彩心闘記セクトウジャ・2

□レベル8・2
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展望台

街中の隅に、小高い丘がある。

丘は公園として整備されていて、様々な木々や草花が植えられている。

いちばん見晴らしが良い場所に展望台が設けてあり
100円で10分間の望遠鏡台が3基、設置されていた。

停めたセクゾーストのシートに横向きで腰掛け、コンビニで買ってきた菓子パンを
小鳥みたいについばんでいる紅。

身体中ボロボロ。

擦傷、切り傷、打ち身‥傷だらけで、つんつくとパンを小さく食べていた。

口の中も切れているよう。

泣きはらした赤い目で、一点を見つめてパンをついばむ姿は
後から抱きしめてやりたくなるほどに、か細く見えた。

緋色のことを考えているのだろう。

この前の戦いで、狂戦士と化した檸檬を浄化させ

家へ送り届けて、仲間たちに『家へ帰るね』と言って姿を消した紅は
それから5日間、緋色を追い続けていた。

追いかけては、連れ戻そうとして戦闘になり

逃げられてはまた追う。

ヴァーミリオンこと朱紗 椿のことなどで、翠季たちも忙しく

伝助たちも、傷んだセクトウジャや付喪堂の装備を補修・点検したり

街の平和を守るために、SSDや国守軍の目が光る危険なパトロールに出たり

ハードなスケジュールだ。

弟のことは、姉である自分が解決しないと‥

身体に鞭打つようにして、緋色を追い続けていた。

心配かけてはいけないと、缶吉たちに知られないよう
ツァイフォンの現在位置お知らせ機能はオン・オフを繰り返していた。

紅「緋色‥お姉ちゃん、ぜったい緋色を連れ戻すからね」

回復魔法は使えるが、何度も使うと魔法力が尽き
一定時間、休まなくてはならない。

勇者のみが発揮する特殊能力『魔法力の回復』も
使うとかなり体力を消耗し、どちらにしても休まないといけなくなる。

そんなヒマはない‥紅は焦っていた。

一見すると、焦ったり動揺していたりしていないかのような表情なのだが
パンを食べながら飲もうと、ペットボトルのジュースを買ってきたつもりで

シャンプーを買っていることから、動揺しているのがハッキリと伺える。

パンを食べ食べ、シャンプーを飲む人はいない。

というかそもそも、シャンプーは飲み物ではない。

そのシャンプーを袋からだし『?』

『なんでシャンプー?』ではない。

『なんで開けにくいんだろう』と疑問に思うほどの激しい動揺っぷり。

フタを開けて

紅「いい匂い」

それはそうだろう。

あっ、待て 紅‥飲んじゃダメだ。

紅はシャンプーを飲もうとした。

『お姉ちゃん?』声をかける男の子。

紅「え? なぁに」

笑顔を見せて、男の子視線に合わせてしゃがみこむ。

健男「それ、シャンプーだよ」

男の子は健男で、あれから起きて公園に遊びに来ていたようだ。

朝日「おーい」

健男にジュースを持って、朝日が歩いてくる。

朝日「すみません、健男がなんか迷惑かけましたか」

紅「いいえ、とんでもない」

どうやら、紅と話しているのを見て
何か迷惑をかけたのではと勘違いした様子。

健男「あのね、お姉ちゃんがシャンプー飲もうとしてたんだよ」

朝日「はははは、なに言ってんだよ健男。

そんな人いるワケないよ」

紅「あははは、そーですよね」

いや、朝日の目の前にいるのだが。

健男「とーちゃんっ」

紅がまた飲もうとしているシャンプーを指さす。

朝日「あっっっ」

慌てて、朝日は紅を止めた。


いちごみるく

雪永が調理器具を洗っている。

『紅ちゃん、どこいってるんだろう』

茜の手伝いをすることがイヤなワケではない。

自分も喜んでしいることだし、なんの不服もないのだが
紅が家に帰っていないと聞いて、不安になる自分がいる。

『なにしてるんだろう? だいじょうぶなのかな?』

気になった雪永は、ツァイフォンのお知らせ機能を思いだして
開いて紅の現在位置を調べてみるが‥

雪永「ダメだ、切ってる」

一時的に切っているものなのだろうか?

慌てた様子でササッと洗い物を済ませ

雪永「茜おばさん、片づけておきましたから‥」

茜「ありがとうね、もういいわよ‥」

雪永「僕、チョット出てきます」

茜の声を聴かないで、急いで外に出て行きセクゾーストに乗って走り去る。

檸檬「雪永さん! もう、急に行っちゃって」

茜「もしかしたら‥雪永ちゃん、紅のことを
捜しに行ってくれたんじゃないかしら」

檸檬「あ‥いけない、私ったら」

雪永の気持ちは知っていたのに‥捜しに行くのが遅れてしまった。

それもまぁ、茜の手助けをしていたから仕方のないことだったが

檸檬「紅ちゃんのこと、探しに行こうって言ってあげないとだった」

配慮が出来なかったと反省し、茜に挨拶をすると
檸檬もセクゾーストに乗って雪永の後を追う。


都内

線路沿いの道を、朝日と健男は手をつなぎ
紅はセクゾーストを押して歩いていた。

紅の服がベトベトなのは、シャンプーを飲もうとした紅の手を

慌てた朝日が掴んだことから起きたバタバタの結果

紅の頭の上からドボドボと、こぼれてしまったからだった。

朝日「もうすぐそこですから」

健男「ですからぁ」


展望台でのハプニング、こぼれたシャンプーを拭いていると

健男は紅に『おねえちゃん、くさーい』と言う。

『こ、こら健男っ。女性にそんなこと言っちゃダメだって』

でも確かに、この5日間 風呂も入らず
街中を独りで捜しまわっていたために、かなり‥その‥。


健男「くさーい♪」

朝日「やめろって!! すみません」

紅「いえいえ」

仲の良い親子だなぁ‥紅は思った。

紅の父は、紅や緋色を遺してもういない。

父と遊んだ記憶もそう無くて、でも優しかった父は
紅にケーキ作りを教えてくれた。

『いいか紅。確かにおしゃれなケーキも女の人や、みんなを楽しまさせるのに必要だ。

でもな、それはほかの人たちに任しておけばいい。

お父さんが作りたいケーキは、安くて美味しいもの。

オシャレだからって、値段が高いケーキばかりじゃ暮らしの中に溶け込めないだろ。

誕生日、入学、卒業、社会に出るとき、定年退職したとき‥

お祝いごとや、元気を出しほしい人たちへのプレゼント。

ケーキってのはね、人の傍に寄り添うものだって、父さん考えてる。

だから、オシャレじゃないけど父さんは

家族の人たちと一緒に、誰かへお祝いするって大切な気持ちを込めて作ってるんだよ』

『えへへ、紅もケーキ作るぅ♪』

父との思い出は、ブランコや動物園ではなかったけど
砂糖やクリーム、果物の甘い香りが思い出だ。

そんなことを思いだしていると、健男がジュースを紅に差し出す。

朝日が買ってきてくれていたジュースを、紅に飲めと言っている。

健男「シャンプーじゃないよ」

朝日「健男っ」

紅「ははは‥ありがと♪」

受け取って、ひと口。

桃のジュースは、甘くて大好き。

『そうだ‥いけない。このままじゃダメだよね。

甘い物は、幸せを知らせてくれる宝物。

甘い物を食べて、美味しいって思えたらそれは今

幸せなんだよって教えてくれてることなんだもん。

私がこんなんじゃ、美味しいケーキが作れない。

誰かが幸せを感じられる機会を潰しちゃう‥こんなんじゃダメだっ。

お父さんとの思い出の甘い匂い‥なくしちゃいけないね』

クンクンと、改めて自分の匂いを嗅いで『くさい‥』

綺麗にして、元気にならなくちゃ。

朝日はシャンプーをこぼしたのは自分のせいだからと

紅に風呂に入ってくれと言い、着替えも貸すし、洗濯もその間にすると。

健男が紅を気に入ったのか離れようとしないのもアリ
アパートまでついて来た。

朝日「もうすぐですから」

紅「はい♪」

甘い桃のジュースを飲んで、紅の心に元気が戻る。

勇者はまた少し、成長していた。


付喪ライナー

トンテンカンテン‥整備・補修・点検作業を進め伝助に
ルナがどら焼きと暖かい緑茶を持ってきた。

『はい、伝助さん』

伝助「おっ、おおきに」

作業の手を止め、一休み。

パクパクと食べては『ずずず‥』温かいお茶を飲む。

ルナ「ねぇ、伝助さん」

伝助「なんや?」

ルナ「紅さんのことなんですけど‥」

伝助のどら焼きを食べる手がピタッと止まり

伝助「紅ちゃんのことか‥それやったら、なにしとんのか 知っとるで」

ルナ「そうなんですか?」

伝助「伝助式がっちり守りまんにゃわセキュリティーシステムが
SSDに撤去されたっていうても、そのまんまにしときますかいな。

こっそりと、外される後ろから付け直しとります」

ルナ「いつの間に」

伝助「努力する姿は見せへんで、やってのけまっさかい

イケメンパンダと呼ばれるんですがな」

誰も[イケメンパンダ]とは、呼んではいないのだが

ま、確かにカッコいい。

伝助「不言実行、黙々と成し遂げるんも男でっさかい」

ルナ「それじゃあ‥」

伝助「紅ちゃんがずっと、緋色を追いかけて
戦ぉてるんわ知っとる。

僕らぁに迷惑かけへんように、1人で苦しんで痛い目遭ぉて

それでも壁に挑んどんねん。

僕らぁに出来ることはいま、見守っててやるだけや。

なんもかんも僕らが手ぇ差し伸べて、コケた紅ちゃんのホコリやドロ払ぉて

ポロポロ泣いとる涙を拭いて、それで紅ちゃんが強ぉなれるやろか」

ルナ「それは‥」

伝助「確かに戦いに巻き込んだんは僕らや。

せやなかったら、紅ちゃんは今ごろ戦ぉてへんやろうし

緋色もおかしゅうなってなかったかもしれへん。

檸檬ちゃんも、妹の蜜柑ちゃんも
傷ついてへんかったろう。

でももし、僕らと出会ぉてなかったら

それでハッピーエンドやったんやろうか‥

きっと、違うところで厳しいとこに立たされとったんとちゃうやろか。

緋色の曲がりくさった根性は、いつか叩き直さなアカンことや。

檸檬ちゃんと蜜柑ちゃんのことは、避けられとったことやったけど

今のヘンな人間世界で、生きていくのにすんなり順風満帆な進み方が でける子ぉらやない。

どこかで何かがあったかもしれへん。

そんな時に心が弱いままやったら、紅ちゃんも檸檬ちゃんも
緋色みたいになってたかもしれへんのや。

蜜柑ちゃんは強い子や‥やからゆーて、檸檬ちゃんが強ぉ生きれるかゆーたら
それはまた別の話しや。

紅ちゃんのように勇者の心を持った子もおれば

その弟は暗黒騎士になってまう心もある。

人の心は万華鏡‥クルクル回る人生の中で、集まった ちっちゃい色や形は

その時々に色や形を変えながら、世界を作ってくんや」

ルナ「人の心はステンドグラス‥人の心は曼荼羅模様‥ですね」

伝助「せや。

人の心は万華鏡 想いを彩る 優しさのプリズム

人の心はステンドグラス 想いに輝く 勇ましきモザイク

人の心は曼陀羅模様 想いは幾重に 愛の虹橋

いろんな心の色が世界を彩り、モザイク模様のように形作る。

いろんな心が幾重にもなって心と心に橋をかけて、

いろんな心をプリズムみたいにアッチやコッチに分散や反射する。

世界を大きゅう、頑丈に、明るぅするんや。

ええ人たちもおれば、悪い人もおる。

ええ人らの心が強ぉならんと

悪いヤツラの心を優しゅう照らして、ホンマの生き方に戻すことはでけへん。

悪いヤツラのする悪いことを、真っ直ぐに照らし出して

おのれらは悪いんじゃって、ゲンコツくれてやることも、謝らすこともでけへんねん。

僕かて今すぐ、緋色と戦ぉてる紅ちゃんとこへ駆けつけてやりたい。

いっしょに戦いたい気持ちはあんねんで。

でもな‥今、紅ちゃんは強ぉなろうとしてはる。

それを僕らが邪魔したらアカン‥なんでも助けるんが優しさやない

苦しゅうてもジッとガマンして、見守るんも優しさや、勇気や。

僕らの『辛い』のなんか、紅ちゃんが今 感じとる『辛い』と比べたら、

『お坊さんの正座3時間』と『お相撲さんの正座3時間』みたいなもんやっ」

えっと‥

お坊さん=僧侶=お勤めで必ずするものだし、
そんなに太ってない=3時間の正座=辛いが、毎日のことで慣れている

お相撲さん=力士=体重が重い=3時間の正座=すごくすごく辛い

かな?

伝助「せや♪」

ルナ「神は命へ、耐えられないような試練をけっしてお与えにはならない‥ですね」

伝助とルナは、仲の良い者同士が通じ合った時

『ねー』と首を倒して笑いあうアレをしている。

伝助「ほんで、紅ちゃんはツァイフォンをこまめにオフして

僕たちにバレへんよう隠しとるつもりやけど、マモーブや戦心システムを使ぉたら
場所をお知らせする機能がついとりまんねん」

ルナ「それプラス、がっちり守りますんにゃわセキュリティーシステムですね」

伝助「ルナ、『伝助式』がっちり守りますんにゃわセキュリティーシステムやで」

パンダと天使の夫妻はまた、仲の良い者同士が通じ合った時の
『ねー』と首を倒して笑いあうアレをしながら

紅の成長を願っていた。
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