彩心闘記セクトウジャ・2

□レベル7・2
1ページ/5ページ

クローマパレス

ひっそりとした宮殿内に渦巻く死心力。

ノワールの行方どころか、生死の不明さえわからない状況で

クイーン・ベルメリオの怒りが死心力を高めていた。

禍々しく満ちるパワーに誰も近づけない。

プリンセス・マゼンタは、遠い塔の小部屋から

母の放つ邪気の如き死心力の恐怖に耐えていた。

震えるマゼンタを抱きしめるシアン。

シアン「マゼンタ様、心配いりません‥ベルメリオ様はすぐに元通りに戻られます。

ノワール様もきっと‥お帰りになられます」

マゼンタ「シアン‥ホント?」

シアン「ええ、ホントですとも。

このシアンが必ずノワール様を、クイーンとプリンセスのもとへと連れ帰ります」

マゼンタは強く抱きついた‥抱えていた本が、『雪の女王』がはらりと落ちる。

悪魔の作った鏡の欠片が、少年の眼と心臓に刺さり

少年の性格は一変してしまう。

その後のある雪の日、少年が1人でソリ遊びをしていたところ、

どこからか雪の女王が現れ、魅入るようにして彼をその場から連れ去ってしまった。

これが『雪の女王』の物語のはじまり‥

マゼンタ「もうイヤ‥誰もいかないで‥私のそばから誰もいなくならないで」

プリンセスはシアンの胸の中で泣いた。

物語は‥春になると、少年を探しに出かける少女の姿があり

太陽や花、動物の声に耳を傾け、少女は旅を続け

数々の危機を乗り越えて、雪の女王の宮殿にたどり着き

少女の涙が少年に刺さった鏡の欠片を溶かす。

そうして2人は、手を取り合って故郷に帰った‥これで幕を閉じる。

だが‥マゼンタの心はまだ、吹雪の雪原を迷いながら歩いている。


塔に通じる廊下

小さな影がフワフワと飛んでいた。

右を向くと、死心力が荒ぶる宮殿。

左を向くと、氷に閉ざされた様な塔。

クイ、クイっと両方を見比べて

小さな影は『ふっふふーん』‥すると、誰かが近づく気配を察知して
素早く塔の階段がある廊下の角を曲がった。

アズゥ「おや? 誰かいると思ったんだけど‥」

確かに誰かがいる気配があった。

だが、誰もいない。

アズゥ「ヤダね‥クイーンのお心が乱れているせいかしら」

不安げな表情で辺りを伺う。

すると、鎧甲冑の擦れる音を響かせて

小さな影が去っていった曲がり角からトランが歩いてきた。

アズゥ「なんだい、アンタだったの‥大きいワリには、気配は小さいんだね」

先程まであった気配は、きっとトランのものだったのだろうと
アズゥはそう思った。

黙ったままのトラン。

アズゥ「マゼンタ様はどう?」

無言のまま、頷く。

アズゥ「プリンセスにはシアンが付いているから心配ないか‥」

ベルデ「でもね、あの子もノワールのことで頭がいっぱいだろう」

アズゥはベルデの声に振り向いて、少し悲しげに微笑んで見せた。

アズゥ「ベルデ。

そうね‥シアンも自分のことで精一杯ね」

ベルデ「ズオンソーの姿が見えないけど、きっとアイツのことだ

今はマゼンタ様のことで動けないシアンの代わりに
人間世界へノワールを捜しに出たんだろう」

アズゥ「そう‥なら私たちも、私たちに出来ることをしなくちゃね」

ベルデ「そうだね、僕とアズゥはズオンソーの手助けに出るよ。

トラン、君はベルメリオ様を頼む。

君がそばにいると、クイーンの心が安らぐようだから」

トランは『わかった』というように頷いて、玉座がある大広間へと向かった。

ベルデ「さて‥アズゥ、僕たちも行こう」

アズゥ「あぁ」

2人も去っていく‥

誰もいないこの場所に濃い闇の塊が広がる。

暗黒を切り裂いて、足を踏み出す男女の影があった。

男の影は、手に矛を持っている。

女の影は盾を左腕に装着していた。

『ここがクローマパレスか』

『薄汚い宮殿だこと』

淡い黒色をベースに赤色のラインが側面に入る鎧を着ている。

まるで生物のように脈打つ鎧に身を包んだ2つの謎の影は、
どす黒い色合いのマントをたなびかせて宮殿内を進む。


埼玉県

川越にある入浴レジャー施設に、雪永の両親が営む大衆演劇の劇団が
1か月間の公演を行っていた。

が‥楽屋が慌ただしい。

何人かの若い者たちが楽屋を飛び出して、誰かを捜すように玄関へ向かった。

その頃‥

以前にもこの施設で公演をした雪永が、

劇団員や施設の従業員専用の出入り口付近をキョロキョロ・ウロウロしていた。

雪永「まいったな‥入っていいものか、入っちゃダメなのか‥決められないよ」

深いため息をついて、壁にもたれて沈んだ表情。

雪永の隣にセクゾーストが停まっていた。

紅は今、大変な時を迎えている。

加えて、檸檬は自身にも家族にも試練や不幸が襲かかっている。

いつまでも覚醒できないまま、器用に立ち回って戦いに身を置いていても

仲間の足手まといになるだけ‥ならば、伝助が教えてくれた『心の重し』というものを
なにがなんでも取り除いて、真の力を発揮できるようになろう。

そう決意して、両親を訪ねるつもりでここまで来た。

だけど‥入口まで来ておいて、あと1歩が踏み込めない。

雪永「情けないな‥なにやってんだろう」

弱虫な自分に腹が立つ。

好きな紅が、あんなにか細くったって (最近、急激に背は伸びたけど)

困難に真正面からぶつかっているというのに
自身は親にさえ本心を打ち明けられない‥

そればかりか、舞台を捨てて新しい道を歩みたいのか

舞台に立っていたいのか、決めかねている自分がいる。

雪永「こんなんじゃ、心の重しなんて取れやしない‥

桜花さんも翠季さんも、墨彦も覚醒してるっていうのに‥僕は何やってんだ」

泣きたくなってきた。

小さいころから、舞のお稽古の時に母に叱られて泣き

殺陣の練習で父に叱られては泣き

月末の移動の時の荷造りのロープの結び方がなかなか覚えられなくて叱られて泣いて、

衣装が入った茶箱やケースを背負っては、アチコチ擦りむいて痛みで泣いて

公演先の土地の学校に通った義務教育時代、

転校する時にクラスメートと分かれるのが辛いと泣き

なにかといえば泣いていたっけ‥今も変わってないや、僕。

いけない‥強くならないといけない‥思えば思うほど、涙が瞳からこぼれようとする。

泣くもんか、泣いてたまるか。

堪えては見るが、弱い自分が瞳を滲ませて、鼻の奥がツンとなる。

雪永「ヤダ‥」

堪えられなかった涙が落ちた。

『若‥若っ』そう声をかけて、タオルを差し出した手は、ツネさん。

根岸恒之‥愛称は『ツネさん』

51歳になるツネさんは、10年ほど前に若くして脳こうそくを患い、舞台を降りる。

だが祈想座に残れることとなり、雑用係兼木戸番として今も働いている。

ツネ「若は、相変わらず泣き虫ですねぇ」

雪永「ツネさん‥」

タオルを受け取り、ゴシゴシ。

ヒョコヒョコと右足を引きずり、セクゾーストの傍へツネは寄り

ツネ「コレ、若のですか? スゲェ‥なんてぇバイクなんです?

初めてみましたよ、この車体」

若い頃はバイクが好きで、元気なころは乗りたいと憧れていたらしいツネ。

でも月に1度か2度、長くても2か月に1度はある劇団の公演場所の移動。

関東はもちろん、東北も関西も四国、中国、九州と日本全国を回る劇団だ

バイクなど買っても、遠くへの移動のときなど乗ってはいられない。

最近はそう多くは無いものの、趣味で大型バイクを買って
長距離移動にも乗っていく座長たちもいる。

正直、座員たちには迷惑な話であった。

事故の危険はもちろん、車での移動組に遅れたりもするので
何かと不都合が本音である。

またそういう乗り物は、座員にとっては厳禁なものであり

座長の長たる責任の無さと、単なるワガママで乗り回されるのが現状である。

移動に充てられる日数は長くて3日。

ほぼ2〜1日の移動日しかなく、その日数で移動と

公演先に着いた後の音響設備、照明設備、舞台設備等の設置や

衣装や日常の生活のための自分たちの荷物の荷ほどきと設置も行わなくてはならない。

簡単に言えば、引っ越しとコンサートの準備を毎月1回

2日間内に終わらせなければならないということ。

そんなワケで、ツネさんはバイクが欲しくても買うことはままならず

バイク雑誌を買っては眺めるのが趣味だった。

照明は行く先々の施設にある物を使うのだが、公演を華やかにするためには
それだけでは足りないのが事実で

そうなると必然的に、劇団側で設備を整えなくてはならない。

音響はスピーカーもアンプも、ワイヤレスマイクも劇団が持っていなくてはならず

仕事道具だけでかなりの量になり

それ+各々の生活用具。

座員数にもよるが、10トントラック2台や3台必要な劇団もあれば

4トントラックに荷物を抑える劇団もあるが

希想座は10トントラック3台が必要な荷物量である。

ツネ「いいなぁ、若。

バイクに乗れたんですね」

ツネにくっついては、バイクの本を眺めていた雪永。

さして興味もなかったが、ツネと話すのが楽しくて
よく雑誌を眺めては、会話も弾んでいた。

雪永「友達がね‥僕たちのためにって用意してくれたんだ」

ツネ「友達が? 『僕たちも』ってぇことは、このバイクが何台もあるんですか?」

雪永「うん‥僕のを入れて7台」

ツネ「へぇ、スゲェなぁ。

若のお友達、スゴイもんですね。

墨彦くんは探偵でしたし‥あ、浅草に観にいらしたお嬢さん方ですか?」

雪永「うーん‥紅ちゃんたちはね、墨彦といっしょで僕の仲間、

同じバイクに乗ってるの。

作ってくれたのは別の友達‥ちっちゃくて可愛い子だよ」

ツネ「へぇ‥ちっちゃくて? 可愛い? そうなんですか。

友達、たくさん出来たんですね、若‥よかったですね」

温かい笑顔に、雪永の涙も止まる。

雪永「ツネさん‥ありがと」

ペコリ、頭を下げた。

ツネ「なぁに言ってるんですか。

それより若、今度 後ろに乗っけてくださいよ」

雪永「うん♪」

ツネ「で、若‥今日はいったいどうしたんです?」

雪永の気持ちが落ち着いたのを見計らって、ツネは聞く。

雪永「父さんや母さん、どうしてる?」

ツネ「元気ですよ‥昨日も遅くまで稽古で」

雪永「そう、よかったぁ。

でも、あんまりお稽古ばかりでも、みんなイヤなんじゃない?」

ツネ「ハハハハ、若は優しいですねぇ。

稽古ばかりじゃ疲れちまいますし、息抜きをしたいヤツラもいますからね。

でもまぁその辺は、副座長の砂綾姉さんがキチっと目配りしてくれます」

劇団内では、年齢に関係なく目上に対しては『お兄さん』や『お姉さん』と呼ぶ。

場合によっては副座長、若座長と役職で呼ぶこともある。

座長は『座長』と呼び

関係者外の人の中には『劇団』ということから

座長を『団長』と呼んだりするが
それは間違いである。

座員は劇団の長のことを座長と呼び

幹部は『お兄さん』『お姉さん』と呼ぶ。

よほどの大御所・業界内の実力者には『先生』と呼び

座長に座員が弟子入りしている場合も『先生』または『師匠』と呼ぶ。

だが最近、弟子入りしたワケでもない座員たちにまで

自分の事を『先生』と呼べと強要する座長も中にいたりする。

大半がアレコレと理屈をこねて『先生』と呼べというのであるが
強要していいはずはない。

『師』でもないのに『師』と呼べというのは

いわゆるカンチガイしてる座長だ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ