旧 霊皇戦隊セイレンジャー 1

□第6話・1
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「霊皇戦隊セイレンジャー」第6話
           「桜が舞う頃に‥」
2009年4月

真っ暗な空間‥天から一筋の光が差し込み、浮かび上がる1本の大きな桜の木…
満開に咲き誇っている。

渦を巻いて、時折風が駆け抜けていく‥舞い散る花びら。

「櫻子‥ようこ‥お母さん、桜が舞う頃にはきっと迎えに来るからね…
きっと‥」

激しい突風が桜の木の花びらを一気に散らして天へと昇っていく。

その光景はまるで、花びらの竜のように。


都内のマンション・愛理の部屋

最上階に愛理の部屋はある。

東京の夜景がとても綺麗に見える‥宝石をちりばめたような景色。

部屋には大きな机があり、卓上には数台のパソコン。

あまり、女性の部屋とは思えない殺風景な部屋。

黒や灰色を基調にした家具がわずかながら置いてある。

一応、すべてイタリア製の物なのだそう。

フローリングの床に乱雑に置かれてある洗濯物に
キッチンにはカップ麺やコンビニ弁当の空容器、缶ビールの空き缶がゴミ袋へと
あふれんばかりに突っ込まれていた。

愛理は別に家事が出来ない訳では無い‥むしろ、得意。

料理の腕も、洗濯だって掃除だって得意であり、好き‥だった。

母と疎遠になってからか‥一切家事をしなくなってしまったのは。

すれば、教えてもらった母の事を思い出すから‥それが理由。

シャワーを浴びる音が聞こえている。


浴室 愛理がシャワーを浴びている。

噴き出る水を頭から浴び、ぼうっとしていた。

今日は辛い日だった‥以前、愛理が株を買い占めて乗っ取り、
転売することで利益を出した会社があった。

その会社で働いていた社員は、ほぼリストラされてしまったと聞く。

それは別に愛理が望んだ訳では無い‥たまたま売りさばいた先の経営者がそういう方針を
とったのだから‥でも‥である。

花見ではしゃぐ人たちの中を虚ろな目をしてその男は歩いていたそうだ。

そう、乗用車が近づいているのも気付かず、信号が赤になっていたのも気にせずに
けたたましく鳴り響くクラクションなど気にもせず、
男は横断歩道をフラフラと歩いていたらしい。

そして‥。

不幸中の幸いか、重症ではないと言う‥だが、回復するには、それなりの時間がかかる。

転売した会社に勤めていた者だった‥桜が咲く前に長年勤めた会社をリストラされ
ずいぶんと思いつめていたと‥今朝のことである。


男の子「パパに謝れ!パパに‥パパに‥大好きなパパに謝れったら!!」

車に乗り込もうとしていた愛理に向かって、悲鳴にも似た怒りの声をぶつける少年。

10歳‥くらいだろうか。

事故で父が倒れた‥何もかも会社をクビにされたからだと少年は言う。

慌てて少年をとめに入った孝太が聞いてくれていた。幸い、ケガも重症ではなく、
ふた月ほどすれば退院できるとのこと‥見舞いに行ってはみたけれど‥

持っていった花束は奥さんと言う人に投げ返され、

病室中の人間から非難や怨みの視線を突き刺された。

以前ならそんな目線、気にもならなかったけど‥今は‥なんでだろ‥痛い。

仁は「元気出せよ」ってひとことかけてくれた‥仁だけじゃない。

姫ちゃんも信代ちゃんも孝太君も‥伝助や総右衛門、源左衛門も心配してくれる。

その暖かさゆえに、今までの私の暮らしの冷えがいかに痛いものなのかが身に沁みる。

愛理「はぁ‥疲れちゃった‥」

キュッと蛇口を閉めると、バスタオルを身体に巻きつけ、浴室を出る。


居間 冷蔵庫から取り出した缶ビールを手に、ソファーにもたれかかる愛理。

ガランとした部屋‥寂しさがヒタヒタと迫ってくるかのよう。

グイッとビールをあおる。

携帯を手に取り、ボタンを押して電話帳を開く‥「母」と表示されるメモリー。

かける様子もなく、見詰める愛理。

溜息ひとつ‥携帯を閉じてソファーの上に放り置くと、寝室へと‥。


寝室 ベッドの脇に台があり、電気スタンドの周りに目覚まし時計や
高価なアクセサリー類や香水、化粧品が乱雑に置かれている。

ただ、少し薄汚れたオルゴールだけは、きっちりと置かれていた。

父から贈られた最後の誕生日プレゼントのオルゴール。

愛理はそのオルゴールのふたを開ける‥

流れるメロディーは、『星に願いを』

オルゴールの中には、空色のガラス玉の指輪が大切に置かれている。

メロディーが優しく奏でられる寝室で、愛理はバスタオルを外す。

床へ滑るように落ちるバスタオル。

生まれたままの姿の愛理はベットへと身を預ける‥また、ため息がひとつ。

服も下着さえも身に着けていない愛理‥もちろん、目に見えない鎧もこの部屋では
脱ぎ捨てている。

その鎧を着ることで手に入れることが出来たこの部屋でしか、
脱ぐことの出来ない鎧の皮肉さ。

何もかも脱ぎ捨てた愛理はひどくか細く、脆くて繊細なガラス細工のような女性‥
今までもこんな夜はあった。

何度も何度もこんな夜を乗り越えて今まで生きてきたのだから。

こんな夜‥こんな気持ちなんか気にならない、独りの時間などまったく気にならなかった。

いつからだろう?

たまらなくこんな夜が辛くなったのは‥心がえぐられるように感じ出したのは。

愛理「そっか‥みんなと出逢った日からだ‥」

仁や満優、信代に孝太‥源左衛門や総右衛門‥仲間の顔が浮かぶ。

そして‥伝助のヘロヘロ顔がどアップに浮かぶ。

愛理「今度あったら、ぶん殴るっ‥」

心に固く誓う愛理。

やがてまどろみが愛理を包み、眠りにつく‥不思議とこの頃、薬も飲まないのに眠れる。

何錠飲んでも眠れなかったのに‥愛理はもう、夢の国へと出かけている。

「星に願いを」が流れる中、腕につけている転精輪が、そっと優しく光を放っていた‥。


桜並木の遊歩道

立ち並ぶ桜並木‥満開に花開き、
人々の目も心も楽しませた桜の花もすっかりと散ってしまい、
今は眩く見えるほどの若葉が芽吹きはじめている。

そんな中、1本の桜の木だけはいまだに花を落とそうともせず、
きらびやかに咲き誇っていた。

その桜の木の下にたたずむ女性‥物憂げな瞳をしたロングヘアーの20代らしき女性は、
木にそっと手を触れて目を閉じる。

「お母さん‥」

口から漏れる言葉‥哀しさに締め付けられる声だった。


福福 5日後の正午過ぎ

店内に満優、孝太と伝助、総右衛門、源左衛門の姿が見える。

ガラガラっと戸が開かれる。

満優「いらっしゃいませ」

訪れたのは信代。

信代「え!?満優さん‥何してるの?」

満優「仁さんがですね、切らしたものや買い忘れた物があるらしくて、
出かけられたんです‥ですからその間の店番を」

どこか嬉しそうな表情の満優。

孝太「なんて言っても、お姫様が店番ですからねぇ」

信代「メイド喫茶より流行りそうな」

孝太「でも信代ちゃん、お姫様に接客してもらったら‥なんか緊張するかも」

信代「うーん‥それもそうかも。

『よくぞ参られた、苦しゅうない近ぉにこられよ。して、何を所望いたす?』な、
感じになるんですかね」

孝太「の、信代ちゃんって‥もしかして時代劇好き?」

信代「あっ♪好きですよ。眠狂四郎や鬼平犯科帳、剣客商売‥必殺シリーズ♪
幕末物も大好きですよ」

孝太「あぁ、それで」

総右衛門「信代殿のイメージされる「姫」はずいぶんと和を感じさせますな」

孝太「そうそう、もっと西洋的なお姫様を思ってたから」

源左衛門「ピーチ姫などな」

伝助「それマリオやーん」

源左衛門「ふっ」

信代「それにしても満優さん、ずいぶん楽しそうですね」

満優「はい♪私、好きなんです。心を込めて作ったものを食べてもらえる‥
食べたお方が美味しいって、笑顔になってくれたら‥私も嬉しくなりますもの」

晴れ晴れとした笑顔。

満優「どんなに辛くて悲しいことがあっても、どんなに心が凍てついても

スプーンにすくったひとさじの温かいスープが、辛さも悲しみも、

ほんのひと時でも薄められるとしたら‥凍てついた心をとかすこともあるとしたら‥

それはとても嬉しいことですわ」

信代「そうですねぇ‥うん、私もそう思います。大切な人が作ってくれたものなら
なおさらにですね」

孝太「それなら僕は‥落ち込んでいる時は、母の作ってくれたハンバーグが
無性に食べたくなりますよ」

総右衛門「ほほぉ‥孝太殿は母上が恋しいのですと‥

いわゆる、『まざこん』にござりまするな」

孝太「うおっ!?ち、違うよ‥」

信代「もう、総右衛門ちゃんったら‥ぜんぜんおかしくなんかないですよ、孝太さん♪

お父さんは娘さんの初恋の人、お母さんは息子さんの永遠の恋人♪

そう言ったものだと思います」

笑顔の信代。

孝太「あ‥ありがとう、信代ちゃん」

信代「えへへ‥そうだ、私は元気の無い時は‥そうだなぁ‥

半熟卵とチーズのカルボナーラとシーフードサラダかなぁ」

総右衛門「パスタにござりまするか」

伝助「パスタとサラダのセットメニューやん♪」

源左衛門「ツナと卵を混ぜて焼いても美味いぞ」

伝助「それやったら僕は、満優様の焼いたクッキー♪」

満優「そうね‥よく焼きましたわね」

伝助「はい♪あんな、満優様が焼くクッキーは、めっちゃ美味いねんで。

いっつもお茶にしますよぉって、言わはってな、僕たちを呼んでくれはるねん」

信代「伝ちゃん、ホントにそのクッキーが好きなんだね。

とっても嬉しそうな顔してる♪」

総右衛門「若、よだれっ、よだれが飛沫を上げておりまするっ」

満優「そうですね‥しばらく焼いていませんでしたね‥

では、近いうちにクッキーを焼きましょうね、伝助」

伝助「ほんまですかっ♪ひゃらっほーいっ!!」

飛び跳ねて喜ぶ伝助。

喜ぶ伝助に微笑みながら、満優の胸中に思い浮かべるは‥

流れゆく、たおやかな風を愛でながら勇護と楽しんだ甘くて冷たい氷菓子‥

恋人達の泉と言う名の泉の水を凍らせて作るもの‥

満優も勇護もこの氷菓子が好きだった。

特に勇護は甘い物がどちらかと言うと苦手なのだが、不思議とこの氷菓子は食べていた。

一緒なら食べれていた‥満優はそんな勇護が‥。

満優「甘くて冷たい‥私たちの思い出のようですわね」

寂しげにポツリともらした‥信代の耳にも孝太の耳にも、その言葉は聞こえていない。

総右衛門にも、もちろん喜びはしゃぐ伝助にも。

ただ‥

源左衛門「満優様‥甘い記憶を辿れば今が寂しくなる‥ご胸中察します‥」

満優の呟きを聞いていた源左衛門。

満優「源左衛門‥聞こえてしまいましたか‥ごめんなさい」

源左衛門「いえ‥なにも謝る必要はございません。

ですが満優様‥お忘れなきように‥伝も総もおります‥

満優様のそばには同じ霊皇が‥仲間がおります。

その輪の中に満優様はおられます。

もう、独りではございませんし、させはいたしません。

『独』と言う渦の中にいた俺に、手を差し伸べた伝や総‥満優様のように‥

次は俺たちが満優様へ手を‥それだけは、お心に留めておかれますように」

満優「そうでしたね‥私はけっして独りではない。

たくさんの想いに支えられているのですから‥源左衛門、ありがとう」

寂しげな表情は穏やかなものに変わる。

勇護、凛雫、侠真‥そして真忍。

大切な者が次々と刃を向けてくることに、満優はじっと耐えていた。

耐えることでその心に無数の傷を抱えることになる。

その傷は侵食をはじめ、いつしか折れてしまう‥そんな気がして

満優は悩み続けていた。

その折れかけた満優の心を修復するように‥源左衛門の言葉は沁みていく。

そうだ‥独りではない。

独りと思いがちになる心の影‥その影は、自身が作ってしまう影。

目を上げればそこにいつも燦燦と日は輝いている。

誰かが私を見詰めていてくれる‥誰かが私を想っていてくれる。

私も誰かを見詰めている‥誰かを想っている。

独りではない‥独りと思い込んでしまうだけ。

目を伏せ、耳をふさぎ、口を閉じて、心を切り離し‥孤独になる。

目を上げて歩こう‥前をまっすぐに見て‥大切な仲間と手を繋いで‥。

満優「源左衛門、何か飲みましょうか‥キャロットジュースでいいですか?
私はミルクでも飲もうかしら」

源左衛門「はい‥お願いいたします」

グラスに注がれるジュースとミルク。

チンッ‥グラスを小さく合わせる満優と源左衛門。

2人は笑顔で飲んでいた。
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