付喪堂綴り・1

□第3章・3
2ページ/2ページ

ピーノ「香織しゃん‥影は消えましたよ」

呟くピーノは、物悲しい表情。

『ピーノくん、お父さん』

振り返るピーノと恒彦の視線の先に、香織が立っていた。

ピーノ「香織しゃん‥」

恒彦「香織‥香織!」

香織「やっと、お父さんに本当の声が届いた」

ガルーダは姿を消し、
さえぎっていた炎が去ると
ふたたび雨が落ち始める。

しかし、雨粒は香織の身体をすり抜けて、道路へと零れていく。

まるで、香織の涙のように。

ピーノ「香織しゃん‥もう心配ないでしゅよ」

香織「ありがとう‥本当に、ありがとう」
ピーノの手を取り、抱きしめる‥そして、頬に親愛を込めたキス。

ピーノ「ひゃ!」

突然のことに、ビックリな顔。

香織「もうひとつだけ、お願いがあるの」

ピーノ「なんでしゅか?」

香織「紅さんにもらった杏ケーキ。

紅さんのお父さんに、父の日のプレゼントだって
ちゃんと渡しておくからねって‥伝えてくれる?」

ピーノ「はい‥もちろんでしゅっ」

香織「ありがとう、ピーノくん‥ピーノくん‥サヨナラね」

ピーノ「香織しゃん‥バイバイでしゅ」

香織はもう1度、ギュッとピーノを抱きしめて‥

振り返り、恒彦を見る。

恒彦「香織‥」

少しずつ香織のもとへと歩み寄る。

香織「お父さん、私は幸せでした。

本当よ。

ホントに、幸せだった‥ぜんぜん、家に縛られてたなんて思わなかった。

お父さんのご飯の用意もお洗濯も、お掃除も
私、楽しかった。

そりゃ、いつか私の大切な人のために
ご飯を作ってあげたかった思いもあるけど‥これが、私の成すべきだったことだから
私はじゅうぶん‥うん、満足してるの。

でもね‥お父さんより先に‥‥とっても親不孝なことよね。

ごめんない」

『ううん‥ううん』と、言葉はなくとも首を振る恒彦。

香織「父の日のプレゼント‥何もしてあげられなかったね‥

お父さん、大好きよ。

私の大好きな、お父さん」

恒彦「香織‥香織!」

香織を抱きしめる。

香織「お父さん‥お父さんの時間は、まだたくさんある‥好きなことをして
好きな人と手をつないで、うんと長生きしてね。

私もお母さんも、天国から見守ってるから」

徐々に身体が薄くなる香織。

恒彦「香織‥ありがとう‥ありがとう‥

お前は、私にはもったいないくらいの娘だったよ」

香織「ほんと? えへへへ‥嬉しいなぁ」

恒彦が買った、黄色いカーネーションの花束を手にしている香織。

香織「お父さん‥ありがとう」

光りの粒となる。

光りは空へと舞い上がり、恒彦の上をクルクルと‥天使の輪のように回った。

すると、もうひとつ眩い輝きが現れて
光りになった香織に寄り添った。

恒彦「香織‥郁子‥」

母子は手を取り、天へと昇って行った。

ピーノ「香織しゃん‥」

雨が降る空を、ピーノは見上げる。

ピーノ「わぁ♪」

ピーノにも見えた‥香織と母・郁子。

それに、別れたぬいぐるみの兄弟たちが
穏やかな笑顔で手を振っているのが。

ピーノ「ボクは、コッチで元気にやってるでしゅ。

みんなも、ソッチで笑っててくだしゃいね」

天使の涙‥雨は、優しく振り続いた。

『恒彦くーん』

恒彦「ん‥あの声は‥昌子ちゃん?」

フラワーショップの店主の昌子が、傘を差して走ってきた。

昌子「恒彦くん!」

恒彦「どうしたの、昌子ちゃん」

昌子「どうしたのって‥どうしたも こうしたも ないわよ。

恒彦くんの様子がおかしかったから、私、心配で‥

だいじょうぶなの!?」

恒彦「あ‥今まで、ごめん。

そして、ありがとう。

俺は‥俺はもう、だいじょうぶだよ。

しっかりしないと、娘に申し訳ないしね」

昌子「よかった‥なんだか、以前の恒彦くんにもどってくれたみたい」

恒彦「心配かけたね‥ごめん」

昌子「ううん、いいの。

いけない、風邪ひいちゃう」

慌て傘を差しかける。

恒彦「そうだ、ピーノくん」

そこには、伝助におんぶされたピーノがいた。

スヤスヤと眠っている。

伝助「恒彦はん‥ピーノの兄の伝助でおます」

メアリー「アタシたちは家族でね」

ルナ「この子、力を使って疲れてしまったみたいで」

源左衛門「娘の想いのぶん、そしてそちらの婦人の想いのぶんも
これから、幸せになってくれ」

伝助「ほな、これで失礼しまっさ♪」

恒彦「あ、あの‥」

伝助「なんぞ困ったことがあったときは、付喪堂にきておくれやす。

力にならせていただきまっ」

ルナ「はい」

恒彦と昌子に名刺を手渡し、伝助たちはピーノを背負って帰っていく。

恒彦「ピーノくん! ありがとう!!」

恒彦は、笑顔で礼を言っていた。


5日後


付喪堂

外はまだ、雨。

メアリー「ったく、泣き虫な天使もいたもんだねぇ。

いい加減、晴れてくれないと
乾燥機にばっかり、入らないといけなくなっちまうじゃないか」

伝助「そう、ヤイヤイヤイヤイ言いないな。

乾燥機のほっこり具合も、ええもんやで」

ピーノ「でもピーノ、乾かすのに入ったら
チョットお目めが、回りましたでしゅ」

伝助「アクティビティー感満載の
お風呂やと思ぉたら、めっちゃ楽しいやないか」

ピーノ「それもそーでしゅねぇ」

源左衛門「それよりピーノ、初任務の報告書がまだ提出されていないと
餡子が怒ってたぞ」

メアリー「あの子も、ピーノのことを心配していたからねぇ」

ピーノ「いけましぇん、提出し忘れてましたっ」

伝助「僕が直接聞くさかい、言うてみてみてみ」

ピーノ「はいでしゅ。

恒彦しゃん、あれから明るくなって
元気になったでしゅ♪

それとでしゅねぇ‥昌子しゃんという、お花屋さんの美人店主しゃんが
ご飯を作りに来てくれてましゅね。

恒彦しゃんの奥しゃんが亡くなられてからというもの
何かと気にかけて、香織しゃんが嫁いだ暁にはと‥

しょんな話も出ていたそうなんでしゅけど
香織しゃんのことで、話はそのままストップ。

やっと、動き出したみたいでしゅ。

それと‥」


5日前‥香織が天に帰ってから、すぐ後のこと


磯貝宅

昌子に支えられて、恒彦は家の中へと入る。

キッチン前の椅子に座り、水をひと口‥

隣の居間に仏壇があり、手を合わせる昌子。

郁子、香織‥母と子、2人の笑顔の写真がフレームに納められて立っていた。

その奥には、妻の郁子の位牌‥その隣に、娘‥香織の位牌もあった。

恒彦も、手を合わせようと居間へ。

昌子「恒彦くん、これ‥」

昌子が手にしていたのは、1輪の黄色いカーネーション。

昌子「これって‥」

確かに今日、恒彦に売った黄色のカーネーション。

だが、生花のような手触りはそのままに
まるでプリザーブドフラワーのようで‥

昌子「綺麗‥こんなの、初めて見たわ」

人の手が加えられていない、不思議なプリザーブドフラワー。

そんなこと、現実に起こりえないことなのだが
今の恒彦には、香織のことや、ピーノたちとの出来事により
すんなりと受け入れられる。

恒彦「永遠の花‥永遠の贈り物だよ、父の日のね。

やっぱり‥俺には すぎた娘だったよ」

昌子「香織さんからの‥はい、恒彦くん‥

あなたの、大切な黄色のカーネーション」

花を渡す手は、しっかりと繋がれる。

手を取り合って、これからの人生‥きっと多くの幸せが待っているだろう。

赤色も黄色も、カーネーションは親が流した涙によって咲いたと伝えられている。

流した涙は、大切な花を育てて
その花は多くの人を癒していくのだろう。

父と娘は、カーネーションのように花咲いていくに違いない‥空と大地で。


付喪堂

ピーノ「以上、報告でしゅたっ」

ファイルを手にしたピーノは、元気に閉じた。

伝助「ほいな。

よーやったな、ピーノ」

ピーノ「でゅふふふふ」

メアリー「ホントだよぉ‥初めてにしちゃ、上出来さ」

ピーノ「でも、ピーノよく覚えてないところがあるんでしゅ。

香織しゃんとさよならしたあと、ピーノ‥どーやって、戻ってきたんでしょーか?

しょれに(それに)、途中で伝助にーしゃんやルナねーしゃん、

源左衛門しゃんにメアリーしゃんの、声も聞こえたような気がするんでしゅけど‥」

伝助「声? 知らんなぁ」

源左衛門「んっ」

メアリー「そりゃあ、アレだね‥アンタ、疲れてたんだろうから
空耳ってヤツなんだろうよ」

ピーノ「そーでしゅかねぇ‥」

伝助「初めての任務で、緊張も疲れもあったやろうから
空耳やパンの耳も聞こえたり食うたりするわっ」

笑う伝助に、つられてピーノも笑う。

ルナ「あ、ピーノ。

はい、マシュマロ作ったから
紅さんのところに届けてきて。

この前のアプリコットケーキのお礼ですって」

ピーノ「はーい♪」

可愛くラッピングされた、マシュマロ入りの箱を受け取り
ピーノはシュタシュタと走る。

メアリー「気を付けて行くんだよ」

ルナ「お願いね」

ピーノ「はーい」

元気よく、付喪堂を出た。

空は雨。

傘を差して、お気に入りのレインコートと長靴履いて
雨粒が歌う空を見つめる。

仲間や香りが手を振っているように見えた。

ピーノ「がんばりましゅよ、ボク。

だって、付喪堂の一員でしゅから‥

付喪堂は、しっかり・きっちり、お願い事を解決するでしゅ。

お困り事

お願い事

ご相談事

いつでも
頼んでくだしゃいね‥付喪堂は‥付喪堂は

迅速丁寧に、ご対応いたしましゅ!」

にこやかに、晴れやかに、雨の街を駆けていく。

遠くで、雷が鳴っていた。

『きゃっ』と、怖がる人たちの横を走り抜け
雨を歌ったオールディーズを鼻歌に、ピーノはおつかいに。

ピーノの心に届くのは‥悲しき雨音ではないだろう。

キラキラと、輝く雨音。

梅雨ももうすぐ明けるだろう。

きっと、またピーノの

『どぅりどぅっどぅん、どぅりどぅりどぅっどん♪

ふっふーん、ふっふふん、ふふふっふーん、ふっふふん♪』

そんな歌声も、聞こえてくるに違いない。





「不可思議萬請負業 付喪堂綴り」第3章
『大切な黄色のカーネーション』完
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ