉、君兵衛、ずずは伝助を止めている。

メアリー「およしよ、ルナっ」

ルナ「放してください、メアリーさんっ」

涙ながらにルナは叫んでいる。

源左衛門「伝助、やめろ」

伝助「止めんとってくれっっっ」

こちらもコーフン状態。

間で椿とイチゴはオロオロ。

夫婦げんかの発端は‥些細なことだった。


クリスマスの夜、かねてより追求していたおでんの味をより完成させるために
伝助は屋台を引いて街に出る。

総右衛門と源左衛門も、手伝っていた。

そこで知り合った女性は、父と事情あって生き別れ
その父がおでん屋台に立ち寄って‥帰り道、交通事故に遭ってしまう。

慌てて病院へ連れていこうとおでん屋台で走ったら猛ダッシュ。

勢い余ってそのまま時間移動‥

伝助が組み上げた屋台には
マインドアイテム『奇跡の時計』の力を解析し、

データとわずかに残っていた時間移動を可能にするこのアイテムの生心力を
保存していた伝助は、趣味のおでん作りの味を追求するための屋台に

ついでに組み込んで実験しようとして機器類とアイテムの生心力を搭載していた。

つまり[おでん屋台型タイムマシン]となっていたというワケである。

1日程度の時間移動しか出来なかったが、見事タイムスリップに成功。

が、肝心の男性は途中で屋台から落ちてしまい
ドタバタの末に、命を救うことと生き別れの娘に引き合わせることに成功。

そんな騒ぎはあったものの

紅の誕生日とクリスマスを祝うために、みんなで おでんパーティーを開いて
楽しく聖夜を過ごした明くる朝のこと。

朝食の準備をしていた餡子とルナ、淑。

餡子「なあなあ、昨日はなんかプレゼントもらっただか?」

淑「わたくしは、かねてより欲しかったハンドバッグを
主人からプレゼントしてもらいましたわ♪」

餡子「会長はハンドバッグだかぁ。

あだすは、包丁セットさ君兵衛からもらっただ♪

よっぐ切れて、365本セットだね」

淑「通販で売ってるアレでございますわね」

でも、365本セットって‥

餡子「とにかくよく切れて、電線どころか釘まで千切りにできるだよ」

どう考えても普通に料理していれば、そういう状況が訪れるはずがなく。

淑「それで、ルナさんは?」

ルナ「私ですか? 私は‥」

餡子「伝助さん、クリスマスプレゼント忘れてただか!?」

ルナ「ほら、伝助さん

おでん屋台で人命救助とか、桔梗さんや牡丹さんのボディとか、
そのほかもイロイロ作ってて忙しかったし

心水晶のちゃんとした解析もあったし」

餡子「それとこれとは関係ないだよぉ。

やっぱす (やはり)、クリスマスプレゼントはくれねぇとだナ」

淑「そうですわね。

イベントごとはしっかり覚えていてもらいたいものですわね」

ルナ「かといって、伝助さんはもちろん

缶吉さんや、ごんさん、ねんさんにも
これ以上無理させるワケにもいきませんしね」

付喪堂・開発&設計部としては、様々な装備を作りつつ整備もあるので手いっぱい。

誰か、腕の良いメカニック担当が加入してくれればいいのだが。

餡子「ルナさんは何がほしいだか?」

ルナ「そうだなぁ‥なんにもないなぁ」

淑「ほんとに何もないのかしら?」

そんな話をしている3人。

伝助は格納車両にある整備室で、作業途中で寝てしまったよう。

付喪ライナーに戻ってから、心水晶の調査を進めていて
つい、そのまま寝てしまった。

目覚めて、なにか食べるものがないかと食堂車へ来てみたのだが‥

3人は気づかないまま

ルナ「そうですねぇ‥伝助さんとデートがしたいかな」

淑「デート‥どこへですの?」

ルナ「遊園地とか、綺麗な夜景でとか‥いいな。

それで‥そうそう、これは私の憧れなんですけどね

少し私よりも背の高い伝助さんの瞳を私は下から見つめて
ちょっと背伸びしてキス‥なんて、いいなぁ」

餡子「くぅぅぅぅ、そのシチュエーション

女の子ならだれもが憧れるだよ♪

そうだな、伝助さんとルナさんでは

『背伸びしてチュー』どころか腕も組んで歩けねぇもんナ」

淑「ですわねぇ。

わたくしと宅の主人は同じサイズですから問題ないですけど

伝助さんとルナさんは違いまもすのねぇ」

餡子「お人形さんサ、腕にくっつけて歩ぐようなモンでぇ♪」

そんな会話に入ることもできず、すごすごと伝助は整備室へ。

かといって、朝ごはんまで待つのもお腹がすいてたまらず

カセットコンロとお鍋を用意して

非常食として、手製の低温保存箱に入れていた
かぼちゃを煮ようと、切りはじめる。

同じく非常用のペッボトル水を開けて、鍋に注ぎ

砂糖としょうゆ、鰹節‥そうして煮た かぼちゃを食べるのが、けっこう好き。

伝助「よいしょ」

なかなか硬くて切れない。

伝助「ふぁ」

まだ眠く、はっきりとしない中
力を入れて切っていると

ポキっ!

音を立てて、包丁が折れた。

クルクルクル 回転し、伝助の腹に突き刺さる折れた包丁。

伝助「はうわぁ!!!」

そのまま倒れて、グッタリ‥‥‥

『はうわぁ!!!』

聞こえてきた大きな声に、缶吉は整備室へ。

まるで2時間サスペンスドラマの殺人事件現場のように
お腹に包丁が刺さったまま、グッタリしている伝助の姿。

缶吉「け、警部! いや違う!!

ルナさーーーん、たいへんじゃ!」

ルナが慌ててくる。

『伝助さんっっっ』驚き、慌てるルナの横をササッ通り

淑「これくらいなら、なんでもないですわ」

すぐに裁縫道具を取り出して、淑は傷口をふさぐ。

気が付く伝助。

伝助「ふぁ‥また寝てもとった」

淑「寝てたというか、気を失ってたというかですわね」

餡子「なにやってただよ」

缶吉「びっくりしたさけぇ」

餡子「あーあ」

折れた包丁を手にして

餡子「こっだら包丁はダメだぁ。

あだすのみてえに、電線や釘もスパスパ切れる包丁サ使わねぇど」

伝助「ほぉか僕、包丁クルクル回って刺さってたんや」

いたって、呑気。

ルナ「伝助さんのバカっ、なにやってるんですか!」

かなり心配したのだろう、ルナは怒っていた。

伝助「かんにん、腹空いて もてん」

ルナ「今、朝ご飯を作っていたのに‥なんで待ってなかったの!?」

伝助「せやから、かんにんってゆーてるやん。

お腹ペコペコやってん」

ルナ「そんな身体だからよかったものの、人間だったら死んでたのかもしれないのよっ」

伝助「そんな身体?」

ちょっとカチン‥ルナは『ぬいぐるだったからよかった』と言っているのだが
先ほどの会話を聞いて、ちょっとスネている伝助にとってはイヤミに聞こえ

伝助「こんな身体で悪ぅおましたなっ。

心配してもらわんでもけっこうや、僕のことなんかほっといてくれてええんやでっっっ」

ルナ「なんでそうなるの!? 大ケガだったり、死んでたのかもしれないのよつ」

伝助「どうせ僕はぬいぐるみや! お前とはサイズが違う ぬいぐるみ でっさかいっ」

ルナ「違うからって何よっ」

伝助「なんやねんっっっ」

そして

『ルナのどアホっっっ』

『伝助さんのバカっっっ』

続けて[どんがらがっしゃーん]

仲間たちが夫婦喧嘩を止めようと、右往左往の大騒ぎ。

伝助「もうええわっ」

ルナ「うるさいっ」

伝助「あほんだらぁぁぁ」

そう叫んで伝助は、付喪ライナーを急停止させて飛び降り
どこかへ走っていった。
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