付喪堂綴り・1

□第4章・1
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都内

住宅街‥住宅が立ち並ぶ静かな道を、メアリーは歩いていた。

メアリー「たしか、このあたりって書いてたけど」

肉球が押しつけられている手紙で、よくそこまでわかるものだと思うが
メアリーたちにはわかるのだろう。

メアリー「あった」

表札は『長谷川』と書いてある。

クリーム色の壁に、深い緑色の屋根。

小さいながらも立派な家で、庭もある。

その庭の隅っこに、この家をそのまま小さくしたような犬小屋があった。

メアリー「あれか」

シュッと跳んで、犬小屋へ。

メアリー「ちょいと‥邪魔するよ」

小屋を除くと、ぐったりしている老犬が1匹。

メアリー「アンタかい、アタシたちに手紙を送ったのは」

返事がない。

メアリー「ちょいと‥なんとか、言いなね」

首ももたげぬまま、沈黙が続く‥

メアリー「やだねぇ‥ちょいと‥まさか、くたばっちまってんじゃないだろうね」

口は悪いが、心配している様子。

すると‥硝子戸をあける音が聞こえ、メアリーは素早く身を隠した。

『えぇ‥そうなのよ。もう長くはないらしいわ‥うん‥寿命なんだって‥

でもね‥巧の面倒を見てくれたし、ホントに可愛くて、家族のようなものだもの‥

せめて、苦しまずに‥ね』

悲しげな主の母の声に『クーン』と、ひと声‥力なく発した。

メアリー「爺さん‥あたしたちに何を頼みたいんだい?」

ようやく、犬は口を開いた。

『あの子が‥強くなるまで、守ってほしい‥』

メアリー「あの子? 爺さんの主かい」

『そう‥ワシの可愛い主‥泣き虫で、甘えん坊で‥』


巧が生まれて、初めての誕生日、犬はこの家にやってきた。

身体はそう大きくなくても、すでに成犬になっている体格。

雑種だが、引き締まった精悍な顔で、とても賢そうに見えた。

母「ねえ、キミ‥キミは、巧を守ってくれる?」

父「おいおい、犬に言っても‥」

『ワン!』

力強いその返事に、巧の両親はこの犬を家に入れる事を決めて‥

名を『ワンダ』とつけられる。

力強く鳴いた、ワン! の一声が、とても印象に残っていたのだろう。

巧の兄のように、やがて父のように
巧の両親が願った言いつけどおり、ワンダは巧を守ってきた。

そして‥命の終わりが近いことを知り、今は巧が強くなってくれるようにと願う。

メアリー「そうかい‥その子が強くなることが、爺さんの本当の望みかい?」

ワンダ「いいや‥強くなってほしいと思うのは本当の気持ちじゃが‥

だが、あの子は優しすぎる‥優しさは強さだと思っているが

優しすぎて‥自分を自分で臆病と決めつける」


回想


小学校‥5年2組の教室。

『田上』という少年が、机に落書きをされて泣いていた。

『シネ』『バカ』『クサイ』書いた方にすれば、イタズラなどと軽い気持ちなのだろう。

でも‥言葉の暴力は、確実に心へ傷を負わせる。

巧は、田上くんが泣いているのを黙って見ているしか出来なかった。

助けたいのに、とめたいのに‥

小さな拳を強く握ったまま、巧は黙るしかなかった。


犬小屋

メアリー「で、その巧って子は田上になにかをしたのかい?」

ワンダ「なにもせんかった‥イジメるなんてもちろん出来ん。

かといって、止めることも声を上げることも出来ん子で‥

なんもせんままま、出来ないまま

田上くんは転校していった。

つい1ヶ月前のことじゃ。

小学校に入ってから出来た友達じゃったが、巧の大切な友達じゃったよ‥

ワシもよく田上くんと遊んだものじゃ」

メアリー「なんだ‥ただ見ていただけかい。

手を汚さなきゃ、悪いことはしていないってぇ‥1番タチが悪いやね」

ワンダ「違う! あの子は決してそんな‥ゴホ、ゴホ、ゴホ‥うぅぅ‥」

苦しげな様子のワンダ。

メアリーは背中をさすって

メアリー「そうコーフンしなさんな、爺さん。

ちょいと口が過ぎたようだ‥堪忍しておくれ」

ワンダは幾分落ち着いたようで

ワンダ「すまん‥ありがとう。

見て見ぬ振りが、1番悪い‥言われてもせんないことかも知れん。

友達をみすみす傷つけて、去っていくのを見送るしかなった子じゃ。

それはもう、優しさとは言えん‥アンタの言うとおり、ズルイこと、卑怯なことじゃ」

メアリー「できりゃあ、いつまでも守ってやりたいんだね」

コクッとワンダは頷いて

ワンダ「しかし‥お迎えは近い。

小さいころからワシに頼って、ワシも守って来たが‥それも、もうすぐ終わってしまう」

メアリー「で、あとに残す巧が気になって‥これじゃ成仏も出来ないってことかい」

ワンダ「命は限りある‥限りある中で、せいいっぱい守り、愛して悔いはないと思っても
死を目の前にしたら、まだまだ守っていきたいと思う‥」

メアリー「気にしなんさんな。

そんなの、誰だって同じさね。

満足のいく人生をいくら送ってみたって、イザ目の前にポッカリと
終わりの穴が口を開いて待っていたら、誰だって躊躇くらいするもんさ」

ワンダは少し気持ちが軽くなったのか、穏やかな顔で目を閉じる。

メアリー「さて‥それにしても困ったね。

いくらあたしたちが守ってやったところで、ソイツじゃなんの解決にもなりゃあしない。

ホントの解決ってのは、巧が優しさを持ったまま‥強くなっていくのがホントの解決さ」

ワンダもそれはわかっているようで、コクっと頷いて見せる。

『もう少しだけ‥生きていられたら‥せめて命があともう少し‥』

涙の代わりに、そんな言葉をひとつ零した。


夕方、巧は家に帰ってきた。

玄関からではなく、勝手口からコッソリ入り
黙って自分の部屋へあがり、木の葉の衣を脱いで着替えて‥ベッドの中に潜る。

ギュッと目をつむると、田上くんがイジメられていた姿が浮かび

やがて自分と重なっていく。

巧「僕が何もしなかったから‥」

田上くんは転校したのだろう‥

なにもしなかったから、今度は自分がイジメられることになったんだろう‥

『ごめん』と田上くんに言えないまま、『やめて』も言えない自分の弱さに
巧は心が引き千切れそうになっていた。

巧「ワンダ‥ワンダ‥」

大切なワンダは、もうずっと元気がなくて
自分の傍から遠い所へいってしまうような、そんな気がして不安になる。

父も母も、ワンダを見て顔を見合わせ、暗い表情を見せている。

巧「どうしよう‥ワンダまで、遠くへ行っちゃったら‥」

自分の大切な友達が次々と失われていく。

巧「僕が弱いから、田上くんはいなくなって‥」

ワンダもそうなんだろう。

自分があまりに弱虫だから、遠くへ行ってしまうに違いない。

別れが辛い‥痛い。

『巧くんは強いでしゅね』

助けてくれたあのぬいぐるみは、そう言ってたけど‥

巧「僕は弱虫だ‥最低の弱虫だ‥」

その日、母の『ご飯よ』の声も聞かないまま
巧は深い夜を過ごした。


翌日


福福・勝手口

『いってきまーしゅ』『いってめぇりやすっ』

霊皇の宿から福福を通り、勝手口から外へ出る。

ルナからもらったMyボトルを肩にかけ、ピーノとずずは
今朝もランニングとパトロール。

2人が出かけた後、メアリーもなにやら風呂敷鼓を持って
勝手口に来た。

ルナ「あら? こんなに早くお出かけですか?」

メアリー「まぁね」

チラッと見ると、手には絆創膏がデタラメに貼ってある。

ルナ「どうしたんです、コレ?」

メアリーの手を取り、絆創膏を見た。

メアリー「な、なんでもないよ」

ルナ「いけませんよ、こんな貼り方じゃ。

ちょっと待って」

ルナはそう言うと器用に絆創膏を剥がして、小さな穴が開いているメアリーの手を
ポケットから取り出したソーイングセットで、綺麗に縫った。

メアリー「上手なもんだねぇ」

ルナ「簡単なものですよ、これくらい。

会長に教えていただいた成果です。

メアリーさんも教わればいいのに」

メアリー「そうだね‥今度、裁縫教室に顔出すよ」

ルナ「ホントですか♪会長、きっと大喜びしますよ」

メアリー「じゃあ行ってくるね」

2、3歩進んで

メアリー「ルナ」

ルナ「なんですか」

メアリー「悪いけど、アタシが出かけてるってことは、適当に誤魔化しといておくれな」

ルナ「わかりました‥いってらっしゃい」

微笑むルナの顔に、自分を信頼してくれているからこそ
何も余計なことは聞かない、ルナの気持ちを感じる。

メアリー「ありがとね」

風呂敷包を持って、メアリーは屋根伝いに跳んで移動していった。


街中

パトロールとトレーニング中の、ピーノとずず。

まずはお肉屋さんで冷凍肉をペチペチ叩き

おばぁちゃんチで大根叩いて、お茶をごちそうになる。

お礼に、今日のおやつのクッキーをおすそ分けして
ランニング再開。

『ええか、SSDの監視がキツぅなっとるし
国はどーしても僕らを捕まえようとしとる。

せやから警察も躍起になって、ぬいぐるみの取り締まりが強化されとるみたいや。

じゅうぶんに、気ぃつけるんやで』

伝助の忠告を肝に銘じて、目立たぬよう、ぬいぐるみとバレないように
今日も土手で大声発声練習。

『A―――HA HA HA HA HA!!』と、めっちゃアメリカンな笑い声で
目立たぬはずはないのだが、和気あいあい。

まぁ早朝ということで、なんとか事なきを得ているのだが。

ピーノ「そう言えば‥巧くん、どーしましたかねぇ」

ずず「ん? あぁ、昨日の子かい。

もうすぐ夏休みも終わりだろ? 昨日は確か‥朝から草を取りに来たっていってたな」

ピーノ「本で調べた薬草だそうでしゅよ。

誰か具合でも悪いんでしゅかね」

ずず「いまどき、具合が悪けりゃ医者に行くだろ」

ピーノ「うーん‥そーでしゅかねぇ」

ずず「ほら、そろそろ行くぞ」

ルナが冷やしてくれてたミルクティーをひと口飲んで

また、ずずは走りだした。

ピーノ「気になりましゅねぇ‥」

気になりながら、ピーノもランニング再開。

また‥あの神社へと向かって行った。
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