彩心闘記セクトウジャ・2

□レベル6・6
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ハートフィールド

『きゃあ』ドスンと落下してきた翠季は、強かに臀部を痛打。

翠季「アイタタタタ‥」

お尻をさすりながら立ち上がり、辺りを見回すとそこは死の街。

崩れたビル、ひび割れた道路、炎上している自動車や
朽ち果てた商店などが目に映る。

翠季「ここは‥」

いったい‥誰の心の世界なんだろう?

『助けて』声がしてハッとなり、翠季は走り出す。

走り出した翠季の背後で大爆発。

翠季「きゃあぁぁ!」

思わず転げて、それでも戦闘態勢を取る。

ツァイフォンから抜き出す長剣・グリンザ。

翠季「どこにいるの!? 今、助けに行くから!!」

謎の声に向かって叫ぶと

『来るな!』と返答が聞こえた。

翠季「だったら助けてなんて言わないでよね!」

声がする方向へ走る。

そんな翠季を追うように、爆発が起き

ある程度進み、建物の影へと飛び入る翠季。

巻きか起こる大爆発。

ビルが一つ倒壊‥もうもうと立ちこめる土煙の中を、翠季はまた走っていた。

次は爆発が追ってこない。

土煙で姿を見失っているのだろうか?

『助けて』弱弱しい声が聞こえる。

『来るな!』荒々しい声も聞こえる。

どちらも同じ声‥同一人物の声。

翠季「ああもぅ! どっちなんですかっ」

走って、瓦礫を剣で切り裂き

飛び越えて進む翠季。

曲がり角を曲がると、そこは火の海。

翠季「しっかりしなきゃ‥これは心の世界‥この火もまた、心が見せる物」

息を大きく吸って、ピタッと止めて精神統一。

ゆっくりと踏み出す歩みに、火の海は割れる。

数メートル行くと風景は変わる‥目を閉じている翠季の耳に聞こえたのは嬌声。

おびただしいほどの淫靡な声。

翠季は一瞬ビクッ!!! っと退いた。

翠季「な、なにごとですか!?」

目を開けると無数の裸体の男女が絡み合う光景。

腰を振り、奇声を上げ、嬌声を吐き

快楽にふける光景を翠季は、真っ直ぐに走り抜ける。

翠季「みみみ、みてませんからっ」

ドギマギしつつ、ようやく抜けると

翠季「ここって‥」

一面血だらけの、凄惨な風景。

上にも左右にも何もなく、ただ眼下に血が満ちている。

グリンザで確かめてみると、切っ先から剣身が3/1程度沈む。

足を踏み入れれば‥すねあたり。

満ちた血をかき分けて、声を捜す翠季だった。

遙かな血の水平線に向かって数分歩くと、直径数メートルの小島がある。

そこに足を抱えて座る少年がいた。

翠季「あの人が‥」

今、病室にいる意識不明の遥希。

剣を後ろ手にして、翠季は近づく。

翠季「ねぇ」

声をかけると、満ちる血はざわめいて

まるで近づく翠季を押し退けるように暴れる。

少し離れて

翠季「ここにいちゃダメです! 私といっしょに外の世界へ帰りましょ!?」

『うるさい、来るな!』

また波が翠季を追い払う。

その血の波を翠季は手刀で斬り、グイッと踏み込んで近づいた。

すずに教えられた『踏み込むことも優しさ』

退くことも優しさなら、ときに踏み込むことも優しさだと。

心の世界に方程式などない。

その時々に応じて、踏み込んだり退いたりしながら

心の扉を開けなくてはならない。

翠季「なんで君はここにいるの!?」

『どうして俺をここに閉じ込めた!』

翠季「それは私にわからない‥君が知ってるんじゃないの?」

『俺は!』

溢れる血はホイピエロイドの形を作る。

翠季はハッとなって剣を振る。

襲いかかる血の塊を斬と、パッと散って、ふたたび凝縮。

翠季はすぐさま斬るが、またホイピエロイドの形へ集まる血。

『えぇぇぇい!』気合い一閃、グリンザが血の塊を突き刺した。

そのまま『ラハブ・アフマル!!』炎呪文を唱えて、血を焼き尽くした賢者。

ボコッ、ボコッ‥

翠季「まさか‥」

一面の満ちる血が沸きついて、無数の血の塊が現れる。

翠季「ひえぇぇぇ!」

思わず腰が引けて逃走。

後を追う、血の塊の群。

クルっと踵を返して、長剣を構えて

翠季「てやんでぇ!!!」

ずずを真似て気合注入。

恐怖心を乗り越えて、先で『助けて』と叫ぶ遥希のため、戦う翠季。

翠季「カビール・サルグ・アズラぁぁぁク!」

強化呪文をつけて撃った氷魔法。

瞬間的に血の塊たちを凍らせて、走る翠季はグリンザを振り抜く。

赤い氷がキラキラと反射して、紅色ダイヤモンドダスト。

その結晶が舞い降りる一面に満ちる血も、また凍った。

翠季はピョンと跳ねて、その瞬間に凍った面へと着地‥着氷。

駆けだして、小島に近づく。

翠季「なにをしたってダメだよ。

だって私は、絶対にアナタを助けるから」

『うるさい! 助けてなんかほしくないっ』

翠季「なら、なんでアナタはそんなに泣いてるの?」

少年の瞳から、涙はとめどなくあふれていた。

翠季「痛いんでしょ、辛いんでしょ、怖いんでしょ」

『痛い? 辛い? 怖い? そんなことはない!』

翠季「アナタは泣いている、アナタは震えている。

それは心が痛い、辛い、怖いと言ってるからじゃないんですか」

『違う、俺には心なんかない‥心なんか‥もうとっくに壊れた』

ロンドン橋落ちた

落ちた、落ちた

ロンドン橋落ちた

さぁどうしましょう

翠季「これは‥」

ハートフィールドの空いっぱいに、映る少年の‥遥希の過去。

少年が痛さのあまり、苦しさのあまり、不安のあまり、悲しみのあまり

泣き叫ぶ声は激しく翠季の心を突き揺らす。

ロンドン橋落ちた、落ちた

金と銀じゃ盗まれる

盗まれる、盗まれる

金と銀じゃ盗まれる

さぁどうしましょう

木と泥、瓦礫と砂、鉄の棒‥落ちた橋をかけ直せ。

金と銀で作ろうか。

それじゃ盗まれてしまう

『見つからなければいいんだよ!』

渦巻く業火。

耳をふさぎたくなる叫喚。

降ろされる拳や張り手、首を絞めるかのように巻きつく淫らな感情。

犯した罪、奪った数多の命。

そしてまた‥業火。

翠季の心の中に、遥希の心が流れ込む。

翠季「痛い‥」

激しく鼓動する胸が痛み、一瞬 気を失いそうになる。

それでも、翠季は踏みとどまった。

それはきっと、翠季もその痛みを知っていたから。

翠季「私の痛みなんか、アナタの痛みと比べたらぜんぜん痛くないものだと思う。

でも心の痛みはそれぞれで、比べられるものでもないんだと私は思う。

比べようのない心の痛みだから、

もっと私たちは誰かの心の痛みに敏感にならなくちゃいけないし

もっと私たちは自分の痛みを声にしなきゃならないと思う。

互いの痛みがわかった世界なら‥アナタもきっと、生きていられたんだと思う。

痛がらず、苦しまず、怖がらず。

だけど、それが叶わない今ならせめて

罪を償う心を‥許しを」

『うるさい!』少年が手を振ると、翠季の周囲に爆発が起きる。

爆発に呼び寄せられたか、涙色の空から血の雪が降る。

みるみるまに赤い雪はうず高く積もり、島ごと少年を飲みこんだ。

翠季「ダメ! まだアナタは生きている。

生きている限り、命はもがかなきゃいけない!

たとえそれが苦しくても、辛くても!!」

無茶を言っているのはわかっている。

言うは易し、行うは難しということも。

でも、それであきらめていてはいけないと言うことも知っている。

だから、あえて翠季は叫ぶ。

翠季「はあぁぁぁ!」

力を込めた1撃が、少年を飲みこむ血の雪を砕いた‥。
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