付喪堂綴り・1

□短編・クリスマス編・3
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都内

街から少し離れた道。

住宅街といってもいいこの辺りは、街中とは打って変わって静かな空間だ。

そう‥とっても静かなところで

『石やぁぁぁきぃぃ芋ぉぉぉ‥お芋っ‥焼きとぉぉもろこしぃぃ♪おでんもあるよっ』

珠子「そうそう、静かに轟く石焼芋よね‥って、えええっ!?」

こんなところに屋台の‥

珠子「おでん屋だ」

石焼き芋、焼きとうもろこし‥おでんもあるよとは言ってたけど‥

珠子「おでんがメインじゃない」

ずいぶん、不思議なお店だなと‥思いながら素通りしようとも思ったが、
身体も冷え切っていたし、帰ってから食事のしたくも面倒だった。

珠子「ここで食べてこうかな‥」

どうせ明日は早いのだ‥父であろう人の亡骸を身元確認のために
警察署を訪れなくてはならない。

顔もおぼえていない人の身元確認って‥気が重いだけ。

なにか やる気も出ない珠子は、おでんをつまみに酒でも飲もうかと‥屋台の暖簾をくぐる。

『いらっしゃいませ』

珠子「あら‥」

思わず声が出た。

てっきり、おじさんの野太い声で『いらっしゃい』なんて言われると思ったのに

意外にも‥犬っ!?

『まいどっ』とは小さなパンダみたいな子が言っていた。

珠子「気のせいかな‥ま、犬が喋るわけないか」

そのパンダみたいな子の後ろで‥

珠子「ウサギだ‥」

なぜか、ウサギがおでんのタネの仕込みを
していた。

主のパンダっ子は『まぁまぁ、お座りやす』と言った。

珠子は座り

珠子「えっと‥熱かん1本‥あとはね…」
『すんまへん‥お酒は置いてへんのどす‥』

珠子は『えっ!?』と驚く。

パンダっ子はそう言った。

おでん屋に酒がないって‥

珠子「うそ‥珍しいわね」

『そんなことありまへんよ‥北九州は小倉のおでん屋台には、お酒は置いてなかです。

そん代わり、あんこ・きな粉のおはぎとおにぎりが置いとるたいっ。

お酒の代わりに、お茶でよろしゅうおまっか?』

関西弁ベースの、不思議な九州弁を喋る子だった。

珠子「そ、そうなんだ‥残念だな‥今夜は飲みたい気分だったのに」

そう言うと、ちっちゃな子は瞳をきらりんっ☆とさせて

『ほやったらしゃあないでんな‥よろしゅうおま、特別にお出ししまひょ』と

一升瓶を数本‥デーンっ♪

珠子「あるんじゃんっ!!」

と、思わずツッコミを入れてしまう。

横で犬がクスクスと笑っていた。

ちっちゃなパンダっ子はニヤリと不敵に笑って酒をコップに注いで暖めて‥

テキパキとした動作はしている。

『はい、熱かんでおまっ』

珠子「ありがと‥えっとね…大根、コンニャク、玉子に厚揚げ‥」

『うちは関西風やよって、牛スジはありまっけど、ちくわぶはおまへんよ。

せやけど、ちくわはあります』と

パンダっ子はきらりん☆とした目で言う。

珠子「う、うん‥ホラ、コンビニおでんで牛スジはもうこっちでもポピュラーだし」

『車にポピー、おもちゃのポピー、お風呂上りにマミーやあるまいし』

ポ、ポピュラーに対して言ってるのだろうが‥

車にポピーとか、おもちゃのポピーとか今も通じるのだろうか‥

お風呂上りにマミーって‥コーヒー牛乳とフルーツ牛乳とマミーは
銭湯における3大人気飲み物だけど‥
これも今時、通じるのっ!?

(い、いや、若干書いていて不安もあるが‥)

ちっちゃな子は、どこか勝ち誇ったような笑顔を見せて
大根、コンニャク、玉子、厚揚げを皿に取り出した。

珠子「え、えっと‥その‥あ、あと牛スジとじゃが芋をもらおうかな」

さらに牛スジ、じゃが芋‥お皿に盛ると

『からしは前に置いてまっさかい』と。

からしを少しとって、コンニャクにつけて食べる。

珠子「熱、熱っ‥美味ひぃ」

そして、熱かんを一口のみ‥またまたおでんを食べては酒を飲む。

雪は‥少し強く降っていた。

どれくらい時間が過ぎただろう‥2、30分といったところか。

ハイピッチで熱かんを3杯飲み終える頃には、珠子はすっかり酔っていた。

4杯目はもう冷で飲んでいる。

『ほーん‥そうでっか‥ほしたら、おねえさんは青森の人でっかいな。

いやぁ、奇遇やわぁ』

すっかり酔った珠子の相手をしているパンダっ子。

珠子「ボク、そこのパンダみたいなボクくん‥名前はなんてゆーの?」

『んなもん、通りすがりのおでん屋の可愛いイケメンパンダやさかい』

珠子「パンダ? やっぱりキミはパンダなんかい?」

『い、いえ‥パンダによく似てるって言われるのでござりまする‥若は』とは‥

犬っ

もう酔っ払っているので、犬が喋ろうがどうってことない。

珠子「そうなんだぁ♪へんなのぉ」

『へんやないがな。

百獣の王・パンダによぉ似てプリティーでキュートでイケメンなんやっ』

珠子はケラケラと笑い

珠子「そっかぁ♪プリティーでキュートでイケメンのパンダ似の子なんかぁ。

奇遇やわぁって‥ボクたちも青森かい」

ちっちゃな子は『あっ、大阪です』と。

珠子「奇遇でもなんでもないじゃんっ」

手をクイっと下げて、またケラケラ。

『僕は伝助ってゆーんにゃわ。こっちは総右衛門、こっちは源左衛門』

珠子「伝助くんに、ワンちゃんの総右衛門、うさぴょんの源左衛門ね‥わたしは珠子っ。

珠子ってゆーの」

自己紹介しながら冷酒をあおって

珠子「ねえねえ、もう1杯‥冷でいいよぉ」

源左衛門は優しい微笑でコップに酒を注ぐ。

珠子「えっと‥玉子と厚揚げと大根‥つみれももらおっかなぁ」

源左衛門「んっ」

皿に温かなおでんが湯気を出して乗っている。

源左衛門「よく降るな」

珠子「ホントだね…」

犬も喋れば、そりゃウサギも喋るさ方式で驚かない。

珠子「でもね…私のふるさとはもっともっと雪深くてさぁ‥
寒さが痛く感じるとこだった」

冬になれば雪は村を閉じ込め、仕事をしようにも仕事は無い。

畑も凍り、スキもクワもはね返す大地。

男たちは皆、冬が近づくと里へ降り‥東京や名古屋へと出稼ぎに行く。

そして、春になるとまた山の中の村へと帰ってくる。

珠子「なんかね…それをよく例えて言ってたんだけど‥なんだったかなぁ‥
鳥の名前だったんだけど」

伝助「コウノトリ」

総右衛門「違いまするっ」

伝助「ダチョウ」

総右衛門「いやいや、それもっ」

伝助「ヤンバルクイナ」

総右衛門「かなり違いまするぞ、若っ」

伝助「ドードー鳥」

総右衛門「1500年代に生き、1681年にイギリス人に目撃されたのを最後に
絶滅してしまった鳥ではござりませぬっ」

そんな伝助と総右衛門のやり取りの後

源左衛門が

源左衛門「ムクドリ‥か」

珠子「あっ‥そうそう、それそれ」

源左衛門「昔、聞いた覚えがある。

冬になると山を越えて里へ降り、春になるとまた山を越えて戻ってくる
ムクドリの渡りを、出稼ぎに出る男集に見立てて言ったと」

珠子「冬になると村から男の人がいなくなる‥厳しい冬の間、女が必死な思いで
家さ守って、父ちゃんや兄ちゃんが帰ぇって来んのを待ってるんだ。

ただひたすらに耐えて耐えて‥待ち続けての」

鼻が赤くなり、グシュグシュとすする珠子。

伝助「ほんで、おねえさんのおとんもドードー鳥やったんか」

珠子「そんだ‥ドードー鳥だったなや」

総右衛門「これこれ娘御、ドードー鳥は絶滅しておりまするゆえ。
ムクドリでござろう」

珠子「え? あぁ‥そんなのどっちでもいいわよ‥

ムクドリもドードー鳥もマダガスカル島もおんなじよぉ」

ケラケラ笑う。

源左衛門「鳥と島は完全に違うがな」

伝助「字はよぉ似てて、おしいんやけどな」

総右衛門「して、ご両親は‥青森に?」

珠子「ん‥うん…おかあさんはね…3年前に死んじゃったよ」

酒を飲む…

珠子「おとうさんは‥んー‥おとうさんって言えんのかなぁ…

20年前にいなくなっちゃってさぁ‥そしたらクリスマスイブの夜に死んだんだってさ。

交通事故‥顔もハッキリ覚えてないのにさぁ、明日の朝一番に身元確認よ…

死んじゃった人にあって、いったいどーしろっていうのよ‥ねぇ?

ったく、じょーだんらないわよぉぉ」

コップの冷酒をあおり、

珠子「おかわり」

源左衛門「そんなに飲んでだいじょうぶか? 飲みたい夜もあろうが」

珠子「そーよ‥今夜は飲みたい気分なのよ…
だからもう1杯っ」

源左衛門「‥そうか」

酒を注ぐ。

総右衛門「何かおなかにはちゃんと入れておきなされよ」

おでんを数種類お皿に盛って出す。

伝助「サービスだすっ」

珠子「ありがとー♪」

大根を箸で割ると、スッと割れてひと口…
味かしみてて、何度食べても美味しい。

なにより、身体があたたまる‥
凍えかけていた心まで温まれそうだった。
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