付喪堂綴り・1

□第2章・1
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「不可思議萬請負業 付喪堂綴り」
第2章『赤いカーネーションの花束をどうぞ』

2010年4月

『おめでとうございます、8週目ですね』

それは、私にとって聞きたくなかった結果だった。

『なにが、おめでとうございます‥よ』

婦人科病院を出て、海が見える公園へとあてもなく歩いてきた。

空は鉛色‥海もそう、私の心も‥


2010年5月


あれから数日が経った‥私はひとつの結論に達している。

『堕ろす』‥えっと‥いくらくらい、費用ってかかるんだっけ?

あーあ、だからゴム付けてって言ったのに。

アイツに話したって、どうせ慌てちゃって話しになんないだろうし
『ホントに俺の子?』なんて言われたらブチ切れるだろうし‥

私だって、まだ結婚も子育ても出来るような余裕はないし‥

それに‥まだ遊びたいじゃない。

彼女の名前は『広瀬 愛』愛と書いて『まな』と読む。

愛にあふれた子になってほしいと名付けられた女の子は、今年で28歳になる。

名付けた母は、愛の成人式を目前に病で亡くなった。

『あんたの花嫁姿が見たかった』が、最期の言葉。

父と離婚したのが小学校3年生の時で、それからというものは
女手一つで愛を育ててきた母。

まだ恋愛もできる年齢だったろうに
朝も昼も夜も、愛を育てるために必死で働く‥

女性として生きるのではなく、母として生きることを選んだ人だった。

愛「バカみたい‥」

どうせ病気で早死にするんなら、もっと女として生まれてきた喜びを
楽しめばよかったのに。

私はそんな生き方をしない。

ときめく恋をたくさんして、家庭に縛られることなく
生きることを楽しむんだ‥

病気に事故、今時なら犯罪に巻き込まることだって十分ある。

『いつ死んじゃうか、わかんないんだから』

今日も念入りにお化粧をして、彼女は勤め先の商社へと急いだ。


付喪堂

付喪堂前へと集まる伝助たち。

軽快なリズムの曲が流れて、朝の体操が始まった。

『腕を上手に折りたたんで、変形&合体ぃぃ♪』

ワリとムチャな動きを要求する体操は、全部で10分間。

仕事の準備どころか、全力で体操する付喪一同は
それだけでしばらく休憩が必要になるほどの疲労感。

伝助「はぁはぁはぁ‥お、お水くれんやろか‥」

ルナ「伝助さん‥これ‥」

グッタリした様子のルナが、ペットボトルの水を手渡す。

君兵衛「で、伝助さん‥俺、思うんじゃが
こがいに疲れる体操を毎朝するっちゅうがは、ちょっと無理じゃないじゃろか?」

餡子「んだぁ‥このあと、なんにもする気がしねくなっど」

ごんとねんは、とりあえず糖分補給に炭酸飲料を がぶ飲みしている。

源左衛門とメアリーだけは、へっちゃらな様子だが。

メアリー「ねえ、おまえさん‥朝っぱらから こんなに動いて
何をするってんだろうねぇ」

源左衛門「ん‥もはや、準備体操とは呼べぬ動きの連続だからな」

総右衛門「はぁ‥フルマラソンを2周は したように思える
疲れにござりまする‥淑、だいじょうぶか」

グッタリ寝ている淑に、水を差しだす総右衛門。

淑「ありがとうございます‥」

水をひと口、ふた口飲んだ。

伝助「さて‥ほな、今日も1日元気で楽しゅう、ご陽気にいきひょかぁ!」

疲れはあるが、一同揃って『おー』。

こうして、付喪堂の1日は始まる。

とりあえず、伝助を筆頭に、ごん&ねん、缶吉は
この先激しくなるであろう戦いのために、
セクトウジャのマシン製作を急ピッチで進めていた。

総右衛門と淑、君兵衛と餡子はハートフィールドのデータのさらなる解析を、
ルナとピーノは朝食の用意、

源左衛門とメアリー、ずずと珍平は付喪堂の掃除と
それぞれの仕事をしている。


キッチン

ピーノ「おねぇしゃん、お豆腐を入れましたでしゅ」

ピーノは豆腐の味噌汁を作っていて、ルナは鮭を焼いているところ。

味噌と香ばしい匂いが、朝の付喪堂を優しく目覚めさせていた。


廊下

ずず「兄ぃ、廊下の拭き掃除は終わりやしたぁ」

源左衛門「そうか、こっちもちょうど終わったところだ」

メアリーは雑巾を絞りながら

メアリー「ずず、拭き残しはないだろうね。

アンタ、昨日もちゃんと拭けてなかったんだから」

珍平「今日は大丈夫ですたい。

おいがしっかりチェックば しときもした」

メアリー「そうかい、なら安心だね」

ずず「ったく、姐さんは厳しくっていけねぇや」

源左衛門「そうだ、オイずず」

ずず「へいっ」

源左衛門「例のアレ‥俺は朝飯がすんだら様子を見に行く。

お前はお前の役目を気張れよ」

ずず「へい、すみやせん‥なかなか、オイラの言葉も聞いちゃくれなくて」

メアリー「居合いの腕前はそれなりになってきたってぇのに
口説き文句の一つも言えないようじゃ
まだまだ一人前とは呼べないねぇ」

ずず「姐さん、からかわねぇでおくんなせぇよ」

ずずは照れ笑い。

源左衛門が言っていた例のアレとは

白と黒のパンダカラーの『付喪ポスト』というもののこと。

全国の悩める付喪神さんはじめ、困った状況にいる者たちへ
出来る限り手を差し伸べられるようにと、伝助が考え出したことだった。

とりあえず、都内の全駅前に設置。

ゆくゆくは各都道府県の主要駅に設置して、投函された手紙は自動転送されるシステムを
ただいま製作中である。

それまでは、源左衛門、メアリー、ずずが回収作業を担当しているのだが
実際のところ、ずずはセクトウジャ7人めのメンバーの
加入説得にかかりっきりな状態になっているため
源左衛門とメアリーの任務となっている。


作業室

伝助は、自分サイズに作った溶接面ヘルメットをかぶり
作業にいそしんでいる。

ごん&ねんも、缶吉と話し合いながら
伝助の指示通りに作業の進行に勉めていた。

伝助「フッフフーン‥フッフッフッフフッフ、フッフッフーン♪」

製作しているのは、何かのマシンなのか‥

缶吉「伝助さん、このエンジン部分はどうするね?」

伝助「ん?」

溶接面を上げると

伝助「そやな、それは設計図の通りでええわ。

コッチのマシンは、缶吉の言うように調整してみてみてみ」

缶吉「ほいよ」

伝助「モンスタリアの攻撃が始まった以上、急いで戦力を整えなアカン‥

って、ゆーてるそばから なん焼肉食ってんねーん!!!」

ごんとねん、まさかの溶接機材で
朝焼肉という荒業を見せている。

ごん「ぶひ?」

ねん「んも♪」

伝助「急げっちゅーたんが、わからのけっ」

『やれやれ』そんな感じで、ごんとねんは仕事を始める。

伝助「なんや ごっつ美味そうなんが、よけいに腹立つわ」

笑いながら溶接面をおろし、作業へと戻った。


制御室

コンピューターのキーを叩き、データ解析を進める総右衛門。

その横で、餡子もデータと にらめっこ。

総右衛門「淑、すまぬが 書架のH0024+(プラス)から
精霊世界の起源に関する書を持ってきてはくれまいか?」

淑「H0024+ですわね、わかりました」

付喪堂の資料室に置かれている書架は、A〜Zまでのアルファベットを
『A』『AB』『ABC』など、管理する資料の書架に振り分けて
1〜9999までの数字を組み合わせ、

さらに書架の片面を+(プラス)、もう片面を−(マイナス)と分け
気温・湿度などを調節したうえの最適条件下、収蔵管理がなされている。

一応、PCに管理システムが構築されているのだが
総右衛門はどこに何の書物が置かれているか、すべて暗記していた。


資料室

トコトコと歩いてきた淑は、壁側にあるコントロールパネルを操作‥

すると、数多く並んだ書架が移動を始め
H0024と割り振られた書架が淑の目の前に。

淑「+の024、024‥」

『精霊世界の起源にまつわる伝承、人間世界との関係となりたち』と書かれた本を見つけ、
手に取った。

資料室を出る淑。

戸を閉め、制御室へ向かおうとしたとき

『あの‥あの‥』

淑「あら‥はーい」

客が来たのかと、淑は玄関へ。

淑「いらっしゃいませ」

事務室を抜けて、付喪堂の入口までやってきたのだが
誰の姿も見当たらない。

淑「あらまぁ‥おかしいですわね?」

キョロキョロとあたりを見回す。

『すみません‥あのぅ‥すみません‥』

消え入りそうな声で、誰かがそう淑に語りかける。

淑「え‥ど、どこ?」

『こちらです‥あの‥こっち‥』

声がするほうへ淑が向くと‥

淑「あぁぁぁらぁぁぁぁあ!!!」

大絶叫が、付喪堂いっぱいに響き渡った。


都内

お昼休み、愛は社食へきていた。

と、いってもあまり食べる気はしなくて
コーヒーだけを注文し、飲んでいる。

携帯に着信‥マナーモードにしている携帯が震えた。

愛が見ると『豊』の表示。

愛「はぁ‥」

深いため息ひとつ‥そのまま、携帯を横の椅子に置く。

しばらくバイブは続いていたが、やっと途切れる。

するとすぐに、メールが。

愛が震える携帯をとって、メールを開いた。

タイトル無しで『なんで最近会ってくれないのかな? 忙しい? なんかあった?

今夜メシでもどう? いつもの店で待ってるよー』

一方的な文面である。

愛「はぁ‥」

もうひとつ、ため息を落として愛は席を立った。

豊‥『大杉 豊』。

『大杉 豊‥多すぎる豊でーす』は、合コンで豊の鉄板挨拶だ。

1度、就職はしたのだが‥自分に合う仕事があるはずと
わずか3ヶ月で退職。

以来、コンビニなどを転々としているフリーター生活だ。

愛とは、豊が大学卒業前に顔を出した合コンから付き合いだし
3年目を迎えた。

愛が28歳、豊は1浪で大学へいったので25歳。

食事やホテルの宿泊代‥デート代は全部、愛が払っている。

豊はそのことに何の疑問も後悔も恥ずかしさも感じず、ただ甘え‥

恋人? 愛人?

2人の関係は、豊が愛に頼りっぱなしの、歪な関係を呈していた。

愛「どうせ焼肉が食べたくなっただけでしょ」

独り言を零し、社食を出ていった。
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