彩心闘記セクトウジャ・3

□レベル11・1
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「彩心闘記セクトウジャ」レベル11

『The Beginning And The End (終わりと始まり)』

2011年2月

風丘邸

町ひとつ、そのものではないかと思わせるほどの
そりゃもう、ただ驚くしかない広大な敷地に

風の霊皇・風丘 信代の両親『厳 (いつく)』と『嬉 (うれし)』の邸宅がある。

どこかの国の、貴族の家と勘違いしそうなほどの大きくて気品漂う洋館だ。

娘の信代は独り暮らしというか、恋人の孝太と同棲中で

もう一人の娘である楽代は早くに、病気によって死んでしまった。

厳と嬉だけがこの家に住み、執事やメイドたちと暮らしている。

信代が大好きな『じいや』こと『大石さん』も元気に
大勢のメイドたちを率いて、屋敷を守ってくれている。

玄関から、厳が秘書を連れて出てきた。

嬉「あなた、いってらっしゃい」

厳「ああ、行ってくるよ」

大石「旦那様、いってらっしゃいませ」

厳のカバンを秘書に手渡し

大石「旦那様、なにやら外でウロウロとしている怪しい車や人影がございます。

くれぐれも、ご用心のほど」

厳「わかったよ。

おそらく、マスコミか‥」

大石「あるいは、国の」

厳「風救隊の装備一式は、
公表はしていないが伝助くんたち付喪堂に開発してもらったものだ。

あれだけの技術力‥国が危険視するのも仕方がない。

まして付喪堂は、現在も国から未確認破壊脅威に位置付けられてる存在だからな。

といって、風救隊が何もクーデターを起こすはずもなく

その意思もないということは活動を通して周知されている。

いくら国とは言え、そんな私たちを今すぐどうこうと乱暴なことはしないだろう」

大石「であれば、良いのですが。

今のこの国は、戦前にもまして危険な思想に狂っておりますように感じます‥

いえ、年寄りの心配症というものでしようか。

旦那様、お気をつけて」

嬉は厳のすることに口出しはしない。

ただ黙って見守っている。

厳「少し帰りが遅くなるから、先に夕食をとってなさい」

嬉「いいえ、あなたがお帰りになるのを待ってますわ。

そうそう、近くの土曜日に信代と孝太くんを呼んでお食事会でもいたしましょうよ。

ね、あなた」

厳「そうだね。

孝太くんは‥確か、司法試験はダメだったそうだ」

嬉「ならまだ」

大石「プー‥ゴホン‥失礼。

無職にございますな」

嬉「いい子なんだけどねぇ」

大石「元警官でございますから、
警備の仕事などに就いていただきたいところでございます」

厳「あの子はあの子で、それ以上に大事な使命を背負っているからね‥仕方がないよ。

ま、そうとばかりも言ってられないのが本音だけど」

信代と結婚するからには、やはり無職のままでは‥と、どうしても考えてしまうのは
親としてなら当然の想いだろう。

厳「使命と向き合い、強い正義感と夢はあっても
報われない社会はやはり間違っている。

理想だと馬鹿にされてもいい、孝太くんのような若者たちが報われる社会を
我々がしっかりと作り、次の世代へ渡したいものだ」

大石「まことに」

『では』と秘書が車のドアを開ける。

厳「ああ」

車に乗り込む。

嬉と大石が厳を乗せた車を見送り

車は玄関を出てしばらく走り‥しばらく、しばらく‥しばらーく走り

敷地を出て、本社へ向かう途中のこと。

『あら?』

秘書が思わずつぶやいた。

厳「どうかしたかね?」

『いえ‥実は、後ろの車がつけてきているようにおもったものですから』

厳「それで、今もかね?」

『いえ、それが左に曲がっていきまして』

厳「気のせいでよかったじゃないか」

『はぁ‥そうですね』

厳を乗せた車は走る。

左へ曲がった車と入れ替わり、別の車が厳の車を尾行していたことをまだ
厳自身も秘書たちも気づいていなかった。


いちごみるく

明日はバレンタインデー。

茜と紅も、バレンタインデーのためのチョコケーキを作っている。

茜は生チョコクリームを絞ってデコレーション中。

紅は卵を割って解いたり、スポンジケーキを焼いたり大忙しだ。

茜はそんな紅の姿を心配そうにチラッと見ては、また仕事に戻る。

紅の小さな変化というのだろうか‥何か重大なことを心に決めている、

茜「とうとう、来たのかねぇ」

親に頼らず、自分の足で自分の人生を歩み始める‥巣立ちの時が来たのかと
茜は内心、嬉しくもあり寂しも抱えている。

ところが、紅の現状はもっとシビアで

心ならずも願いを聞き届けるために、心優しい光臣神父の心を紅はその手で壊した。

ホイピエロイド化した心、さらに夢魔によって魔心にされた心を助けたのはいいが

罪を犯したことを悔いる神父は助けてほしいと、心を壊すことを紅に願う‥

そのことで紅は、助けることが必ずしも
『幸せな結果』の形ばかりではないのだと知り

はたから見れば『不幸な結果』でも、人によって幸せの形は様々なんだと
初めて知る。

紅は何を覚悟したのだろう?

巣立ちを迎えたのかと思う茜が、どこか不安に思うのは
紅のその心に、茜にはわからないものがあるからなのだろう。

紅「お母さん、スポンジ焼けたよ」

フワフワに焼けたスポンジケーキ。

茜「ありがとね」

紅「ねえねえ」

茜「なんだい?」

紅「私もひとつ、作っていーい?」

茜「そうだね、紅の作るものもなかなか評判いいし
好きなもの作っていいよ」

紅「ううん、ひとつでいいの‥ひとつで」

紅は母へのプレゼントを作る。

忙しい母へ送る、愛を込めたケーキを。

その夜‥紅は茜に何も告げずに、家を出ていった。


翌日


雪が積もる山中

山を下りれば巷は、ショコラのように甘美な気持ちに包まれるバレンタインデー一色。

チョコレート色の看板に愛らしいデコレーションがキラキラしているが
ここ、雪深い山の中ではそれをよそに

身体から湯気を立たせて椿は己を鍛えていた。

そばには源左衛門とメアリー、そして ずず。

椿が身に着ける明王システムは
父である朱紗夏生が作りだした戦闘システム『justice』が構築したものだ。

それは明王システム自体が戦闘を重ねるごとに強くなる、成長するということであるが

やはり、装着者自身がそれを完全に操ることができなければ
真の力はでないであろう。

どんなに鍛え上げられた名刀でも、剣を握ったこともない者が扱えば

ある程度は切れたとしても、真の切れ味は出せないのと同じだと伝助は椿に教えた。

ゆえに、源左衛門とメアリーはずずを連れて

己を鍛え直すと言った椿に付き添って、この山へとやってきた。

源左衛門「どうだ、椿。

ここなら集中して鍛えられるだろう」

椿はずずを相手に剣の修行に励んでいた。

ずず「ひと休みしやしょう」

椿「そうだね」

ひと息ついて、椿は空を見上げた。

椿「まぶしい」

陽射しが心地よいというか、暑い。

椿「いいところだよね。

ホント、静かで集中できる」

その顔は見上げた空のように晴々としている。

もう迷いはない‥しっかりと感じ取れる表情だ。

メアリー「紅も、アンタのように晴れた面してんなら、いいんだけどね」

紅の行方が分からなくなったということは、伝助から連絡が入った。

ツァイフォンやセクゾーストの追跡機能もオフにされていて、皆目見当がつかない。

源左衛門「確かに心配だな‥紅が知ったあの『覚悟』というものが

ふたたび、紅の心を深く傷つけなければいいんだが」

紅は傷つき、元気を失っているのは確かだ‥

缶吉たちによって、街中の伝助式がっちり守りますんにゃわセキュリティーシステムも
多くが復帰し、データを解析して紅を探している最中とはいえ

楽観視できない源左衛門とメアリー。

ずず「なぁに言ってんですかい、源左衛門の兄貴、姐さん。

紅ちゃんは強い子でさぁ。

なんていったって、勇者ですからね」

メアリー「なぁにエラそうに言ってやがんだい。

お前に言われなくても、ちゃあんと ウチの人もアタシも知ってるよっ」

ずず「へへ、すいやせん」

椿「紅ちゃんか‥ホント、紅ちゃんも墨彦くんも翠季ちゃんも‥

セクトウジャのみんなは強いや」

源左衛門「みなそれぞれに心に重しを抱え、乗り越えてきたからな。

椿、お前も強い」

メアリー「これからもっと強くなるよう、ビシッと鍛えてやるからね」

椿「あいよ♪」

メアリー「いい返事だ」

とても嬉しそうな2人。

この先待っている戦いが、辛く苦しいものになるからこそ

2人は笑顔で立ち向かいたいと願っている。

その輝きが失われることなく、戦いを終わらせられるようにと。

椿「さて、じゃあ‥ずずくん

あとでもういっちょ、付き合ってね」

ずず「へい、がってんでぇ」

『おーい、みなサーン』

そこへイチゴがやってきた。

どうやら弁当を作ってきたようで、付喪ライナーでここまで送ってもらったらしい。。

手にはお重と水筒がある。

イチゴ「お昼ごはん、モッテきましたヨー」

メアリー「お、さすがはイチゴだ。

抜群のタイミングだねぇ」

ずず「腹が減ってはなんとやら、ありがてぇや」

イチゴの後ろからエトも、フワフワ浮いてついてきている。

ずず「おっ♪エト」

エト「ずず、弁当、食え」

イチゴが弁当を作っていると、興味を持ったのかエトも手伝うことになる。

だから、ずずの分はエトの手作り。

ずず「へへ、嬉しいなぁ」

それはもう、照れながら弁当を受け取り

ずず「でもよ、はじめてだから塩と砂糖を間違えてたり

ボロボロっのおにぎりとかなんだろ?

よくある展開ってヤツさ♪

けどよオイラ、そういうところは まるっきり気にならねぇタチなんでぇ」

ニコニコ笑って弁当を開けると、まるで老舗料亭の懐石弁当のような出来栄え。

新鮮なブリとマグロのお造り、豚の角煮、サトイモ、湯葉巻‥

そのほか、ご馳走が盛りだくさん。

エト「資料を読んで、作ってみた」

パクッと煮物をひと口頬張ると‥

ずず「う、うめぇ」

エト「次はフランス料理とかいうのを作る。

資料は伝助からもらった」

エト専用の愛・伝えまフォン-藍を手にしていて

そこには世界各国の料理の情報、レシピがまとめられている

『付喪堂のレッツ☆cooking』なるサイトがディスプレイに映っていた。

イチゴ「伝助さんたちがこのサイト、ウンエイされてルんですよネ♪

便利なので、よく使ってるんデスのヨ」

メアリー「ああ、そういや淑が餡子とパソコンの前でアレコレ作ってたっけ」

キラキラ光り輝くお弁当と、データだけで完ぺきに再現するエトに

ずず「コケーーー!」

ビックリ仰天の青い鳥だった。
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