付喪堂綴り・1

□第8章・1
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都内

ビルがあり、裏手に回ると地下へと続く階段がある。

地下に降り、思い鉄の扉の前には屈強な体格の黒スーツを着た男が2名。

『楽しませてもらうわよ』

訪れ、そう言葉を発した女性は‥
いわゆる『ゴスロリファッション』に身を包んだ女性。

ゴスロリとは[ゴシック・アンド・ロリータ]の略称で
ロココスタイル(ロココとは[バロック]に続く時代の美術様式を指す美術史で使われる用語、

18世紀、ルイ15世のフランス宮廷から始まったり流行した)やヴィクトリア朝時代など
ヨーロッパ文化を思わせる幻想的な装いを特徴としている。

一般的にはロリータ・ファッションの総称ととらえられているが
本来はロリータ・ファッションというカテゴリーの中のジャンルの一つで
ストリートファッションでありながらも

西洋の文化を継承しようとする姿勢を持つ
本来異なるゴシックとロリータの要素を結びつけた日本独自のファッションスタイル。

また、そのようなサブカルチャーを指す。

黒を基調としたレース、フリル、リボンに飾られとても華美なブラウスは
前裾と後ろ裾が短く、左右の裾が長くなっている。

同じ黒色のショートパンツを穿き、ニーハイソックスにショートブーツ。

全体として鎖やリボンが腕や胸元、胴、背中と多くあり
鋲が打たれた指無しグローブをはめていてこれは
『ゴシック・アンド・ロリータ』に『パンク』の要素を取り入れた
『ゴスパン』と呼ばれるファッションである。

そんな服装の彼女は‥彼女の名は『蝕-エクリプス』

戦いの中で行方不明、生死不明となっていた彼女は生きていた。

彼女も付喪神であり、ルナとともに作られた天使像が本体。

人の悪意によって引き起こされた事件が元で懐中深く沈み本体の像は浸食され
朽ちる寸前のはずだった。

実際、付喪堂に見せた最後の姿は病に侵され命燃え尽きようとしているかのような姿で。
しかし蝕は生きている。

長らえた命で彼女はいったい、なにをしようと企むのか?

ふたたび付喪堂に敵対するのか、あるいは?

重い扉を男たちが開く。

暗闇の中へ進む蝕。

廊下の誘導灯に身を任せ進むと、まるで夜の帳のようなカーテン。

それをくぐると、まばゆい照明が辺りを暴れる空間へと出た。

金網で覆われた四角いリング‥その周りにたくさんの観客がいて
みな誰かと悟られぬように顔上半分を隠す仮面をつけていた。

リングの上に立つのは巨体の男2名。

格闘技とは違う、ルール無用のストリートファイトのように
男たちは殴りあい蹴り合い、互いを傷つけあっている。

血しぶきが舞い、命の炎が揺らぐ様を観ては観客のボルテージは上がる一方で
『殺せ』『潰せ』と口々に怒鳴っていた。

賭けファイトがここで行われている。
10万、50万の小さい掛け金から
100万、1000万の大きい金額まで乱舞していく中
リングの上で人は人と殴り合う。

片方はボクシング。

もう片方は空手。

ボクサーの側頭部を、空手使いの男が上段蹴り。

倒れたボクサーの耳や鼻から血が尋常ではないほどに流れてゴングが鳴った。

『勝者、碇!』

場内アナウンスと同時に歓喜とため息が入り交じり

リングに倒れたままの男がまるでゴミのように数名のスタッフによって掴み出されていく。

蝕「あの子、どこまで上手くやれるのかしら」

興味深く蝕は微笑む。

『本日のメインイベント! まず青コーナーより挑戦者の入場。

あの恐るべき未確認破壊脅威が、このリングに襲来!

ストロング・ゴリラーの入場です!』

照明が猛り、ハードロックの楽曲に乗って現れたのは‥15センチ大のゴリラーのぬいぐるみ。

颯爽と駈けてリングに上がり、ざわつく四方に礼をする。

『赤コーナー、無敵の破壊者‥チャンピオン、クレイジー・ゴウの入場です!!』

2メートルはありそうな屈強な男がリングへ進む。

筋肉の鎧で覆われた肉体は、すでに臨戦態勢だ。

蝕「さぁて、どちらが勝つのしらね」

言いながら蝕は、近寄るスタッフへ札束を無造作に数個渡す。

蝕「あのお嬢ちゃんに」

賭けるはストロング・ゴリラーへ。

ゴウ「ケッ、俺様の相手がこのチンケなおもちゃ野郎だと!?

オイオイ、チンパンジー! ぶっ壊されたくなかったら今すぐここから逃げだすんだなぁ!」

威嚇して吠えるチャンピオン。

ゴリラー「オマエが立つ赤コーナーはチャンピオン側が立つもの。

私は挑戦者、だから青コーナー‥その意味を知ってるウホ?

チャンピオンは対する青コーナーを見て王者らしく冷静に
挑戦者は対する赤コーナーを見て挑戦者らしく闘志を燃やせと
その意味も知らずただ吠えるオマエにアタシは負けないウホ。

それにアタシは野郎じゃないしチンパンジーじゃない‥女子プロレスラーでゴリラウホ」

ゴウ「ナマ言ってんじゃねえぞ!!」

ゴングが鳴る前にゴリラーへ飛びかかるチャンピオン。

瞬殺! 誰もがそう思ったろう。

だが、サッと避けたゴリラーはまずゴウの足を取って倒すと
ストンピング(相手を踏みつぶすように蹴る技)5連発!

さらに両足を持って抱え上げると回転し、ジャイアントスイングと呼ばれる技に移行する。

捕まれた脚をふりほどき、逃れたゴウだが目が回って思うように動けない。

ゴリラーの強烈タックルが決まり、ふたたびダウン。

マウントポジションから張り手ラッシュ。

首を抱えてその状態から怪力で持ちあげると、ブレーンバスターという投げ技を放つ。


[ブレーンバスター]
相手の首の後ろに正面から左腕を回し、右手で掴む。
持ち上げた相手の左腕を自身の首の後ろに引っ掛け
右手でタイツを掴み相手の体を垂直になるまで持ち上げて後ろに倒れ込み
相手の背中を叩きつける投げ技。


ゴリラー「ウホ―――!」

おそらく[いくぞー]的な気合の叫びとともに
ふたたびブレーンバスターの態勢。

だが今回は、抱え上げたのち後方へ倒れるのではなく
そのまま相手を下に落下させる『垂直落下式』のブレーンバスターで勝敗を決める。

ダウンしたままピクリとも動かないチャンピオン・ゴウ。

失神しているようで、ゴリラーはゴウの胸に乗る。

場内アナウンスでカウントが進み、3カウント入り勝利は決した。

ゴリラーに賭けたものたちは大喜び、チャンピオンに賭けたものたちは怒号を発している。

『金返せ』『死んじまえ』負けたゴウへ罵声を浴びせ会場は騒然となっていたが

それを気にもせずゴリラーは一礼すると控室へと帰っていく。


控室

まだ騒ぎが聞こえてくるロッカールームでゴリラーはひとり
タオルをかぶって戦いの熱を覚ますかのように目を閉じていた。

『アタシ、勝ったよ‥ストレイトさん』

ストロング・ゴリラ―と名乗る彼女は胸の中で響子という人物の名を呼び
先ほどの勝利を捧げていた。

パチパチバチと拍手の音‥

蝕「お疲れ様、ゴリラちゃん」

ゴリラ‥彼女の本当の名は『撫子』という。

撫子が目を開け、タオルを取って振り返る。

蝕「やったじゃない、ゴリラちゃん。

デビュー戦、見事勝利‥しかも相手は屈強な男。
なかなかの実力ね」

撫子「ありがとうウホ‥蝕さんには感謝しかないウホ」

蝕「いいのよ、それよりリングに上がりたがっていたアナタの夢、叶ってよかったわ」

撫子「アタシとストレイトさん‥ストレイト響子さんとの約束、どうしても叶えたかったウホ。

叶うならアタシ、なんだってする、したいと思ってたから」

蝕「悲運のスター、女子プロレス界の絶対エース・ストレイト響子‥

試合中の事故で命を落としたのは‥」

撫子「半年前ウホ。

ホント、誰が悪いわけじゃない‥不運としか言えない事故だったウホ」

ストレイト響子という女子プロレスラーは半年前、試合中の事故で死亡した。

技をかけたもの、技を受けるもの、どちらに非があったものではなく
ハートなスケジュールや、団体だけではなく女子プロ界全体を背負って戦い続けた重圧、

試合のたびに受けるダメージ、あらゆるものが蓄積していってある日
突然にしかもいちばん起こっては行けない形で破裂して‥命を奪っていった。


『立つウホ! 戻ってくるウホ!! まだ、まだギブアップには早いウホ!!!』

泣きながら響子に心臓マッサージをする撫子。

身を包んでいるのは響子が撫子のために縫った、団体のジャージだった。


撫子はストレイト響子のファンが彼女へ送ったプレゼントのぬいぐるみ。

届けられてすぐに撫子も響子のファンになり
それからというもの、撫子は響子の弟子のように突然動きだして
日々の世話から練習、道場の掃除や食事当番に至るまで
まるで新弟子のように動き、誰よりも働くようになった。

響子もまた、いきなり動き喋り始めたぬいぐるみを怖がりもせずにむしろ可愛がり
2人はとても仲の良い師弟、姉妹といってもいいほどの中になっていたのだが

そんな楽しい日々は長く続かず、響子に起きた最悪の悲劇によって終わりを告げた。


蝕「彼女の夢は世界最強の女になること‥だったかしらね?」

撫子「プロレスが、プロレスこそが最強だって

それを証明するためにシュート、総合、ルールがなんだってかまわない、ただ戦う。

勝ち続けてプロレスこそが最も強いって証明するのが響子さんの夢だったウホ‥

響子さんの夢は、アタシが代わって叶えるウホ!」

撫子ははじめ、響子の死に沈むばかりの団体でリングに上がると決意したが
絶対的エースを失った団体の気力はボロボロで、結局そのままひっそりと
団体は解散してしまう。

ぬいぐるみを、まして未確認脅威と一時は騒がれた存在を
どの団体も使うことはなく、まして悪魔と言う存在はじめ
これからもっと未確認破壊脅威といったものたちの攻撃は、戦いは激しくなっていく中
誰もが撫子を恐れ忌み嫌うようにもなっていた。

『オマエみたいなのがいたから、響子は死んだんじゃないか!?』

仲間と思っていた団体の人間たちにそう言葉を叩きつけられ撫子は泣きながら
人前から姿を消した。

響子が愛用していたジャージとリングコスチュームをカバンに入れて
それだけを持って飛び出て、さまようしかないある日
出会ったのは蝕だった。


蝕「私にあなたの夢‥大切な人と見た ふたりの夢、叶えさせてもらえないかしら?」


蝕のその言葉に撫子は身を任せ、あの違法な格闘カジノのリングに上がった。

そして今日、結果を出した‥。

撫子「もうこのリングに用はないウホ。

アタシはもっともっと上を目指すウホ!

世界最強‥女子プロレスラー、レスラーこそが世界最強だと
アタシがこの手で証明して見せるウホっっっ」

蝕「だったら、次のステージにも私が案内してあげる。
世界は広いわ‥青い鳥だったり、犬だったり、恐ろしく強い兎もいてね

ちっちゃな魔法使いもいたりするしなにより、百獣の王って自分で言ってたようだけど
その冠にふさわしいパンダもいるのよ」

撫子「鳥に犬にウサギに魔法使い‥で、パンダ‥」

蝕「どう? 私と一緒にそいつらを倒して、アナタこそ世界最強だと証明してみない?」

撫子「もしそいつらをアタシが倒したら」

蝕「あなたが間違いなく世界最強ね」

撫子「だったら‥答えは一つしか持ってないウホ‥ひとつしかいらないウホ」

固い決意の撫子を見つめる蝕は笑顔を見せた。
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