付喪堂綴り・1

□短編・クリスマス編・2
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短編・クリスマス編



「きよしこの夜」



2009年12月24日



都内 雪がチラついている。



今日はクリスマスイブ‥イルミネーションが街を彩り、

ジングルベルや赤鼻のトナカイが聞こえてきて、どこかウキウキとしているようだ



そんな楽しげな街を1人の女性がコートにか細い身をくるんで、マフラーを巻いて‥

少し前かがみで歩いている。



朝からずっと気分が優れないし‥このところ体調は最悪‥

髪を束ねてはいるが、ほつれ毛が‥
この女性の苦労を物語っているようだった。



彼女の名前は「平木 幸子
(ひらぎ さちこ33歳)」



その後ろをとぼとぼと同じ歩幅で歩く6歳位の少女がいた。



そのまた後ろを物陰に隠れながらササっ‥サササっ。



パンダと犬とウサギのぬいぐるみが尾行するように走っている。



雪は‥深々と街を白く染め上げている。



やみそうにない雪‥朝からそうだった‥鉛色の空が重くのしかかってきていたな。



たしか‥天気予報では降るとか降らないとか騒いでたけど。



そんなこと、今の私には関係なかった。



今日‥クリスマスイブ。



私は結婚する‥はずだった。



今頃は友達に囲まれて、愛する人がそばにいて、幸せの真っ只中に‥



いや‥もういいや‥そんなことを思うのはやめよう。



私はこれから‥人を殺しに行くのだから。



あいつを殺して‥眠ったままの最愛の人の胸の中で今夜、私は‥ゆっくり眠ろう。





それは今から3ヶ月前の事‥



夕食の買い物をしていた幸子。



思えば今年の春、長い間の同棲生活を経て、彼から結婚を申し込まれた時‥



あの時から背中に翼が生えたんじゃないかと思えるほどに体も心も軽くなった。



そんな気がする‥これを幸せと言うのだろうなぁ。



彼は売れない役者で、私はそんな彼のひたむきさに惹かれてもう10年‥



同棲し始めて8年‥昼は小さな会社の事務をして、夜は居酒屋でバイト。



2人で食べてくには何かとお金がかかるから‥疲れたなぁと思うときもあった。



口には出さなかったけど‥もう終わりにしようかと‥そう思ったこともあったっけ。



彼は‥そうあんまり口がうまいほうじゃなくて、気のきいたセリフも言えなくて



「役者としたら致命的だな」なんて自虐ネタを持ってるような人で。



でもね‥そんな彼が‥人生には大事な時ってあるじゃない?



そんなときにね、ぶっきらぼうだったけど‥言うんですよ。



「幸子‥いつか名前の通りに、きっと幸せにするから」ですって。



ヒネリもないしなぁ‥ベタ過ぎるっちゃベタだよなぁ。



幸せにするってさぁ、役者で売れる確証もないわけだし‥



どうせならどっかで就職決めてさ、「安定したセイカツ」と言うものが欲しいわけですよ‥



嫁ぐかも知れない身の私としては。



ふふふ‥そんな事言ったら彼‥3日は立ち直れないな。



私もそんな意地悪じゃないしね‥思ってても口に出さないタイプだから。



まぁ‥照れくさいけど‥どんなに売れなくたって、彼はあきらめると言う事を

しない人なので‥死体の役から後ろ姿しか映らない役‥



それでも、役をもらえるだけマシね。



役をもらえると思って喜んで現場に行ったら、

ただの雑用だったなんてことはしょっちゅうで。



それでも彼はその仕事をがんばって全うするんです。



誰よりもがんばって‥俺の仕事だぁなんていいながら。



ひとつひとつの積み重ねが大切だってのが彼のモットーらしくて‥



自分の仕事に誇りを持ってやり遂げる人なんですねぇ♪



そこに私は惚れてしまったわけなんですよっ。



惚れた弱みですねー‥今じゃジョニーデップがこようが



ブラッドピットだろうが、私の中でいちばんの俳優といえば彼っ♪



「田辺 正照」おぉ‥フツーの名前だぁ。



ひらがなにして‥たなべ まさてる‥カタカナにしたら‥タナベ マサテル‥



田んぼの辺りで正しく照れるっ♪



それが彼の名前です‥今年で36歳なんですよ。



小太りで冴えない顔してて‥でも、演技している時の彼は凄く輝いています。



ホントですよ。



待ちに待ったプロポーズの言葉は「結婚してください!」



ベタだよなぁ‥花束とかさぁあ、キラキラしたアクセサリーだとか‥



お給料3ヶ月分?それくらは値のする指輪をちゃんと用意してね、



ちょっと気合入ったワインとディナーでもいただいてさぁ、



小洒落たスイーツなんか食べてるときにそっとプレゼントわたしてもらって‥



「キミの笑顔を守りたいんだ‥その資格をくれるかな」



なぁんて言って欲しかったりするんです‥私。



なのに彼‥資格どころか刺客送りたくなるくらいにベタで唐突なプロポーズ。



台所でさぁ、カレーを煮込んでるときに後ろから



「結婚してください!」



ですって‥付き合ってもう10年、
一緒に暮らしてからでも8年‥

散々待たせておいて
いきなりカレーの煮込み中にプロポーズって‥

嬉しかったぁ(照っ)



涙出ましたよ‥さっき切ったタマネギのせいにしましたけど‥恥ずかしいですもん。



田辺 幸子になるのかぁ‥田んぼの辺りで幸せな子になるんですね。



でも‥いきなりどうしてよっ‥ツッコンでみたら彼、大きな仕事が決まったそうで。



主役じゃないですけど、重要な役をもらえて‥出来次第ではその劇団に迎えたいって‥



見てくれる人っているんですね。



彼の仕事への情熱を買ってくれているらしくて



出来次第でとはまぁ周りへの配慮見たいなものでして、実質内定いただいたようなものと。



そしたら、お給料もちゃんと出ますし♪



大きな劇団ですから、テレビのお仕事も増えるし。



遅咲きの大輪の花じゃないですかぁぁぁ。



なんか‥今までの苦労などすっかり‥逆転サヨナラ満塁ホームランのハットトリック♪

なぁんて、みたいなものですよ!!



そんな春からもう何ヶ月ですか‥季節は秋だというのに私の心は春のままっ。



翼も生えてるもんでふわふわしっぱなし。



今日は彼の好きなカツカレーを作ろうと思って、買い物に来ているんです。



いよいよ再来月に決まった公演‥今日も稽古でクタクタになって帰ってくるんだろうなぁ。



カツカレーとあったかいコーンスープ作って待っててあげなきゃ‥ベーコンサラダも。



居酒屋のバイトは辞めさせてもらったんで、

しっかり晩御飯作られようになったのが嬉しいもんです。



あっ‥携帯が鳴ってる。



たぶん彼からだ‥ちょっとゴメンなさい‥出ますんで。



幸子「もしもし‥幸子です」



しばしの沈黙‥少し冷たくなり始めた風にあおられて、買い物のビニール袋が

カサカサと泣いていた‥



お金がしっかりと入ったらエコバックも買いたいなぁ‥



幸子はよくそんな事を言っていた。



ビニール袋が幸子の手を離れて地面へと落ちる‥タマネギやニンジン‥

じゃが芋が転がっていく‥それは、幸子の人生が転がっていくように。
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