付喪堂綴り・1

□第7章・2
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都内

紅はツァイフォンでルナへ通信‥彩恵のことを聞き出そうとしていた。

紅「どこに住んでるのかなぁ?」

『うーん‥家までは聞いてませんねぇ』

紅「そうなんだ‥どのあたりにいるんだろうね」

『商店街の近くとは聞きましたけど‥
でも私、今日 彩恵さんとお会いしますよ』

紅「えっ!? そうなのっ」

『でもどうして、彩恵さんの家を知りたいんです?』

紅「い、いや、その‥デ、デンくんがね
彩恵さんにその‥そうそう、一目惚れしちゃったみたいで

どうしても告白したいって言ってるからね」

『あらぁ‥そうなんですか‥ふーん‥わかりました、お昼頃に会う約束なので
今から場所を教えますね』

紅「ホントに!?」

『はい♪デンくんに、日本での良い思い出を作ってもらいたいですから。

あ、デンドロビュームくんに[がんばって]って伝えてください』

紅「ありがとー」

ツァイフォンを切る。

胸がチクチク‥もう何度もウソをついてきた。

紅は心の中で『ゴメンね、ルナさん』と謝る。

デン「紅ちゃん、なんや辛そうけど‥だいじょーぶな?」

さきほど、風邪と勘違いしてたままなので
てっきり体調が悪いのかと心配している。

紅「えっ? ううん‥だいじょーぶだよ」

デン「あとは僕だけでなんとかするさかい
しんどかったら休んでててな」

紅「で、でも‥ほら、デンくんだけだとイロイロ大変だし」

デン「それはそーやねんけど‥やっぱり、紅ちゃんの体調第一やし」

紅「私はぜんぜん平気! だから‥デンくんは、気にしないで」

もうしばらく、想い慕う伝助といっしょにいたい。

その気持ちが胸の痛みに勝ってしまい

『私って‥ズルい』

ルナのことなど考えない自分に

ウソばかり重ねては自分の気持ちばかりを優先していることに
紅はまた胸を痛める。

けれどもうしばし‥『このひと時よ、続いてください』

勇者である前に1人の乙女の、紅の心からの願いだった。


都内

時間は進んでお昼。

ハンバーガーショップの中で、ルナと待ち合わせている彩恵は
ヒマと言うより最早、呼吸をするかのようにスマートフォンをいじっている。

会話型メールアプリで、他愛もない会話をクラスメートとかわしていると

『彩恵さん』

紙袋を手に、ルナが店内へと入ってきた。

ルナ「あ、彩恵さん」

その声に気付いて

彩恵「あ、どーも」

ルナは彩恵の向かいに座って、紙袋を机に置いた。

ルナ「これ、会長が縫ってくれました」

彩恵「ふーん」

紙袋を開けてみる。

純白の布地は清潔感と気品にあふれ、所々に細かい細工が施しており
デザイン的にも魅力的な洋服となっていた。

彩恵「やばい、これイケてるよ」

すっかり気に入った様子。

彩恵「で、いくら?」

財布を手にする。

ルナ「布とかの材料費だけでいいって、会長が言ってました」

彩恵「ガチ?」

ルナ「え?」

彩恵「だぁから、ホントにそれだけでいいのってこと」

ルナ「あ、ええ。

2千円ほどいただけたら」

彩恵「うっそ、ラッキー」

千円札2枚をルナに渡し

彩恵「こんなにオシャレな服なんて、どこにも売ってないからねー。

うふふふふ、今度の合コンするとき着ていこうっと」

ルナ「合コンですか」

なんとなく姉が妹と話すように
ルナは彩恵と気が合って話していた。

ふと‥ソルとこうして、話し合えたなら‥との想いが、胸を揺らす。

本当に私が妹だというのなら‥

本当に私の姉だというのなら‥

いつか、話し合わなくてはならないと思う。

蒼唯と菫の姿を見てから、その想いはより強くなったように感じる。

けっして褒められた言葉づかいではない彩恵だが

根はとても素直のようであって

自分が姉になったような感覚で、ルナは会話をしている。

同時に、愛する夫や大切な仲間と暮らしてはいるが

付喪神というものに、肉親はいないと考えていた自分に
姉がいたかもしれないという事実。

妹として話してみたい‥甘えてもみたい‥。

ルナはカウンターに行って飲み物を注文して、また彩恵と一緒に席に座って
それからしばらく話し込んでいた。

そんな様子を見つめる目線‥デンと紅。

デン「こんなときにキューピットの役目せんでもええのに」

しかしルナが約束していなかったら、捜しだすのは大変だったろう。

紅「あの子がどうしたの?」

デン「うん‥」

何かを感じる。

それがなんなのかはハッキリとしないのだが
それをハッキリさせなくてはならないと、強く感じている。

デン「なんやろな‥」

紅「行ってみる?」

デン「せやな、そんために来たんやし」

ハンバーガーショップへ入っていく2人。

ルナ「あ、紅さん」

紅「ルナさーん」

彩恵「あれ、ケーキ屋の女の子だ」

紅「どうも」

デン「こんにちわでーす」

ベタな外人さんキャラ発動。

ルナ「よかったらどうぞ」

紅「いいんですかぁ」

ここまで打ち合わせ通り。

とりあえず、4人は席に着いた。

ルナ「お店のほうは?」

紅「お母さんが」

彩恵「じゃあさ、ケーキ食べに行きたいな」

ルナ「それ、いいですねぇ」

デン「それもいですけどぉ (語尾が少し上がる)

ケーキを買ってお家でのんびりも、よろしぃですよ」

彩恵「えー、家はヤダ」

ルナ「そうだ、その家ってどこらへんなんです?」

彩恵「ケーキ屋さんから近いよ」

紅「近いってどこですっ!?」

彩恵「なんで私の家にそんな興味持ってるのよっ」

ルナ「いえいえ、どのへんなのかなぁって」

デン「まあまあ‥そろそろ出ませんか」

結局、デンと紅はなのも注文しないまま店を出た。

なにをするともなく、世間話をしながらテクテク歩いている4人。

デン「それにしても、もうシラスでんなぁ」

紅「そうですなぁ」

ルナ「それを言うなら師走ですよ」

デン「そうとも言いまーす」

彩恵「お正月か」

そういえば、お正月のお雑煮が好きだったな‥

お母さん、元旦だけは着物を着るから人で
なんていうか‥割烹着? アレ着て、お雑煮を入って渡してくれるお母さん‥

ハタと足が止まる彩恵。

彩恵「あれ‥」

ルナ「どうしまた、彩恵さん?」

彩恵は黙ったままで、困ったような表情を見せていた。

彩恵「おかしいんだ‥」

お母さんの顔って‥どんなだったけ?

思い出せない。

思い出そうとしているのに、思い出せない。

別に記憶喪失なんかじゃない。

母との思い出も父との思い出も、良いこと悪いこと含めて覚えている。

父の顔は出てくるのに‥なんで母の顔が浮かばないんだろう。

それは‥

デン「もしかしたらやけど‥お母んの顔、いつ見たんが最後でっか?」

彩恵「え?」

あれは‥私が高校に入ってすぐだ。

テストの結果が悪くて、母に『学校はね、入ってからが大事なのよ』と
受験勉強後、気が緩みっぱなしの自分に説教してからだった。

『うるさいな、わかってるよ!』

口ごたえして、部屋に入って

次の日の朝も謝らず、帰ってきてからも言いだしそびれて

そんな自分を叱ることもなく、ご飯を出してくれる母に甘えて

明日、謝ろう

あさって、謝ろう

それが続いて、今。

あの頃から母の顔は見ていない。

いつもスマートフォンをいじっているか、生返事だけして部屋に入る。

それでも部屋は綺麗になってるし、洗濯物も洗われてるし

お風呂も、食事も暖かったし。

彩恵「私‥酷いことしてた」

自分がしてきたことの振り返り、過ちだったと後悔する。

デン「ちょっと‥帰ってみぃひんどすか? なんや、帰らなアカン気がするんどす」

彩恵「う、うん‥」

母に謝らなくてはいけない‥彩恵をルナと紅は支え
デンとともに矢代宅を目指す。


矢代宅

彩恵は鍵を開ける‥『た、ただいま‥』

彩恵「お母さん‥」

そう呼ぶのも久しぶりだ。

『お帰り、早かったのね』

彩恵「お母さん、仕事は?」

そういえば最近、母はいつも家にいた気がする。

仕事に行ってたんだろうか?

居間へ入るとキッチンの前に母の後ろ姿がある。

彩恵「お母さん‥」

『彩恵‥ご飯は食べてきた? すぐに何か作るから』

彩恵「お母さん、あのね」

『待ってて、すぐに‥チャーハンでもいい?』

彩恵「お母さん、あのね」

デン「お母はん‥もう、よろしゅうおまっせ」

ルナ「彩恵さん、お母さんのそばにいってあげて」

紅「え? ど、どうしたの‥」

目に入ったのは‥キッチンに立つ、半透明の彩恵の母・敦子だった。

紅「え? なんで‥」

デン「妙に胸騒ぎがしたんは、こういうことやったんか」

ルナ「お母さんの想いは‥」


12月25日

深夜、敦子は咳き込んでいた。

仕事で無理をしすぎたのか、体力が弱って風邪をひく。

治る様子など見せずに、症状は悪くなる一方。

このところ‥血圧が高いのも気になっていた。

十分に睡眠を取ること、栄養のバランスを考えて食事を取ること

そう医師に言われたが、寝ていて お金は口座に振り込まれない。

娘の栄養バランスは考えても、自分だけになると手を抜きたくなるほど
食事に気を使うのは大変なことで。

『でも、自分の身体も大切にしないと』

私には大事な娘がいる。

娘が社会に出るまでは、私がちゃんと守ってあげなきゃ。

思いきって、年末休みまでの5日間を休暇にしてもらい

そのまま年越しで、来年1月4日から仕事に出ようと
25日は部屋で寝ていた。

熱は高く、フラフラする‥頭も痛い。

床に伏せってはいるが、彩恵が部屋を覗くことはまずない。

敦子「難しい年頃だからね」

言ってまた咳き込む。

時計を見るともう18時すぎ。

敦子「いけない、ご飯の用意しないと」

立ちかけて‥ズキン!

まるで頭を金槌で叩かれたような痛みが走り
布団の上にバッタリ倒れてしまった敦子は‥そのまま、冷たい身体となっていった。

彩恵が帰ってきたのは23時前。

友達とカラオケボックスへ行って、ようやく帰宅。

階段を上がる彩恵がふと、
いつも聞こえる敦子の『おかえり』が聞こえないことに気が付いたが

ふんっと、そのまま知らない顔して部屋へと入った。
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