付喪堂綴り・1

□第6章
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図書館

真夜中の図書館。

小さい町ながら、図書館は立派なものを建てている。

子供たちもきっと、楽しい本や ためになる本が読めて
学べる機会も多い事だろう。

深夜ということでもちろん、誰もいない‥はずだった。

夜間の守衛さんを除いて、誰もいないはずだったのだが‥。

フワフワと浮かんで、書架の間を通る光の球。

大きさは‥20センチぐらいだろうか。

仄かな青色の輝きを発して、フワフワ‥キョロキョロ。

何をしているのだろうか?

飛び回っては書架の本を落とし
まるで読むようになぞっては、また別の本を。

すると、いつの間にか絵本のコーナーへとやってきていた。

ちょうど真ん中の棚に、有名なコアラのキャラクターの絵本が置いてあった。

その絵本の前でジッとしている光。

すると『誰だ!』と大声を出して、夜警のおじさんが駆けてきた。

立ち並ぶ書架の角を曲がって絵本コーナー。

『な、なんだ!?』

驚く夜警さんを、光り輝く青い球が蹴り倒して
次に天井を破って、夜空へと消えてしまった。

『痛い‥痛いよぉ』

情けない声を出して、鼻を抑えて泣く夜警さん。

まるで、ちっちゃなグーで殴られたように、鼻が真っ赤になっていた。


翌日


山中

源左衛門は、今日も墨彦をビシバシと鍛えている。

墨彦もその気合いに応えて、もう特訓を積んでいた。

その隣では、ずずがメアリーに指南されながら居合いの稽古。

メアリー「違う! そんな足の使い方だから、せっかくのスピードが活きないんだよっ。

もっと軸足を踏み込んで、全身のバネを使いな!」

ずず「へ、へい!」

羽根を使うなら慣れているが、バネというものがイマイチわからない。

メアリー「ったく、しょうがないねぇ‥まぁいいさ。

とにかく反復練習さね。

頭で覚えられないんなら、身体に覚えさせな!」

ずず「へい!」

ずずもまた、気合を見せる。

墨彦は源左衛門との組手で、なにかコツを掴んだよう。

源左衛門の技である『ウサギの牙』の要領を伝授してもらい
自身の技に活かそうとしている様子。

そんな墨彦の行動を見て、源左衛門もまた新しい技のヒントを得ていた。

そうやって、互いに刺激し合い‥レベルの底上げをしている。


病院

今日もすっかり日が落ちた。

秋は日暮れも早くて、どこか寂しい。

寂しいが、静かな時が流れるのも秋である。

日が暮れた病院の屋上に、車いすの女の子はまた来ていた。

デジタルオーディオプレーヤーをパジャマの胸ポケットに‥

イヤホンを両耳にして、星が瞬き始めた空を見ていた。

流れる曲はアヴェマリア。

幼い頃から好きな曲。

とくに‥死期を悟った今は、この曲を聴いては
近く訪れる最期を想う。

『神様は‥』

ポツリと漏らした言葉の続きはなんだろう。

残酷だ

酷いことをする

いるワケない

そう言っても、誰も咎められはしない。

でも‥

『素敵‥』

彼女はそう言った。

終わりが見えている今、瞳に映る物すべてが美しく思う。

星、草、木、花、空、雲‥暮らしを送る人々も、息づく虫も

遠くから聞こえる犬の鳴き声も屋根の上で眠る猫も

頬を撫でる秋風も‥些細なことでケンカしてしまう恋人たちの姿さえも

見るもの感じるものすべてが美しく‥愛おしい。

『もうすぐバイバイだね‥でも‥

こんなに美しい風景を生み出した神様って‥ホントに素敵』

流れるアヴェマリアの影から『ふっふふーん』と、鼻歌のようなものが覗く。

女の子『ん?』何か聞こえたと思ったのだが、よくよく考えれば自分以外
屋上にはいないし、音楽を大きめの音量で聴いているのに
鼻歌が聞こえるはずもない。

『ふっふふーん』

また、聴こえた‥少女の声だ。

『え?』少し驚いた様子で、辺りを伺う。

『ふっふふーん』

次はハッキリ聴こえたが‥頭の中に直接響く鼻歌。

驚きのあまり、思わずバランスを崩して
車いすから落ちかけた。

女の子の身体を支える不思議な力。

目には見えないのに、手を握られている感覚はある。

『あ、ありがと‥』

イヤホンを外して、キョロキョロしながら

まだ姿を見せない何かに礼を言う。

『それ、なに?』

『どれ?』

『それ』

『どれ?』

『それ』

『だから、どれ!?』

『それ‥ふっふふーん』

『ふっふふーんって‥ああ、私が聴いてるコレ?』

『うん』

『これはね、アヴェマリアって曲よ』

『ミトコンドリア?』

『アヴェマリアよ!』

『ふっふふーん』

すると、不思議な声は姿を現した。

女の子は姿を見てまたビックリ。

青色の身体をしたコアラのぬいぐるみが、宙に浮いて女の子を支えていたからだ。

『キ、キミって‥』

どこかで、この子の姿を見たことがある‥あれは‥んーと‥

『テレビだ!』

有名な絵本のキャラクターで、人形アニメも製作されていた。

青いコアラ「あなたは?」

コアラは訊ねる。

『あ! ゴメン、私の名前は‥』

彼女は『川名 七星 (かわな ななせ)』と言う名の、14歳の女の子。

七星「キミの名前は?」

青いコアラ「名前?」

七星「そう、名前」

青いコアラ「???」

七星「え? もしかして‥名前知らないの?」

青いコアラは黙ったままで、フワフワ浮いている。

七星「それとも‥もしかして名前がない?」

コアラはコクンと頷く。

七星「えっ!? 名前がない‥そっかぁ‥ないのかぁ」

青いコアラ「それ、必要?」

七星「名前のこと? そりゃ、必要だと思うよ」

青いコアラ「ふーん」

七星「そうだ! なら私がキミに名前をつけちゃおう♪」

青いコアラ「ふっふふーん」

七星「そうだな‥キミってフランス生まれだよね」

ニヤリと笑うコアラのぬいぐるみ。

七星「ち、違うの? いやいや、キミは確かにフランスの絵本のキャラクターなんだけど‥」

青いコアラ「この身体のこと?」

七星「そ、そっかぁ‥違うんだ、中身と外‥」

いろんな想像が、頭の中を所狭しとスキップしている。

タコだったり、グロテスクなモンスターだったり、なにかしら輝くものだったり。

青いコアラ「正解」

七星「えっ!?」

『どれなんだろう‥ま、このさい気にしないでいいかな』

青いコアラ「それも正解」

七星「ハハハ‥ハハハハ」

笑うしかない。

だけど‥久しぶりに七星は笑った。

七星「えっと‥そうだなぁ」

青いコアラ「えっと?‥ふっふふーん」

七歩「ん? なーに?‥そっか『えっと』のこと?」

フワフワ浮いているコアラ。

『えっと』という語感が気に入ってる様子。

七星「そうだね‥そうそう、エトワールを縮めて『エト』ってどう?

フランス語で『星』を意味する言葉なんだよ。

キミのその姿はもともとフランス生まれだし

ま、いろんな意味も含めて『星』にちなんだ名前にしたいじゃない。

だからエトワール‥縮めて、エト。

『えっと』にも似てるでしょ♪」

青いコアラ「ふっふふーん♪」

『エト』と言う名を、とても気にったよう。

七星「エト♪」

エト「ふっふふーん♪」

七星「エト♪」

エト「ふっふふーん♪」

他愛もない会話に聞こえるだろう。

でも‥星の海を渡ってきたエトと、

明日‥星になるかも知れない七星と

地球という小さな存在の星空の下で、小さな小さな町で、
出会った人にとっては、とても大切な友情の始まりだった。
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