彩心闘記セクトウジャ・3

□レベル10・1
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「彩心闘記セクトウジャ」レベル10

『ココロノ ナカノ ケモノ』


2010年12月末日

暗闇

一切の光もない真の暗闇。

時折、犬や猫‥ほかにも多くの命が奪われる音が聞こえてくる。

ガタン

暗闇の中で音がして、とたんに空間が割れたように光が差し込む。

ヌっと中に入ってきたのは、白い服を着た作業員数名。

暗闇だった空間の中に、1人の女性が座っていた。

とてもか細い女性で、髪は無造作にハサミで切られた跡が目立つ。

邪魔にならないようにと切られたのだろう。

短く切られた髪の色は真っ白。

か細い腕や脚、折れそうな線の身体全体、肌の色も透き通るように白い。

瞳は深い赤色。

といって彼女はアルビノ(先天性白皮症 せんてんせい はくひしょう)ではない。

彼女に名前はなく‥あるのは『413』という番号だけ。

『あ‥あぁ‥』

怯える女性は、強引に作業員たちに腕を掴まれ
どこかへと連れ去られていく。

連れてこられたのは処置室で、台の上に寝かせつけられる。

手足に枷をはめ、頭にもバンドを巻いて固定。

『動物実験』というものがあることを、ご存じだろうか?

薬や化粧品、その他さまざまに
人が使う物の試しをまず、他の動物で行うことをいう。

マウス、サル‥犬も猫も、[人を助けるもの][飾るもの]多くのために
その身体で実験をされ、集まったデータを基にさらに改良を重ねられ
人の暮らしの中へと出ていく品々。

人間の業と言ってしまうのは簡単‥それだけで終わらせてはいけない現実。

マウスやサル、中でも特別な実験材料が‥ヒト。

この国の年間行方不明者数は2010年時点で8万人を超え
そのうち7万8千人余りが所在確認された。

しかし‥2千人もの人たちが、忽然と消えている。

犯罪に巻き込まれ、何らかの被害を受けた人たちもいるだろう。

別の土地で暮らしている人たちも、もちろん多くいることだろう。

が、残りわずかな数字の中に‥。

かつての蒼唯や菫のような生き方を、強いられた人たちがいる。

だが、身体能力に秀でるものでないために他に回される人々がいて
最終的にたどり着いたのが、この狂気。

ここは民間施設ではない。

かといって、公的な国の施設でもない。

社会の暗部のさらに奥底‥。

ここで彼女は、身体中にウイルスを流し込まれ、劇薬を投与され
ありとあらゆる激痛を与えられ、

死をも許されることなく、鞭で打たれ続けている。

言葉など忘れた。

記憶など、とっくに捨てられた。

身体の色素も瞳の色も弄られて、生まれた時の姿とは変わってしまった。

彼女は人形‥413という人形。

割れるように痛む眼球と、鷲掴みされたような苦しみの心臓を感じながら

今日1日の実験を終えて、413は暗闇に戻される。

いったい‥この身体はいつまで生きているんだろうか?

無の意識‥静まった水面に落ちた1滴の涙のように、ふとそんな疑問が浮かんだ。

すると‥

『死にたいか』

誰かが問いかけてくる。

『‥‥‥』

『まだ生き続けるか』

『‥‥あ‥ああ‥』

『そうか、死にたいか』

413は最後の力を振り絞るが如く、腕を[声]のほうへ差し出す。

がっしりと彼女の腕を掴み

『ようこそ、天獄へ』

[声]は嬉々と言った。


都内・アパート

大晦日の夜‥暗い一室で、テレビだけの明かりが部屋を仄かに照らしている。

テレビの中ではいつものごとく
出演者の誰かが、小さなことを大げさに笑って

必要以上に騒ぐ声と、食べ物が氾濫している。

大食い、デカ盛り、人気グルメ‥

食欲と性欲と、無駄な笑い声に溺れそうな画面だ。

だが、忘れてはいけない。

あふれんばかりに映る食べ物の数々は
別に食料が世界に有り余っているワケではない。

飽食の世界ではけっしてない。

画面の中であふれている食料の裏で、誰かが飢えている。

干ばつ、水害、不作、痩せた土地
理由は様々なれども、飢えに苦しむ人たちがいる。

この世界は残酷だ。

富む者がいるから貧する者がいて
腹を満たす者がいるから飢える者がいる。

かといって、誤った平等を振りかざしてしまえば
社会はあっという間に腐っていく。

自由を滅ぼし、自分たちだけが正しいと理想を押し付ける思想に
傾くワケにはいかないのが真実。

といって‥過ぎた格差もまた、世界の深刻な問題に間違いはない。

富む者や貧する者が住む世界は、別々の世界や異世界でなく。

共に住んでいるのがこの世界であり、国だ。

『生活保護制度』というものが、この国にある。

生活保護法によって規定されている、経済的に困窮する国民に対して
国・自治体が、健康で文化的な最低限度の生活を保障するため
保護費を支給する公的扶助制度のこと。

日本国憲法第25条

[すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する]

生活保護法 第1条
[この法律は、日本国憲法第二十五条 に規定する理念に基き
国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ
必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに
その自立を助長することを目的とする]

生活保護法第2条
[生活保護は、生活保護法4条1項に定める補足性の要件を満たす限り
全ての国民に無差別平等に適用される。
生活困窮に陥った理由や過去の生活歴等は問わない。

この原則は、法の下の平等 (日本国憲法第14条) によるものである]

が‥その平等は果たして、本当に平等なのだろうか。

社会は美麗なる建前の陰に、醜悪な本性を隠している。

差別をなくそう

偏見はよそう

そう掲げるものであるが、皆が皆そう考える者たちだけではない。

人の不幸は蜜の味とばかりに、醜い噂話に興じる人間たちがいて

犯罪を犯した者が刑に服して、償ったにもかかわらず
前科者と蔑み、なにかと遠ざけようとする。

もちろん、罪を犯した者たちすべてが
同情すべき者たちばかりではないだろう。

罪は罪、罰は罰、それは当たり前のことだ。

が、すべて同じかといえばそうではないのも本当なのだ。

犯したくて犯した罪でないものもいる。

思慮に欠けて愚かしくも犯した罪でも、じゅうぶんに情状酌量の余地があることもある。

罪を悔い、懸命に償おうとする者たちにまで偏見はぶつけられている。

そして[生活保護]のことであるが

生活保護と聞けば、多くの人間が
『働かずに金をもらえて』と簡単に言う。

『私たちが支払った血税を食いつぶすゴミ』

『働かざるもの食うべからず』

ネットの普及により
生活保護の略『生保 (せいほ)』を『ナマポ』と嘲笑い

[働いたら負け]とまるで、働かないのが正解とばかりな言葉を広め馬鹿笑い。

『現物支給でいい』

『受給者には木綿の衣服を支給して着させておけばいい』

平気でネットに書き込み、蔑む対象、差別する対象として受給者を叩く。

それが心底、差別しているからというものもあるだろう

日々の暮らしのストレスのはけ口にするものもあるだろう。

でも、どちらにしても差別は差別であり
愚かしい暴力に間違いはない。

もちろん、生活保護制度にも問題点はいくつもあって
不正受給が横行しているのも事実であるから、対策は必要なのだが。

生活保護は社会保障最後の砦、セーフティーネットの最終手段として

そこに至る前の、収入額基準によって

食料品の支援や税金、医療費の減額・免除等々
『生活支援』というべき制度の立案もされてしかるべきだと考える。

セーフティネットは国民の生活の砦。

これを叩き、貶め、笑う者たちもいつ、セーフティーネットが必要になるかわからない。

それを考えられない稚拙な者たちの暴力は続く。

ここに、1人の男性がいる。

年齢は53歳。

工事現場の作業員をしていたのだが、昨年のこと。
肺を悪くして、働くこともままならなくなり

病気は悪くなる一方、しかし収入がないという状況で役所へ相談。

生活保護を申請‥一時、受給していた。

3ヶ月が経過した頃、病気の調査をしたうえで

面談に訪れた係りの者が、年齢的にまだ働けるといい続け

ついに男性は『働きます』と、保護辞退書を書くこととなった。

しかし、予想した通り求人はまったくなく

役所が机の前で考える理屈と、実際の生活と出は大きく溝があり
男性は、その溝に落ちて もがき苦しみ続ける。

買っておいた米も底をつき、独り暮らし用の冷蔵庫はすでに空。

水を飲んで空腹を紛らわせていたが、弱った体力では他の病気を引き寄せてしまうもの。

風邪をひいて寝込み、高熱と咳に悩まされる。

熱はひかず、咳は止まず

体力はみるみる間に落ちていき、完治していない肺の病気も悪化。

衰弱は激しく、外など出れず

布団の上で何日が過ぎただろうか。

腹が鳴る体力さえなく、ただうつろに年越しをはしゃぐテレビを眺めていた。

彼にも数年前まで家庭はあった。

妻とは‥楽にならない生活に嫌気がさして、妻は夫に離婚届を叩きつけ それっきり。

息子はいたが、俺は俺の人生を生きると
惚れた女の婿養子になったと‥人づてに聞いた。

『まぁいいさ‥な‥幸せになってくれたらそれでいい‥』

テレビ画面の中で、ガハハハと笑うタレントが息子と同じくらいの年ごろで
ぽぅっと眺めながら、彼はそう呟いた。

息子と重ねたタレントが、山盛りカツ丼を食べている。

それ見ながら彼はつぶやく

『ああ‥あったかい飯‥食べてぇなぁ』

それが彼の、この世での最後の言葉だった。


2011年1月


元旦から粉雪が舞っている。

街はお正月でウキウキ気分といったところ。

昔の使用月は店もすべて休みで
家でおせち料理をつついて

かるた、すごろく、福笑い、凧揚げ、羽根つき
遊んだあとは、お餅を食べるのが当たり前の光景だったのだが

時代が進むにつれて、正月こそ稼ぎ時だと
百貨店、コンビニ、その他の商業施設も軒並み元旦から開店している。

晴れ着を着た女性、ピシッと決めた服装の男性。

そうでなくて、ごく普段着で歩いている人たちもいて
街は楽しそうだった。

そんな楽しい街の片隅で‥


公園

大勢の行列。

ボランティア団体が、ホームレスの人たちのために
炊き出しを行っている。

その中に、奏の姿があった。

奏が世話になっている教会のシスターたちの姿も見える。

奏「はい、どうぞ」

とても冷え込む元旦。

振る舞っているのはお雑煮で、餅などの材料は
寄付してもらったものや、奏たちが持ち寄ったものだ。

心「奏さん」

奏「なぁに?」

心もまた、炊き出しに参加している。

奏と心は、教会のバザーで知り合い
ともだちになった。

今日は、心が参加したというよりも‥

仁「まだまだ量は あっから、慌てなくてもいいからなぁ!」

元気よく叫んでいるのは仁。

ボランティア団体や教会の人たちだけでは手が足らず、
困っているとき、奏に会いに来た心の付き添いで

仁は教会を訪れて‥話を聞いて、元旦から炊き出しに参加しているというワケだ。

愛理「はい そこぉ! ちゃんと並ぶっっっ」
割り込もうとした男性を愛理は叱る。

『すみません』素直に謝り、列の最後尾に並んだ。

口ごたえして、さっき愛理にボッコボコに説教された人がいて
それを見ていた者たちは、誰1人愛理に逆らわないようになっている。

仁「アイツ、正月からキレてんなぁ」

苦笑い。
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