付喪堂綴り・1

□第3章・1
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ピーノがご機嫌で通る道の反対側、ひとりの男性が歩いていた。

50代後半‥であろう佇まい。

頭に、だいぶ白髪が目立っている。

手に大きな花束を抱え、歩くその姿には力がなく

黄色いカーネーションの花束‥その色鮮やかさとは対照的に
暗く、沈痛な面持ちだった。


男性が、自宅前までやってきた。

小さいながらも一戸建て。

表札には『磯貝』と書いてある。

男性は『磯貝 恒彦』といって、今年57歳になる。

玄関を過ぎて、鍵を開けようとすると‥すでに開いている。

何も言わずに黙ったまま、家の中へと入る恒彦。

キッチンのほうから、まな板と包丁のデュエットが
心地よく聞こえてきた。

恒彦「香織」

声をかけると、先程ピーノと話していた女性が
キッチンに立っていた。

香織「あ、おかえり。

おとうさん」

にこやかに、そう言った。

恒彦「‥‥ただいま」

そう返事をすると、男性は椅子に腰かける。

香織「わぁ‥綺麗」

父の手にしていた花束を見て、顔がほころぶ。

恒彦「綺麗だろ。

これ、お前にだよ」

花束を渡す。

香織「ありがとう」

とても嬉しそうに、香織は花に顔を近づけた。

香織「いい匂い‥あ、そうだ。

おとうさん、もうすぐ ご飯、出来るからね」

花束を大切そうにテーブルへ置き、香織は湧いている鍋の前へと戻る。

香織「今夜はねぇ、お父さんの好きな里芋の煮っ転がしにしたんだよ」

恒彦「へぇ‥そいつは嬉しいな」

恒彦の顔に、ようやく笑顔が戻る。

恒彦「香織‥すまんな」

香織「なーに言ってるのよ。

さぁ、出来たぁ‥煮っ転がし。

お父さん、食べようか」

恒彦「お前の作る煮っ転がし、お父さん大好きだ」

香織は、鉢に盛り付けると
冷蔵庫からビールを取り出し、グラスを父に手渡す。

香織「ビールでいい?‥ビールに日本酒、焼酎ウイスキー、ブランデーにウォッカ‥

おとうさん、毎日飲みすぎだよ」

恒彦「ははは、ゴメン ゴメン」

頭を掻きながら、恥ずかしそうに娘へ謝る父の姿。

親子の食卓は、ささやかながら
とても温かく感じられた‥しかし、どこか歪で冷たさも感じる。

それはなぜなんだろう‥飲みすぎとたしなめる娘の笑顔とは裏腹に
明らかに限度を超えたアルコールの量のせいか?

そんな光景を、窓の外から見つめる視線‥

その視線は、まるで雨のような雫を伴っていた。


その日の夜


付喪堂・食堂

伝助、ルナ、源左衛門、メアリー、ピーノ

ごん&ねん、珍平、餡子、君兵衛、缶吉。

この面々が揃っての晩ご飯。

今夜のメニューは『鶏のピカタ』をメインに『じゃこと大根おろし』『レタスとトマト』

それに『肉団子のお味噌汁(合わせ味噌)』。

両手を合わせて

伝助「ほな、いただきますっ」

その言葉を合図に、全員揃って『いただきます』

楽しい食事が始まった。

ピーノ「総右衛門しゃんと淑しゃんは、今頃お仕事でしゅね」

天晴夢子こと桜花のスケジュールで
昼から新幹線に乗って岡山へ。

明日、あさってと街で開催される『あじさいフェスティバル』の中の
カラオケ大会にゲスト出演するためだそうだ。

メアリー「でもさ、淑から聞いたところによると あのピンクの娘さん
今度の仕事は病欠した歌手の代理で、後のスケジュールは真っ白‥だってさ」

伝助「ほんまけ!? 売れへん演歌歌手やとは聞いとったけど
いよいよアカンところまで追い詰められたか」

源左衛門「なかなか味のある歌声なのだがな」

メアリー「まぁね」

ルナ「聞かれたんですか、桜花さんの歌」

メアリー「ああ

淑からCDを買わされたからね。

売り上げに協力してくれって頼まれてさ、買ったんだよ」

伝助「で、どないやったん? ピンクのおねーさんの歌」

メアリー「んー‥ふざけた歌詞だったけど、なかなかどうして
声に魂がこもってるから、じっくり聞くと胸ん中に残っちまうね」

ルナ「いい歌い手さんなんですね」

メアリー「そうだね。

おしむらくは楽曲に恵まれてないってところか。

以前の曲がどうかは知らないが、今の歌は辛気臭くってしょーがないよ。

なんて言うのかねぇ‥暗い時代に、これまた暗い歌を歌ってたって しょうがないんだ。

明るくなれる、そんな元気が出てくる歌を
アイツが歌えばきっと、夢を叶えられるってぇ あたしゃ、思うんだけどね」

源左衛門「詞も曲も、自分で作ると言っていたな。

いつまでたっても売れない焦りが、つむぐ言葉や旋律に影を差しているのかも知れん。

それに、事務所の方針もあるんだろう‥

作りたい、歌いたいと強く思うものを否定され。
売れる路線の曲ばかりを求められる。

せっかくの才能も日の目を見れないままだろうな」

メアリー「そうなのさ。

今じゃ、どいもこいつも陰気な歌か、好いたの惚れたのってぇ 甘っちょろい歌ばっかり。

そのくせ人生経験もロクにないようなヤツらが歌うもんだから
ますます歌に魂が入らずに、薄っぺらい歌ばっかりが世の中にあふれちまってるのさね。

あーヤダヤダ」

ねん「うもうもうも、うもーん」

珍平「たしかに、ねんの言うように

昭和歌謡は素晴らしい時代でありもした。

活気にあふれとった時代のように感じるですばい」

缶吉「いろんなジャンルがあるけど、ワシしゃあフォークがいちばん好きじゃのぅ」

餡子「オラはなんていってもアイドルだっぺ。

フリフリなドレスさ着て、いっぺんステージで歌ってみてぇなぁ」

君兵衛「おぅ、そいつはええなぁ。

餡子なら、きっと似合うちや」

餡子「んだかぁ? んだなこと言われると、テレちまうなぁ」

ごん「ぶーぶー♪」

一応『ひゅーひゅー』と言ってるよう。

伝助「ほんまもんの歌手も、まだ ぎょーさん おりはるけどな‥

いてはる人数が少のぉなってんのは、ホンマやもんな」

伝助たちは、そんな歌謡界談義に花を咲かせているのに
ピーノは上の空。

ルナ「ピーノ、ご飯中ですよ。

ほらぁ、ポロポロこぼしちゃって」

落ちているご飯粒をルナは拾う。

ピーノ「あ、ゴメンなしゃい」

慌てて、ご飯を食べる。

伝助「ピーノ、なんかあったんか? ずいぶん笑顔がヤラシイで」

メアリー「バカ、子供の笑顔にヤラシイも何もありゃあしないよ」

伝助「せやかて、ほら」

みると、確かに鼻の下が伸びた笑顔。

メアリー「あらまっ」

源左衛門「ふふ‥」

餡子「どーしただぁ、ピーノ。

なんか ええことあっただか?」

ピーノ「でゅふふふ♪」

ルナ「なぁに? ピーノ。

教えて」

伝助「そうやそうや、ええことあったって顔に出てんのやさかい
にーちゃんたちに話してみてみてみっ」

ピーノ「でゅふふふふ、わかりましたでしゅ♪

実はでしゅね‥でゅふふふふ」

メアリー「なんだい、まどろっこしいねぇ。

さっさと お言いよっ」

ピーノ「はーい♪ピーノ、しゅてきな(素敵な)出逢いをしたんでしゅよ」

メアリー「おや‥まぁ」

目をパチクリさせる。

ピーノ「お父しゃんのことで、何か困ってる人だったんでしゅ。

なので‥ピーノが付喪堂として

その おねーしゃんの ご相談に乗ることに決めたんでしゅ」

メアリー「アンタ1人で相談に乗って、解決しようってのかい!?

よしな、まだアンタにゃ早いよ」

源左衛門「ピーノ、ムリをしなくてもいいんだぞ。

背伸びすることなく、誰かの助けに支えられながら

1歩ずつ確かに前へと進めばいい」

餡子「んだよぉ。

ムリすたらいげねぇだ‥焦っちゃ、かえって てぇへんなことになったりするだよ」

君兵衛「ちゃっちゃっちゃっ、そいつは ちっくとばかり間違っちょると思うのぅ」

餡子「なしてだ?」

ムッとした様子。

君兵衛「ピーノは、困ってる人のために
一肌脱ごうって決心したがじゃ。

一肌脱ぐっちゅう男を止めたら、ピーノの男っちゅーもんが立たんがぜよ」

餡子「男がぁ? なーに くっだらねぇこと言ってるだぁ。

男が立つも立たんも、ピーノはまだワラシでねぇか。

ねぇ、ルナさん」

ルナ「そうですよねぇ‥心配には違いないですよ、まだ子供のピーノだから」

君兵衛「ありゃりゃりゃ。

ルナさんまで そがいな考えじゃあ困りますのぅ。

ええですか、男っちゅーもんは
キメるときはビシッとキメにゃあ、一生モンの悔いになるがじゃき」

珍平「うん‥オイも君兵衛の意見に賛成たい。

ピーノはまだ子供じゃあゆーても、男じゃ。

男子たるもの、自分がやると決めたことは
なにがなんでもやり通すと覚悟がなかなら
男とは言えもはんど」

缶吉「ワシも珍平さんに賛成じゃ」

ぶひ「ぶひは、メアリーさんの言うとおりと思うぶひ」

ねん「んもんも、んもーん」

メアリー「あぁもうっ、おかわりなら自分でついできなっ」

ねん「んももももも」

ねん、大爆笑で丼ご飯とみそ汁のおかわりにいく。

メアリー「ったく、珍平も君兵衛も缶吉も
さっきから聞いてりゃあ 男 男って汗臭いッたら ありゃあしない。

人の相談ごとに乗るってぇことはね、生半可な気持ちで言っていいことじゃないんだ。

吐いた唾なら、飲み込んじゃぁいけない‥その覚悟と責任がないと
誰かの助けなんて、出来っこないじゃないか」

ピーノ「ピーノは一生懸命がんばる でしゅ」

ルナ「でもピーノ、いくら頑張っても
その人のためにならなければ、助けたことにはならないのよ。

どんな話をその人がするのか、まだわからないけど
簡単に解決できるようなことじゃないと思う。

ねぇ、ピーノ1人じゃなくて
私とメアリーさんでお手伝いするわ‥それでいいでしょ」

ピーノ「えー。

ピーノだけで解決するんでしゅっ」

メアリー「いい加減におしっ、聞き訳が悪いんだから。

ちょっとくらい魔法が使えるようになったからって
いい気になってんじゃないよっ」

ピーノ「ピーノ1人で解決するんでしゅ!」

イスから降りて、床をドンドン‥真っ赤な靴を踏み鳴らして
ピーノは言い張った。

ルナ「困りましたねぇ‥会長に相談しようにも、今頃仕事で忙しいだろうし」

教育熱心な淑の意見を聞きたいところだが、今はそうもいかない。
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