付喪堂綴り・1

□第4章・1
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神社

早朝の境内は静か。

静けさの中、茂みに巧がいた。

草を探している様子。

『またいやがった』荒々しい声を発して、近づいてきたのはクラスメートたち3人と1人。

身体の大きい子がリーダ格で、取り巻きが2人。

あとの1人はリーダー格の子の兄のようで、体格からするに中学2年といったところか。

リーダー格と取り巻き2人は、昨日も虫を取りに来ていて

その取り巻きのうち1人が、宿題に使う物なのかペンキを持っていて

どうやらそれを巧みに浴びせてイジメたよう。

石原・弟「よう、何してんだよ、今朝も」

巧は怯えて、黙っている。

石原くんと取り巻きは、今朝も虫捕りに神社へ来て

兄は‥悪い仲間と朝まで遊んで、その帰り道に弟にバッタリ会った様子。

石原「コソコソしてんじゃねえよ!」

巧を突き飛ばして笑う一同。

突き飛ばされて尻餅をついた巧は、ただ黙っているしか出来ない。

石原・兄「知ってるか? コイツんチの飼ってる犬、もうすぐ死んじまうんだってよ」

石原・弟「ホント? にいちゃん」

石原「ホントホント、おやじが言ってたぜ。

なんか電話で相談されたって」

石原くんたちの家は獣医のよう。

石原・弟「オイ、お前んチのあのよぼよぼ犬、死にそうなのか」

楽しげに巧へ言った。

思わず

巧「違う! ワンダは‥」

手にしている草を握りしめた。

石原・弟「なんだ? ソレ」

草を取り上げようとする石原くんに、巧は渡すまいと身を丸めた。

その姿が‥自分に逆らうようなその姿が頭に来て、石原くんは巧を蹴る。

取り巻き連中も石原くんが蹴りだしたら、マネをするように蹴りに加わり
石原くんの兄はニタニタと笑ってみていた。

巧は痛むことなんかかまわずに、身を丸めて草を手放さないようにしていた。

『放すもんか‥これは、これは‥これで‥』

石原・弟「にいちゃん!」

石原・兄「おう」

兄まで加わり、巧を蹴ろうとした。

その時‥

『やめろ!』

大きな声が境内に響き、スズメたちが何事かと慌てて飛び逃げていく。

石原・兄「あん?」

一同が振り返ると‥明らかに、いらなくなった古シーツで縫った
マスクとマント、段ボール紙で作ったヒーローチックなベルトを巻いた

見るからに怪しい‥犬が2本足で立っていた。

石原・弟「い、犬?」

石原・兄「バカ、犬が2本足で立って喋るワケないだろっ」

石原・弟「そ、そうだけど」

動揺しているうちに、怪しい犬は巧を起こして石段の方まで進んでいた。

石原・兄「ま、待てよっ」

とりあえず、逃がしてなるものかと。

石原・弟「やっちゃえ!」

取り巻きに、犬を襲えと指示。

怖いが‥仕方ないと言った様子で、取り巻きは犬に跳びかかった。

『ワオーン!』遠吠え一閃、取り巻き2人をパンチでノックアウト。

石原・弟「な、なな、何者だ!」

『‥‥‥』応えない。

石原・兄「何もんだって言ってんだろ!」

『私は‥‥えっと‥そう、そうそう、ワ、ワンダー‥Z‥じゃったかな?』

石原・兄「コッチが訊いてんだよ!」

思わず突っ込んだ後、怒って殴りかかろうとしたのだが
ちょうどその時、石段を駆け上がってきてビーノとずずが

ピーノ「待つでしゅ!」

ずず「やいやいやい! 弱いもんイジメはやめやがれ!」

犬に続いてぬいぐるみが、血相変えて怒鳴り込んできたものだから
石原兄弟は取り巻きを置き去りにして逃げる。

ピーノ「逃げんじゃありましぇんよ! この卑怯者ぉ!!!」

プンプンと怒り心頭のピーノ。

その間に、ずずは倒れていた巧に声をかけた。

ずず「オイ、ボウズ! しっかりしろいっ」

手羽で巧の顔を往復ペチペチ。

巧「う‥うぅん」

ずず「よかった‥それにしても、ひでぇ怪我してるじゃねえか」

ピーノ「だいじょうぶでしゅか? 巧くん」

駆け寄るピーノ。

気が付いた取り巻きは、慌てて逃げて行った。

ピーノ「ったく、悪いヤツラは危なくなったらすぐに逃げるでしゅ」

巧「アレ‥君たちは‥」

ずず「おう、これで2度目だな」

ピーノ「しちゅこいヤツらでしゅね。

あ! しょうしょう(そうそう)」

ピーノは背負っていたリュックサックから、巧の服を取り出した。

ピーノ「昨日、帰ってから洗濯してもらって、乾燥機にかけてもらったでしゅ。

ちゃーんと、柔軟剤も使ってもらいました♪」

どうりで、いい香りが乾いた洋服から漂ってくる。

巧「ありがとう‥あっ、ところで
僕を助けてくれた怪しい犬をみなかった?」

ずず「犬?」

ピーノ「ワンワンさんでしゅか? 見ましぇんでしたよ」

巧「おかしいなぁ‥ワンダーZって名乗ってたけど‥確かに僕を助けてくれたんだ。

あ‥もしかしたら‥‥」

慌てて助けて巧は立ち上がり、石段を駆け下りていく。

ピーノ「あっ、待ってくだしゃーい」

ずず「しょうがねえ、追っかけるぜ」

ピーノ「はいっ」

2人は巧の後を追って駆けた。


巧の家

巧は息を切らせながら敷地に入り、すぐに庭へ。

犬小屋の中を覗くや否や『ワンダ!?』だが、ワンダは元気なく横たわったまま

チラリと巧に視線をやって『クーン』と、ひと啼き。

またすぐに、目を閉じた。

巧「そうだよね‥ワンダがあんなに元気なワケ‥ないもんね‥」

てっきり、自分を助けてくれた怪しい犬は、ワンダが駆け付けてくれたものと思った
巧だった。

『そうだ!』立ったかと思ったら、巧はすぐにキッチンへ。

手にしていた草を、蛇口をひねって水を出して念入りに洗う。

そして今度はまな板を置いて、危なげな手つきで草を細かく刻んでいった。

ピーノ「その草、どーするんでしゅ?」

巧「わっ!」

気が付いたら後ろに立っているピーノ。

ずず「なんでぇなんでぇ、人をオバケみてえに」

原則、人ではないが。

巧「ご、ごめんなさい」

ピーノ「いいでしゅよぉ。

それより、その草をどうするんでしゅか?」

巧「ワンダに飲ませるんだ」

ずず「ワンダ?」

巧「僕の大切な友達だよ。

でも‥このところ、ずっと元気がないんだ」

石原兄弟が笑いながら言ったあの言葉‥

『お前んチの犬、もうすぐ死ぬんだぜ』

あの言葉が耳から離れない。

死んでしまったらどうしよう‥ワンダは大切な友達なのに。

ピーノ「巧くん‥」

言いかける言葉を、ずずは止める。

命は等しく限りある。

限りあるからこそ、命は力いっぱい愛し、生きていく。

だが、それをこの状況で言ったところで
巧を傷つけるだけだと、ずずはわかるようになっていた。

ピーノも察しが良くて、頭がいい子だから
ずずの言わんとしていることがすぐにわかり、言葉を飲みこんだ。

自分の兄弟たちを亡くした2人だからこそ、命に対する想いはひとしおで。

限りある命をなんとか留めさせようと、努力している巧の姿が
ピーノには自分と重なって見えていた。


そんな様子を窓から見ているメアリー。

メアリー「やれやれ‥とんだところで、アイツたちに会っちまったね」

そそくさと片づけているのは『ワンダーZ』のマスクとマントと、ベルト。

メアリー「ったく、自分の裁縫のヘタさ加減に頭が来るよ。

爺さん、悪いねぇ‥こんなもんしか出来なくって」

パチッと目を開けて、ワンダはメアリーを見る。

ワンダ「いやいや、とてもありがたいと礼を言うよ。

おかげで、巧を助けることが出来た」

メアリー「それにしても‥爺さんの頼みって、力の使い方を教えてくれってぇのと
正体を隠せる何かが欲しいってことだったとはねぇ‥アタシゃ思わなかったよ」

ワンダ「ふむ‥ワシにも驚きで」

ワンダの力は、メアリーがそれとなく調べてたところ
やはりピオレータやレギオンの誕生によって、人間世界の魂力と生心力が
大きく揺らいだ影響によるものだと判明した。

ただ、2足で立つ事・喋る事・一時的に若返る事、これくらいしか力はないとも判明した。

メアリー「あの屑付喪の力と、ピオレータってヤツの力が爺さんに影響して
衰えた身体を一時的に回復させるばかりか、

若返らせた‥喋るようになったオマケも含めて。

でも爺さん」

ワンダ「ああ‥覚悟はしておるよ」

強すぎる力を、衰えた身体では耐え切れない。

まして、命が尽きかけているワンダにとって
それは寿命をいっきに縮める何ものでもなかった。

ワンダ「いいのさ‥じっとしていても、もってあと3ヶ月。

それなら、巧のために何かを成して
明日、あさってにも命尽きても本望じゃ。

自分の引き際は、自分で決める」

メアリー「それを巧が望まなかったとしてもかい?」

ワンダ「メアリーさん‥あの子が望む望まぬ関係なく、命はやがて尽きる。

でもな‥ワシは嬉しいんじゃよ。

この命が燃え尽きる最後の最後までに、巧に伝えたいことがある。

この力はワシにその機会を与えてくれた。

行くあてのないワシを拾って、この家に住まわせてくれて家族にしてくれた
巧の両親。

ワシは、あの子に伝えたい‥ともに暮らして感じた この気持ちを。

それを人はなんというのだろうか‥

ワシが出会い、ともに生きて

あの子のことを我が子か弟のように思う気持ちは‥」

メアリー「爺さん‥ソイツはぁね‥愛情っていうのさ‥

心でいちばん強い力‥想いさ」

ワンダ「そうか‥愛情か」

嬉しそうに、ワンダは笑った。

メアリー「爺さん、想い残しのないように
ありったけの愛情を巧みに伝えてきな。

アンタの願い、アタシがしっかり叶えてやるよ」

ワンダ「すまん‥ありがとう」

メアリー「礼はいらないさ‥それが、付喪堂の務めだからね。

遠慮はいらないよ!」


願いを叶えると約束した数時間後‥


ワンダに薬草を煎じて飲ませた巧は、僅かながらも元気になった様子のワンダを見て
とても嬉しそうにしていた。

そして、もう1度この薬草を取ってくると神社へ向かう。

ピーノ「手伝うでしゅ」

ずず「オイラもなっ」

ともに行こうとしたのを止めたのはメアリー。

ピーノ「メアリーしゃん?」

ずず「姐さんっ」

メアリー「よぅ‥ちょっとアンタたちに頼みたいことがあるのさね」

メアリーの目は、とても優しさにあふれていた。
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