付喪堂綴り・1

□第1章・2
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それから‥


青い鳥は、バチッと火が起こる音‥たき火の音で目を覚ました。

青い鳥「ん、ん‥ここは‥」

辺りを見回すと、たき火の前に座るウサギの背中が見える。

青い鳥「アンタは‥」

ウサギ「目が覚めたか、ぼうず」

青い鳥「ぼうず? てやんでぇ、オイラにだって名前くらい あるんでぇ!」

飛び起きかけるが

青い鳥「アイテテテテテ‥」

全身が痛む。

ウサギ「ハハハ、ムリはするな。

そうだ、倒れた子分たちも用心棒も
先程ようやく目をさまして、尻尾を丸めて逃げて行ったぞ」

青い鳥「そうだ‥おめえさんが助けてくれて‥

すまねえ!

なんて礼を言っていいやら‥ありがとうさんにござんすっ」

ウサギ「ぼうずのわりには よくやったほうだ‥ほめてやる」

青い鳥「へ、へぇ‥あの犬っコロを倒しちまうなんざぁ
おめぇさん、ただもんじゃあ ありやせんね」

ウサギ「何の信念もない力‥ただの暴力に負けないようにしているだけだ。

それより ぼうず、名前があるといったが‥何という名だ?」

青い鳥「オイラの名前かい‥それなら!」

青い鳥は、痛みをグッとガマンして起き上がる。

青い鳥「おひかえ なすって!」

両足を開き、腰を深く落とす姿勢。

ウサギ「なんだ‥仁義を切るのか‥よせよせ、堅苦しいのは無しだ」

青い鳥「それじゃあオイラの気がすまねぇんで」

ウサギ「フッ‥仕方ない、なら勝手にしろ」

青い鳥「へへへ、さっそくの おひかえ、ありがとうさんに ござんす。

軒下3寸借り受けましての仁義、失礼さんにござんす。

これよりあげます言葉のあとさき、間違えましたらごめんなすって。

手前、生国発しまするところ 関東にござんす。

関東、関東と申しましてもいささか広うござんす。

関東は上州佐位郡、国定村(現・町) にて作られました若輩者にござんす。

手前 姓名の儀、発しまするところ高ぉござんすが ごめんなすって。

姓は無し、名は ずず、通称 早起きののずずと発します若輩者にござんす。

お見掛け通り、いずれ いずかたのおアニぃさん、おアネェさん、
親分方には ごやっかいがち。

以後 面体お見知りおきのうえ、嚮後万端(きょうこうばんたん)お引き回しのほど
よろしゅう おたの‥申します」

ウサギ「そうか‥お前の名前は ずずというのか。

俺は名を持たぬ‥ただのウサギのぬいぐるみだ」

ずず「いいや、おめえさんは ただのウサギのぬいぐるみじゃあねぇ。

さぞかし、名の通ったお方とお見受けしやした‥そうだ!

なら、ウサギの兄ィと呼ばせてやっておくなせぇ♪」

ウサギ「どう呼ぼうが かまわんさ。

お前の好きなようにすればいい」

ずず「ありがとうにござんす!」

にっこり笑うずずの顔‥妙に可愛く、あどけなさが残っている。

ウサギ「お前、人間の家にいたことがあるようだが‥どうして旅になんか出た?」

にこやかだった ずずの表情が、一気に暗い物へと変わる。

ウサギ「何か深いワケがありそうだな‥ここで知り合ったのも何かの縁だ。

俺でよければ聞かせてもらうぞ」

ずず「へぇ‥兄ィ、なら聞いてくださいやすか?」

ウサギ「あぁ‥聞かせてもらおう」

青い鳥「ありがとうございやす‥お耳汚しになるかとは思いますが
ひととおりのワケ、聞いてやっておくんなせぇ。

実は‥兄ィのおっしゃるとおり
オイラは2年前までは人間と暮らしていたんでさぁ」

ウサギ「やはりな‥」

ずず「ところが、オイラたちを可愛がってくれた おっかさん、
おとっつぁん‥いいえ、連れ添う男に 何が気に食わねぇんだか
いきなり家を出て行けと、追い出されちまったんでさぁ‥」

ウサギ「いきなり家を追い出された‥だと?」

ずず「へぇ‥それからというもの、オイラたちぬいぐるみは 狭い箱に押し詰められて
物置小屋に入れられっぱなしに なっちまったんです。

ひと月、ふた月は それでも無事にすぎていきやした‥

ですが物置小屋とも呼ぶにゃあ おこがましいボロ小屋だったもんで
雨漏り、すきま風は当たり前

雪が降る日は、雪までが小屋の中に入ってきやす」

ウサギ「雪まで‥さぞ寒かったろう。

それに湿気も大敵だ」

『へぇ』と、沈痛な返事をし
ずずはグシュっと鼻をこする。

大勢いた仲間たちは ひとり、また ひとりと
カビていってしまいやした。

あっしたち ぬいぐるにとっちゃあ
流行病のように恐ろしいものがカビでござんす‥みぃんなカビてしまいやした。

とうとう、俺と おんなじ日に おっかさんの家にやってきた仲間とオイラの
ふたりだけになっちまったんでさぁ‥。

オイラはそのとき、決心したんです。

こうなったら いつまでも ここにいるわけにゃあ いかねぇ‥

いつかは、おっかさんが帰ってきてくれると信じて待っていたが
あのクソオヤジがいるかぎり、オイラたちの おっかさんは戻ってきやしねえと
やっととこさ気がついて‥

戻ってこれねぇんなら、こっちから会いに行こうと思ったんですよ」

ウサギ「母を捜すために家を出る‥で、行くあてに見当はついていたのか?」

ずずは、力なく頭を横に振った。

ずず「おっかさんが どこへ行っちまったのかなんて
オイラにはまったく見当なんざ つきませんでした‥

それでも、ボロ小屋の中で
ただカビて死んじまうよりは、おっかさんを捜して旅に出たほうがいいと思ったんでさぁ。

残った仲間は、最後まで反対しやした‥おっかさんは必ず帰ってくる、だから
一緒にここで待っていようって。

そんなこと、クソオヤジがいる限り
叶わねぇ願いなんだと‥すがる仲間の手を振り払い
結局、喧嘩別れのように なっちまって‥

月も雲間に隠れる頃、オイラはひとり小屋を飛び出しやした。

行く途中、クソオヤジがよく飲みに行ってた いけ好かねぇ焼き鳥屋のオヤジの店から
この鉄串1本かっぱらい、腰に落として旅から旅へ。

そうして今日、兄ィとご縁が あったわけでさぁ」

ウサギ「そうか‥可愛がってくれた母を捜しての旅だったか。
それで、手がかりでも掴めたのか?」

ずず「いいえ‥ソイツが、てんで からっきし。

海ン中で落とした飴玉探すようなもんだと、笑われたことも ありやすが
オイラはあきらめたくねぇんでさ。

必ず、おっかさんを捜しだす‥もう1度、おっかさんと呼びてぇ。

おっかさんか、倅やと、ギュッと抱きしめてもらいてぇ‥親子の名乗りが しとぅござんす」

ウサギ「親子の名乗り‥か。

たとえ血が繋がらずとも、心と心が結ばれていれば親子兄弟‥肉親も同じこと。

そう思える人がいるというのは、幸せなことだ」

ずず「兄ィ‥兄ィは なぜ、旅を?」

ウサギ「俺か? 俺は‥そうだな‥俺はなぜ、この世に生まれてきたのか‥

生きる意味はなにか‥そんなものを探してだろうか」

ずず「へぇ‥なんか‥ムズカシイっすね」

ウサギ「ハハハハ、お前には、まだ わからないさ。

そうだ、ずず」

ずず「へい!」

ウサギ「お前の居合いは、どこで習ったものだ?」

ずず「おっかさんが、テレビの好きな人でしてね。

とくに時代劇ってのが大好きで」

ずずの性格は、このあたりに由来するものだろうか‥

ずず「それで、時代劇の中にゃあ仕込み杖の凄腕がいるもんでしてね。

ソイツがまた、めっぽう強ぇんでさぁ。

オイラも憧れちまってですね‥以来、こっそり練習して
身に着けた技なんでさぁ♪」

ウサギ「テレビの観様見真似‥あとは、我流か。

どうりで、粗削りだと思った‥だが、スジは悪くない。

磨けばきっと本物になる才能を持っているようだ。

おい、ワケを聞かせてくれた礼に
あしたから3日間ばかり稽古をつけてやろう。

お前のことだ、ケンカをするなと言っても聞かぬだろう‥

ならば、身を守る最低限の力はつけておかないとな」

ずず「兄ィ、ホントですかい!!」

ウサギ「あぁ。

ざっと見たところ、まずお前の短所はその気質だな。

喧嘩っ早く、短気‥怒りに我を失うと見たが」

ずずには、思い当たるフシがあるようで

ずず「へへ‥へへへへ‥めんぼくねぇ」

ウサギ「まずは極力、感情をコントロールすることだ。

とくに怒りは、溜めて溜めて‥一気に爆発させることで
膨大なエネルギーを発する力となる。

とくに戦いにおいてはな。

3日間で、どれだけ教えれるかはわからないが
少しでも強くなれるように考えてみよう。

だが、俺と別れた後も鍛練だけは怠るなよ」

ずず「鍛練‥ですかい?」

ウサギ「そうだ。

この世界のほとんどが、今は金で叩き買われてしまう‥だが、

長年積み重ねた努力の成果だけは、どんなに金を積んだところで買うことはできない。

強くなりたいのなら、鍛練は怠らないことだ‥いいな」

ずず「わかりやした! 肝によおっく、命じておきやす。

兄ィ、よろしくおねげぇ しやす!!」

ウサギ「なら、明日の朝は早いぞ‥魚を取ってきたから お前も食べろ。

そして今夜はゆっくり休め、ずず」

ずず「へい! ありがとうござんす、兄ィ♪」

ずずは こんがり焼けた串焼きの魚に、がぶりと食いついた‥。
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