付喪堂綴り・1

□居酒屋くまねこ
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居酒屋くまねこ

「夏の夜の夢と希望」

東京‥人の波があわただしく、寄せては返す街。

ネオンの輝き、夜の蝶‥そんな華やかさとは遠く離れた裏路地で

ひっそりと赤ちょうちんに火が灯る。

古めかしい暖簾には「居酒屋くまねこ」の文字。

そこに、1人の青年がやってくる。

夜になっても、うだるような暑さはひかず

誰もがイライラしたような顔をして、夜の街をせわしげに歩いていた。

暖簾をくぐった青年は、ガタンっと乱暴に音を立てて席に座り

不機嫌そうに『日本酒』と吐いた。

『あいよっ!!!』これまた、ちょっとキレ気味にカウンター内から返事が聞こえた。

『なんだよっ!?』店の主人の、あまりにキレたっぽい返事にカッとなったのか

青年は立ちあがってカウンター内を見る。

そこには、バズーカ砲を構えたパンダのぬいぐるみが青年に狙いをつけていた。

青年「わわ、わぁぁぁ! な、なんだよっ」

パンダ「じゃかぁしわいっ、人にもの頼むのに
そんな言い方があるかいっ!」

青年「ひ、人って‥お前、パンダのぬいぐるみじゃねえか!」

パンダ「おんどれ、往生しぃぃやあぁぁぁ」

今にもバズーカ発射な雰囲気。

青年「ご、ごめんなさい! に、にほん、日本酒をくくく、くださいますかっ」

パンダ「わかりゃあいいんじゃ、わかりゃあ‥」

そう言って、バズーカ砲を戸棚にしまい

パンダ「日本酒でんな。

熱燗どすか、冷やどすか?」

青年「こんなに暑い日に、熱燗なんて飲むか‥」

ハッと気づいてパンダを見ると、次は手にチェーンソーを持って

ギロリと睨んでいた。

青年「うわっ! ひ、ひひひ、冷やでお願いしますっ」

パンダ「冷やでんなっ」

一升瓶を取出し、湯飲みにトクトク‥置き皿にあふれるように注ぐ。

今夜のお通しはミョウガ。とキュウリの和え物

パンダ「へい、お待ち。

で、アテはなんにしまひょ」

青年「そんなのは‥い、いら‥りません‥です」

パンダ「『いらりません』てっ!

マライア・キャリーみたいな語感やんっ」

腹を抱えて笑うパンダ(の、ぬいぐるみ)

ひとしきり大笑いして、カウンターへと帰っていく。

小皿にも湯呑にも『百獣の王・パンダの伝助』と名を刻印されていた。

青年「伝助っていうのか‥あの ぬいぐるみ」

しばしの静寂。

青年の手が、ガタガタと震えている。

ボッ‥なぜか郷愁を誘う灯油の匂いがあたりを包み

7月‥夏の夜に、石油ストーブが焚かれた。

青年「あぁぁぁ暑いっ!!!」


伝助「ええっ!? 寒いんとちゃいますのっ」

青年「ち、違いますっ。

寒くはないから、ちょっと放っておいて!」

伝助「ちぇ、なんや‥ガタガタ震えとるさかい
寒いんやと思ぉたわ」

親切心の逆効果というか、KYとでも言おうか。

そんなやりとりをしているが‥

青年は今夜、人を殺すつもりだ。

上着の中に隠されているのは、100円ショップで買った包丁が2本。

相手は‥誰だっていい。

本当に誰でもよかった‥誰かを殺して、自分も死んでやる‥

青年は、故郷じゃチョットした人気者。

町でナンバー1、2の天才で、進学校に進んで
意気揚々と、東京の大学を受験。

見事、期待通りに1発合格したのだが
輝いていた時代は、そこで終わりを告げる。

卒業が近づいても、決まらないのは就職。

『そんなはずはない』焦ってはみてもどうにもならず面接に何度も落ち続けて、大学を卒業してからもう3年‥

バイト先では先輩からつらく当たられ
就活するにも、もう疲れた。

そうなると、街を歩いても
すれ違う人が憎くて仕方がない。

何をされたいうわけではないんだけど

誰もここにいる自分を見てくれない気がして

これだけ人がいるのに、ひとりぼっちな気がして‥社会が憎くなる。

結局今日は、コネで入った学生のバイトの失敗を自分のせいにされて『明日からもう来んな』と怒鳴られた。

母親からかかってくる電話は、決まって『食事はちゃんととってる?』と『期待してるからね』

もう、やめてくれ!

俺は疲れたんだよ‥そうさ、俺は何にも悪くないのに社会が俺をイジメるんだ。

だから‥だから‥

『せやから、関係ない人を傷つけるんかい』

ハッとなって振り向くと、パンダのぬいぐるみがお盆を持って立っていた。

青年「は、はぁ? な、なんのことだか」

伝助「まぁ ええわ。

ほれ、湯飲みがカラやさかい」

代わりの湯飲みを置いていく。

みれば、なみなみと酒が入っていた。

ボーン、ボーン、ボーン‥カレー‥

どこかヘンな古時計が鳴る。

20時ちょうど‥

青年は、グッと、一気に煽る‥‥パンダは、また酒を注ぎにやってきた。

どれくらい飲んだだろうか‥古時計を見ると、もう20時30分。

飲んでばかりいても仕方がない‥ポケットの中の札を無造作に掴んで机に置き

青年は店の外へと出た。

そうだ‥この店を出て、最初に会ったヤツを刺そう‥刺してやる。

青年はそう決めた。

曲がり角を曲がって、誰かがこちらへ歩いてくる。

みればまだ、幼い少女だ。

中学生といったところか‥塾の帰り道のよう。

青年は、少女の姿に一瞬ためらったが‥やると決めたからには、やるんだ!

震える手で、上着の中にひそませていた包丁を持ち

携帯で誰かと楽しそうに話しながら歩く少女のそばへと近づいていく。

ドン!

少女は、なにがなんだかわからずに『え?』と一言だけ漏らした。

そして、そのままドサっ‥崩れるようにして倒れる。

少女の胸に刺さったままの包丁。

青年は、返り血で真っ赤に染まっていた。

光を失った少女の瞳は、まるで都会の海のような色をして

その瞳に青年の顔を浮かび上がらせる。

落とした携帯からは、少女の名を叫ぶ男性の声が聞こえていた。

『理緒!? 理緒!? どうした、理緒!?』

ごめんよ‥アンタにも、この子にも恨みはないけど‥悪いのはこの腐った社会だから。

少女の胸ポケットから零れ落ちた生徒手帳を何気なく拾う。

青年「小曽根 理緒‥か。

俺とおんなじ名字だ‥これもなにかの‥そう、運命ってヤツかな」

中を見ると、家族写真が入っていた。

青年「へぇ‥いまどき家族写真を生徒手帳に‥」


少女の右隣には、母親らしき人物が。

そして、左隣には父親が写っている。

青年「ん?」

その写真をよく見ると、父親らしき男性は自分‥多少、老けてはいるものの

確かに自分だった。

『理緒、理緒、理緒ぉぉ』

携帯の向こうから、必死で娘の名を呼ぶあの声は‥俺の声!!

伝助「やりやがったの、われぇぇぇ!!!」

耳元で、突然パンダが大声を出した。

『わあぁぁぁぁ!!』

飛び起きると居酒屋の中。

机に伏して、眠ってしまっていたようだ‥

ハッと時計を見ると、20時5分。

青年「ゆ、夢‥」

伝助「夢とちゃう‥おまはんの しようとしていることは見たこと まんまや。

誰かの家族を傷つけて、自分がこれから会う約束の大切な人たちまで

その手で殺してまうんやからな」

青年「え、えぇ?」

伝助「死にたけりゃ、自分だけで死にさらせ。

誰に迷惑かけんと、どこぞでひっそり朽ちていきゃあええわい。

せやけど、ゆーときまっせ。

誰にも迷惑かけるんやないで。

勝手に死にさらした おまはんを捜しに行く救助隊の人らにも

これから会うはずの大切な人たちにも

どこにも迷惑かけへんのやったら

好きなだけ死ねばええやんか。

そやけどちょっとでも、誰かに迷惑かけてみぃ!

地獄の果ての果てまでも追いかけて、タバスコ2,3本はブスリと浣腸したるからなっ!!」

青年「ひ、ひぃぃ」

伝助「社会が憎いとか ひとりぼっちやからとか、ほざいとる前に、黙って もがかんかい。

誰かて、辛い苦しいはぎょーさんあって
そん中でも生きていってるんや。

この世は楽するためにあるんとちゃう、苦労するためにあるんや!

苦労して苦労して、些細なことって思えるような

そんな小さな幸せが、1番大切やって思えるようになるために

僕らはこの世に生まれて来とんのじゃい!

ちょっとぐらい躓いたからって、誰かのせいにすなっ。

ちょいとばかり苦しいからって、誰かに当たって気ぃはらすなボケ!

社会が悪いってゆーんなら、己だけでも ええ世の中にしようと あがかんかいっ。

もがいてもがいて、もがききって、最後に目ぇ閉じる時

誰かがその姿を見て、心意気を継いでいってくれるんじゃ!

そないことを、全部放り出すよなマネしくさる人間が

生意気に社会のせいやとかなんとか ほざきおって

誰でもええとか抜かして、命を傷つけるな!!!

ええか、世の中そんなに甘ぉないんやでっ。

やるだけやって、やり抜いて、最後の最後まで気張ってきてから

そないな文句は言いさらせっ。

生きて生きていき抜いて、ほんでアッチへ行ってから

文句があったら、どーこーアッチで言いさらせ、ドあほっ!!!!!」

青年「は、はいぃぃ!}

伝助「ええか、未来に生まれるオマエの子ぉは、ごっつ素直な子‥

育てるんは自分やないかい。

誰かを愛する心があって、自分も愛してやれる心があったら

なんぼ社会が汚れとっても、自分だけはまっすぐに歩いていける。

社会を恨む前に、愛する心を無くした自分を叱りなはれ!」

青年「は、はい‥わかりました!」

手をついて、頭を下げる青年。

携帯電話の向こうから、大切な娘の名を呼ぶ『いつかの自分』の必死な声が

青年の耳から離れない‥この声を聴いたからにはもう、青年が自分を見失うことはない。

伝助「ほれっ」


肉球が光る手の中には、しわくちゃの札。

先ほど、机に置いたはずの金。

伝助「これはええ、持って帰れ。

ついでに ええこと教えたる。

でっかいグループ企業があってな‥風丘グループっちゅーんやけど

そこで人手を募集しとったで。

大きな‥っちゅーか、大きすぎる会社やさかい、

オマエ1人くらいは簡単に雇ってくれるやろ。

ええか、そやさかい ゆーとくど

捨てる神があったら、拾う神もあるっちゅーことや‥

それはな、次はオマエが誰かの神はんになる番なんや。

誰かにとって、拾う神になってやれ。

社会を恨むヒマなんかあらへんど、誰かに助けてもろたら

誰かを助けて、大切な みんなを大切にしたれっ。

勘定はもう、ちゃんともろた。

また道を踏み外しそうになったココへ来いっ。

わかったら、とっとと外へ行って
気張ってこんかいっっっ!」

青年「は、はい!!!」

青年は、飛び出るように夜の街へと消えていく。

伝助「ホンマ‥100円ショップの包丁2本で、ぎょーさん飲んでいきよったわ」

レジの中に包丁2本‥

伝助「まいどっ」

カタンと閉じた。

そして、転がっている空っぽになった一升瓶を片付ける。

その酒のラベルには『希望』と、書かれていた。

伝助「ほな、まいど、おおきにさんどした♪

また、お越しになっておくれやすぅぅぅ」


続く‥たぶん。
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