彩心闘記セクトウジャ・3

□レベル12・3
1ページ/5ページ

ハートフィールド

ノワールを囲むようにアズゥ、ベルデ、ズオンソー、シアン‥

ノワールの横にトランと真友、そして楽代がいた。

重たい口を開くノワール‥

あれは‥そう、黒色の吸血鬼がその瞳開いたときだった。

何もない空間に生まれたひとつの存在。


はじめに天と地とが創造されて

地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり‥


『光あれ』


誰かが叫んだ気がした‥創世記のように、神が叫んだのだろうか?


美しい野原と荒涼とした大地がせめぎあい、

たゆたう海原、なにもかもを燃やし尽くす溶岩と一切を凍てつかせる氷の風景が

混じりあっている世界‥心の空間‥ハートフィールド。

新しく生まれた世界に、今新しく生まれた住人。

黒色の吸血鬼・ノワール。

彼女は人の『苦悩』する心から誕生した。

例えば‥命を救えなかった医師や看護師であったり

犯罪を未然に防げなかった警察官

生徒を正し導くことが果たせなかった教師

その他、多くの人たちの苦悩する心からノワールは生まれた。

ノワール「私は‥」

苦悩の心は彼女に絶大な力を与えた。

苦しく、悩む心ほど力にあふれたものはないのかもしれない。

それほどまでに苦悩は強大で、心をときに破壊しかねないほどの力となる。

苦悩し、答えを求め彷徨う‥虐げられる者の心、愛に恵まれない者の心、

求め、欲し、彷徨う者たちの心が集まり

不死の象徴‥永遠のモンスター、ヴァンパイアを生む。

生まれながらにして苦悩し彷徨う彼女は、答えを求めた。

答えとは‥苦悩を癒す愛だったのかもしれない。

この後、新しく生まれた世界に

『残酷』な心からウイッチ

『孤独』な心からワーウルフ

『弱い』心からホムンクルスが誕生する。

アズゥ‥ズオンソー‥ベルデ‥

ベルデ「苦悩と残酷と孤独と弱さ‥僕たちが生まれた」

真友「お母様‥女王様は?」

ノワールは悲痛な表情を浮かべた。

シアン「ノワール‥だいじょうぶですか?」

ノワール「ああ、心配ない‥ありがとう」

再び語り始める。

愛を求めて歩いていたノワールは、ふと‥氷に覆われた場所へと足を踏み入れた。

何もかもが凍える場所。

野に咲く花も空を飛ぶ鳥さえも凍り付く。

あまりに深い‥悲しみの心だった。

氷の世界にグリゾンビーが1体、うずくまっていた。

すでに身体はひび割れて、変態を始めている。

生まれたばかりのノワールの頭に流れ込む情報は、心の空間のすべてと

自分は何ものなのか

目の前にうずくまる物体が何か

ひび割れ、はじめる変態の先に何が誕生するのか

多くを教えていた。

それは神の声だったのか? 悪魔の声だったのか‥。

心のモンスター‥自分はそう呼ばれる存在で、うずくまるものはグリゾンビー。

グリゾンビーは、やがてホイピエロイドへと変態する。

多くの心が集まり生まれた怪物がノワールであり、

後に生まれるアズゥたちである。

そして人が誰しも持つ悪意がグリゾンビーとなり、

その悪意はさらにホイピエロイドへと変わる。

心の怪物は多数の心を集めて誕生し

グリゾンビー・ホイピエロイドは個の心より生まれる‥それが大きな違い。

人間たちの心の世界‥

伝助たちによって『ハートフィールド』と

呼ばれることになる空間に生まれた存在だった。

悲しみはノワールの身体も凍らせる。

『寒い‥』

突き刺すような寒さは、悲しみと同じ痛さ。

『苦しい‥』

身を震わせる辛さは、慟哭と同じ揺れ。

苦悩するノワールの手には、ヴァイオリンがもたらされていた。

誕生の瞬間に、手にしたヴァイオリン。

悲しみも笑いも怒りも、感情は常に音楽のごとく。

五線譜に書かれる音符のように、感情は時に跳ね時に沈み

様々な波となって声を上げる。

ノワールは弦をゆっくりと引いた‥奏でられる音。

悲しみの曲‥嘆きの音符たち。

肘から手首までが凍っていたノワールの左腕‥その氷が散って

ノワールは音を奏でる。

流れゆく旋律に、グリゾンビーは顔を上げてノワールをじっと見た。

瞳から大粒の涙がとめどなく、あふれ落ちる。

なんて美しい‥グリゾンビーが流す涙のきらめきに、心惹かれるノワール。

『なぜ泣いている?』

『憎い‥神が‥憎い』

『憎みながらも、なぜ悲しい?』

『神は私を苦しめる‥大切なものを苦しめる‥奪おうとする‥奪っていく‥』

ノワールの中へ流れ込むグリゾンビーの心。

ノワール「なんと哀れな‥」

グリゾンビーの苦悩、痛み、嘆きがノワールの心を揺り動かす。

ノワール「グリゾンビー‥お前の悲しみは、私が癒してみせよう」

それは恋だったのだろう。

それも愛であったのだろう。

ノワールは優しくグリゾンビーを抱きよせた。

吸血鬼の胸に顔をうずめるグリゾンビー。

アズゥたち誕生の前‥、苦悩する心が死心力によって変化して生まれたノワールは
モンスタリアを建国する。

乱れた人の心=グリゾンビーをまとめ上げ色呪王国モンスタリアとなった。

黒色の吸血鬼女王 クイーン・ヴァンパイア・ノワール‥

だが、ホイピエロイド化した女の心が暴走して壊れぬよう守るため

自らのクイーンとしての力を与えた。

ゆえに本来、獣態であるホイピエロイドが人間態となり

ノワールはその偽りの女王の配下となって、愛する道を選ぶ。

愛を求めるノワールは、モンスタリアの仲間たちも見捨てることはしない‥出来ない。

それが強さでもあり、弱さでもあった。

人間の心=ホイピエロイドであったベルメリオに自らの力を与えたため

レベルMaxに生まれながら到達していたが、そのレベルも半減。

そこまでしても、このホイピエロイドを彼女は愛した。

モンスタリアの女王であることを捨て、このホイピエロイドを‥

ベルメリオを愛するがため、守る立場を選ぶ。

そしてこの後に見せた、アズゥ達への厳しさや優しさも愛の現れであった。

ノワール「女‥忘れるがいい‥今はしばし、悲しみを忘却の彼方へと」

身体が輝き、ノワールの力がグリゾンビー注がれる。

ヒビは完全に割れ、ホイピエロイドが生まれ

その身体はさらに人の形を取り始めた。

深紅。

黒色が寄り添う色は深紅であった。


アズゥ「それじゃあ‥」

ベルデ「そのホイピエロイドは」

ノワール「ベルメリオ様‥」

ズオンソー「そんな!」

楽代「ホントだよ。

モンスタリアの真の女王はノワールちゃん。

だから神様は、ノワールちゃんに時間をあげたいと思ったの。

愛を求めていた吸血鬼だから、愛がなんたるかをゆっくり知る時間をね」

真友はふと、言葉をついた。

真友「氷の女王‥」


カイという名前の少年と、カイの幼馴染の少女ゲルダがいた。

ある冬の日、カイは悪魔の仕業によって世界に散らばった魔法の鏡の欠片が
瞳と心臓に突き刺さってしまう。

刺さった欠片はカイから純粋な心を奪い、冷え切った心臓を与える。

そして現れた雪の女王はカイを虜にして宮殿へ連れて行く。

彼女はカイに『永遠』という言葉を作り出すことができれば、

彼を解放し、スケート靴を渡すと約束した。

一方、行方知れずになってしまったカイを心配したゲルダは
捜し出して連れ戻すために旅に出る。

様々な困難を乗り越える旅の末、女王の宮殿でカイと再会するゲルダ。

彼に近寄りキスをすると、愛の力によってカイは救われる。

一緒に踊り、踊り終わったとき『永遠』という言葉はそこにあった。

これで約束通り、雪の女王はカイを開放せざるを得なくなった。


ノワール「雪の女王は‥私だ。

私は彼女に力を与え、女王として宮殿に住まわせることで

私を愛してくれる人を得ようとした‥苦悩を癒す愛を得るため

間違った方法だと知っていながら」

楽代「それが愛に思えたんだよね‥人は弱いよ、心のモンスターだってそうなんだ。

心は強いようで弱い‥弱いと思ってみても強い。

心は様々で、形も強さも弱さもコロコロと変わっていく。

そうやって少しずつ磨かれて、鍛えられていくものなんだよね」

ノワール「私が雪の女王。

そして‥ベルメリオがカイ」

シアン「だとしたら‥」

ベルデ「ゲルダは真友‥か?」

アズゥ「ベルメリオ様と真友の間になにかあるというのか? それとも‥」

ズオンソー「関係があるのか、ないのか」

トラン「それは、私から話すよ」

ノワール「いいのか? トラン」

トラン「ええ‥私は、このために来たんだから」

トランは真友の前に座り、ゆっくりと話し始めた。

トラン「真友‥私の声に聴き覚えはない?」

真友はその問いに心揺れる。

真友「覚えてる‥だけど、思いだせないの。

思いだしたいのに‥思いだせない」

聞き覚えはある。

初めてトランと言葉を交わしたときから、どこかで聞いた声だと思っていた。

しかし、どこで聞いた声なのか真友は思いだせないでいた。

トラン「真友‥雪の女王の本、大事にしてくれていてありがとう」


『真友、お誕生日おめでとう』

そう言って、少女はまだ幼い真友に本をプレゼントした。

真友「ありがとー♪」

喜び、包みを開ける。

本の表紙には『雪の女王』とあった。

真友がいつも大切に持っていたあの本だった。

真友「雪の‥女王?」

『大切な人を悲しい女王に連れて行かれた女の子が、

その大切な人を連れ戻しに旅に出るの。

ねぇ、真友‥お姉ちゃんがもし旅に出ても

捜さなくて大丈夫だからね。

それより、お母さんをお願いね』

『うん、わかったぁ』

このとき、まさか姉が本当に旅立つことになるなんて思ってもみなかった‥

姉の友香が、重い病気にかかっていることなど

このときの真友にはまだわかりもしなかった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ