付喪堂綴り・1

□第2章・1
2ページ/5ページ

付喪堂・応接室

テーブルにジャスミンティーが4つ。

伝助、淑、総右衛門‥そして、尋ねてきた客。

伝助「ふんふん‥さよか‥ほしたら もういっぺん確認で聞きまんにゃけど
娘はんのお腹の中には、確かにお子さんが おりはるんどすな」

『ええ‥そうなんです‥今、3ヶ月に入ったとこだと』

総右衛門「したが、娘御は産む意思もなく
相手の男子に相談することもせずに、お腹の子を流してしまうつもりであると」

『はい‥私、お腹の子が不憫で仕方ないでんすの‥

せっかく宿った命なのに、生まれ出ることなくそのままなんて‥不憫で不憫で‥うぅ‥

どんな気持ちでその声をお腹の中で聞いてるのかと思えば‥しかも実の母親に
そんなことを言われるなんて、不憫すぎて‥ううぅぅぅ‥あぁぁ!』

客は号泣しだす。

伝助「まあまあ奥さん、そない泣かんとっておくれやす。

僕らがなんとかしますよって、とりあえず落ち着きなはれ」

総右衛門「淑、ご婦人にティッシュかハンケチを‥」

淑「でも、あなた‥」

まごまごしている淑。

それもそのはず、泣いている客は
『ハンカチの付喪神』だった。

総右衛門「おお‥そうか」

伝助「ハンカチもってきたら、どっちがどっちか わからんようになってまうでな」

ソファーの上で泣いているハンカチは、自分の端っこで涙を抑え

ハンカチ「お見苦しい所をお見せしてしまい、申しわけございませんでした。

ただ、娘がこんな薄情な仕打ちをするなんて
あまりにショックなことでしたから」

伝助「いや、よぉわかりますよ。

なんちゅーかこう‥命っちゅーもんの重みが、
年を重ねるごとにだんだん軽ぅなってる気はしますな。

確かに、世の中の冷たさや制度っちゅう なんやよーわからへんもんが
命の大切さを軽ぅさせとるところは ありまっ‥ほやかて、男も女の人たちも
愛を重ねて、命を授かるっちゅーことに
鈍感・臆病・面倒しがりになりすぎてんのとちゃうかと。

ただ気持ちええからとか、寂しいからとか‥

愛してるからっちゅー綺麗な言い訳で塗り固めて、
人を愛しとんのか、自分が可愛いだけなんか、よーわからんようになってきてますな。

子供っちゅーのんを生んで育てるんは、そりゃ大変なことでおます‥

親御はんの身体もキツぅおますし、お金もそりゃかかりま‥

せやかて、人ひとりの人生の1歩を預かるんでっさかい
大変なんは、そりゃわかりきったことですわな。

そやけど‥困ったことに、親御はんのほうが『大切にしてほしい』と願う人が
多すぎるとちゃうかって、僕は思ぉてま。

働いてもお金が足りひん、忙しゅうて子育て出来ない‥理由はイロイロで
たいへんなんも、苦しいのんも、僕かてわかってますんや。

どないもならへん人がいてるんは承知で、そないな人はしゃないとも思いまっけど
あえて言わしてもらうんどす‥

子供がおることで、気張れることもあるんやないかと。

どんなに苦労しても、子供の元気な姿を見たら
明日も気張らなアカンなって思えるんどす。

それが、子供への愛情やったり、子供から親へ贈る愛情なんとちゃうかと。

それを怖がったり面倒くさいっちゅーだけで、軽ぅ考えとってほしゅうないんどす」

ハンカチ「ええ‥よくわかりますわ。

子供のニコっと笑う顔を見たら、親なんて苦労もなにも
どこかへ吹き飛んでしまいますものね」

総右衛門「さようでござる‥

我らがおうてきた方々も、子に救われた方は多くおられまする」

メアリー「ったく、どいつもこいつも甘ッチョロイことばっかり おいいでないよ」

振り向くと、応接室のドアにメアリーがもたれかかっていた。

伝助「なんやメアリー、なんか文句があんのんか」

メアリー「ああ、おおありさ。

笑顔を見たなら疲れも吹っ飛ぶ? じょうだんじゃないっ。

親になる覚悟もないヤツを説き伏せて親にさせたって
どうせ行きつくところは虐待だのなんだので
子供に辛い目を見せるだけじゃないか。

それなら、いっそのこと生まれてこないほうが幸せってぇもんさね」

伝助「そんなことあらへんっ。

ホンマの親子っちゅーのんは、子供のためやったらなんでも出来るもんや」

メアリー「そんな まやかしを唱えるバカがいるから
子供が余計な苦労をしょいこんじまうのさ!」

伝助「なんやとぉぉぉ」

メアリー「なにさっ」

カッとなる伝助とメアリー‥

源左衛門「メアリー。つっかかるのはよせ」

総右衛門「若、カッカとしては
話し合いになりませぬ‥自重なされいっ」

源左衛門と総右衛門、それぞれ諌められて
とりあえずは落ち着く2人。

ハンカチ「あの子‥愛の夢は、お母さんになることだったんですのよ。

それがどうして‥」

淑「娘さん、なにがあったのでしょうねぇ‥」

ハンカチ「私があの家に参りましたのは‥あの子が10歳のころでした。

離婚してすぐのお家‥娘、娘とわたくし申しておりますが、実際のところ
あの子が母親に母の日のプレゼントとして贈ったハンカチが、わたくしですのよ。

あの子の母親‥徹子というんですけども、徹子さんはわたくしを大切にしてくれました‥」

思いだしながら、またうっすら涙が滲んで
ハンカチは ふたたび自分の端っこで涙を抑える。

ハンカチ「洗濯しては使って‥そうするうちに、
わたくしの模様もすっかり薄くなってしまって」

淑「ああ、それで全体的に薄い感じがしているのですね」

ハンカチ「そうなんです。

それでも、大切にわたくしを使ってくれました‥

わたくし、定価1300円。

愛が手にしてお店へと参りましたお金も1300円‥

レジへ持っていきましたら、消費税分が足りないんですの。

それ以上、持っているお金はなくて
愛は泣きべそをかきながら、あきらめようとしていたんです。

母の好きなイチョウ柄の黄色いハンカチ‥

わたくしを、置いてあった場所へと戻そうとしたとき
その店に勤めたばかりの女の子が

『消費税分、足しておいてあげる。おかあさんへのプレゼントだもんね、
真心を込めて贈るものだから、買っていただく私たちも真心でお売りします』と

足りなかった消費税分を足してくれたんですのよ。

おかげで‥わたくしは無事に贈り物となりまして、愛より敦子の手へと‥」

伝助「そないに優しい店員さんも、おりはるんやなぁ」

総右衛門「確かに‥愛殿の心根がまっすぐなればこそ、真っ直ぐな御仁に出会えたのやも知れませぬ」

源左衛門「1度、その愛の様子を見にいってみよう。

伝助「相手の男‥父親の様子も見にいかなアカンな。

総右衛門、よっちゃんといっしょに父親になる男のことを見てきてんか」

総右衛門「御意っ」

淑「わかりましたわ」

伝助「源左衛門とメアリーは愛さんのほうへ」

メアリー「なんで あたいまで」

伝助「どないな感じなんか、よぅ見てきてほしいんや。
僕らと反対の目ぇから見た意見も聞いて、よぉ考えたい」

メアリー「しちめんどくさいヤツだねぇ‥まぁいいさ
いいよ、行ってきてやるよ」

伝助「頼んどくな、メアリー」

ハンカチ「みなさん、お手数おかけしますが
どうぞよろしくお願いします」

深々と頭を下げるハンカチ。

伝助「折り目つきまっさかい、頭を上げておくれやす。
ほしたら2日後、付喪堂へ来ていただけまっか?」

ハンカチ「はい」

伝助「ハンカチはんって呼ぶのもナンでっさかい‥

徹子さんのハンカチ‥徹子のハンカチ‥徹子ハンカチ‥徹ハンカチ‥徹ハン‥で、

てっぱんさんって呼ばせてもらいま」

メアリー「ハンカチなのに鉄板って、おかしかないかい?」

てっぱん「いえいえ、とっても可愛く呼んでくださって嬉しいですわ♪

ではでは皆様、よろしくお願いいたします」

皆に深く頼み、ハンカチのてっぱんはヒラヒラと去っていた。

伝助「さて‥ほしたら付喪堂、行動開始といきまひょか!!!」

一同「おー☆」

この後起きる騒動など、このころは想像だにしていなかった付喪堂である‥。


都内

『はい‥はい‥そうです‥じゃ』

そう言って携帯を閉じるは、愛。

妊娠を診察した婦人科医院に、中絶手術について話していた様子。

来週にも医院へ行き‥

愛「しょーがないよ‥これがいちばんいい解決方法だもん」

宿ったばかりの命と‥サヨナラする。

メアリー「ほら、ああ言ってるんだ‥それをムリにどうこうしたって
けっきょくのところテメェがその気にならない以上
向き合うこたぁ出来ないのさね‥

そんなの、生まれてくる子にとっても不幸なだけだよ」

物陰から愛の様子を伺う源左衛門とメアリー。

源左衛門「本気で向き合わぬ親の子になるは不幸か‥確かにそうだろう」

メアリー「だろ? だったら‥」

源左衛門「だが‥親が子を育て、子も親を育てる‥だろう? メアリー」

メアリー「おまえさん‥」

源左衛門「それは、おまえもよくわかってるはずだ。

あの子は‥愛はきっと、子を持つということが恐ろしいんだろう‥

子を持つという責任を背負うことが」

メアリー「テメェの母親のように、ポックリと逝っちまうことで
子を残してしまうかも知れない恐怖‥だろ」

源左衛門「そうだ。愛はそのことだけが、心に重くのしかかっている‥

そしてその重さから、逃げようとしている」

メアリー「バカだよねぇ‥どんなに逃げたって、後から追いかけてくるだけだってのに。

おまえさん、あたしゃやっぱり生むにゃあ反対だ。

伝助の意見に賛成する気もないし、悪いけど おまえさんの言うことだって聞けないよ‥

だってそうじゃないか、そんな甘ったれた女に子が育てられるはずもない。

生まれてくる子供のほうが可哀相さ‥余分な苦労を強いられるぐらいなら
いっそ生まれてこないほうがマシってもんさね」

源左衛門「そういうな、生きていればこそ笑える日もあるはずだ。

お前はここに残っていろ‥俺が少しあたりをつけてくる」

源左衛門は、愛の前へと出ようとした。

そのとき‥

ビュン! 飛んでくるコンクリートブロック。

源左衛門は難なく蹴りで撃ち砕いた。

源左衛門「誰だ!?」

メアリー「おまえさんっ」

辺りに警戒しつつ、メアリーは源左衛門のそばに。

源左衛門「この気の重み‥」

メアリー「悪鬼、邪念、悪霊、物の怪‥いいや違う‥付喪の神に近いかねぇ」

鮪魔剣・魚正を手にし、メアリーは警戒する。

源左衛門「付喪神‥いや、もっとストレートな想い‥しいて言えば生霊に近い」

メアリー「生霊ねぇ‥」

源左衛門とメアリーは、すでにその正体に気付いた様子。

メアリー「親が親なら、子も子ってね」

『ママをいじめようとするな‥ママを‥』

源左衛門「生心力の影響なのか、あの子の想いが強すぎるのか‥」

愛のお腹に宿る命が、源左衛門とメアリーに
母をいじめるなと伝えてきた。

愛はそんなこと、何も知らずに仕事場へと戻る。

メアリー「やれやれ‥ちっとばかり、やっかいなことになるか‥」

源左衛門「ん‥メアリー、いったん付喪堂へ戻り
詳しく今の事態を話してきてくれ。

俺はここに残って愛を見張る」

メアリー「それなら、あたしが見張っているよ。

伝助とはモメちまったから、ちょいと気まずくって‥

それに、いったって話しは合わないし。

ここは あたしに任せて すまないけど おまえさんが行っておくんなね」

源左衛門「そうか‥わかった、俺が伝助に話してこよう」

メアリー「すまないね」

源左衛門「メアリー」

メアリー「あいよ、なんだい? おまえさん」

源左衛門「伝助は気にしてなどいないさ。

カッとなるタチだが、あんな風に言ってても
しっかりと心は仲間を想っていてくれる‥そんなことは、お前もわかっているだろ?」

メアリー「なんだい、アイツのカタぁ持っちゃって。

あたしゃ妬いちまうよ」

笑顔で返すメアリーへ

源左衛門「無茶はするなよ」

そう言い残して、1度付喪堂へと帰っていく源左衛門。

メアリー「仲間を想うか‥」

メアリーの瞳は、遠くの空を見つめていた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ