付喪堂綴り・1

□第1章・2
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付喪堂・源左衛門夫妻の部屋

ずず「兄ィ‥うめえ‥うめぇですねぇ‥」

メアリー「あぁん? フフフ‥あのボウヤ、寝言を言ってるよ」

源左衛門「もうすぐ目覚めそうだな」

囲炉裏の火の面倒を見ながら、串に刺した魚を焼いていた。

ハッと、ずずは飛び起きる。

ずず「いけねぇ! オイラすっかり寝過ごしちまった。

兄ィ、すいやせん、すぐに顔洗ってきますから
稽古をお願いいたしやす」

源左衛門「ずず‥しっかりしろ」

ずず「へ? アレ‥あっ!」

どうやら、出会ったころのことを夢で見ていたよう。

ずず「ここは‥兄ィ?‥兄ィなのかい?」

源左衛門は振り返らずに

源左衛門「ずず、久しぶりだな。

飯にするぞ、こっちへ座れ」

ずず「へいっ」

源左衛門の隣に座る ずず。

ヒョイと覗き込む‥囲炉裏の灯りに浮かぶ顔は、あのとき会ったウサギの兄ぃ。

ずず「兄ィ‥兄ぃじゃねぇですかいっ♪

お久しゅうにござんす」

ガバッと座りなおして、手を付くと深々‥頭を下げる。

感激しているのか、鼻をすすりながら頭を下げた。

メアリー「おやおや‥おまえさんが話した通りのようだね。

さっきは怒りで、おまえさんの顔でさえ目に入らなかったってことか」

ずず「え? さっき‥と、いいやすと‥」

源左衛門「あれだけ悪いクセは直せと言っておいたのにな‥

怒りで何も見えなかったな。

お前、焼き鳥屋の前で つまらんケンカをしていただろう」

ずず「ケンカ‥あ! あの割り込みブタとウシっ

アイツら、どこ行きやがった!」

鉄串を手にして、立ち上がる。

源左衛門「落ち着いて座れ」

静かだが凄味のあるその声に、ずずは黙って言うとおりにする。

源左衛門「アイツたちの名は、ごん と ねん。

俺の仲間だ‥そっちに座っているのはメアリー‥俺の女房だ」

ずず「ええ!? アイツら兄ィのお身内で‥こいつぁ とんだマネを‥

兄ィ、許してやっておくんなせぇ」

頭を下げ

ずず「お姐さんとも存じ上げず、挨拶が遅れてしまいやしたっ。
どうか ご勘弁のほどを」

メアリーにも頭を下げた。

メアリー「挨拶なんざ堅苦しいからいいんだよ。

それより、ちっとは落ち着いて茶でも飲みな」

湯飲みを ずずに放り投げる。

放物線を描いて湯飲みは ずずの手に。

メアリー「もっとも、茶は自分で入れてもらうけどね」

と、笑うメアリー。

ずずは『へい』と返事をする。

源左衛門「茶葉はそこにある」

ずずは、自分の後ろにある水屋箪笥の中から
人参模様の茶筒を取り出し、急須の中に葉を入れると
源左衛門が鉄瓶から急須へ湯を注ぐ。

ずずは、しばらく待って茶を湯飲みへ‥ひと口飲んで
『ほぉぉ♪』と、心地よさ気に息をついた。

源左衛門「少しは落ち着いたか?」

ずず「へい、落ち着きやした♪」

源左衛門「腹がすいていたら、この魚を食べろ‥美味いぞ」

ずず「兄ィ‥ありがとうございやす」

ずずは串を受け取り、ひと口‥ふた口‥美味しそうに魚を頬張る。

ずず「こりゃウメぇや♪あんとき、兄ィといっしょに食べた魚に負けず劣らず
美味しゅうござんす!」

口に魚をいっぱい詰めて、嬉しそうに ずずは笑う。

メアリーは伝えまフォン・黒をパタンと閉じた‥

しばらくして『トントン』と、ノックの音。

メアリー「お入んなさいな」

戸をあけて、部屋の中に ごんとねんが入ってきた。

迷惑をかけたと、シュンとしている。

ずず「あっ!」

メアリー「さぁ、早く入んな‥ケンカの詫びがしたいんだろ?」

ねん「んも」

ごん「ぶひ」

2人は入り口すぐの床に座ると

ごん「ぶひは、ごんって名前ぶひ‥こっちは相棒の ねんというぶひ」

ねん「んもも」

ごん「さっきはすまなかったぶひ。

匂いにつられて、お腹も減ってしまってたぶひ‥

それで、ついつい気が荒くなってたぶひ‥」

ねん「んもも、うんもんも‥」

ものすごーく、反省している様子の2人。

そろって、ずずへ頭を下げる。

ごん「ごめんなさいぶひっ」

ねん「うんももっ」

ずず「え‥あの‥その‥いやいや、謝んのはオイラのほうでいっ。

悪かった! ちっとばかり、イヤぁなことがあってな‥

ムシャクシャしてたところ、焼き鳥屋があったもんだから
やけ食いしてやろうと並んでたんだ。

そこで、オメェさん方と会って‥つい、ケンカになっちまったてワケで。

申し訳ねぇ、許してくんな!」

ごん、ねん‥そして、ずずは互いに謝った。

源左衛門「これで解決だな‥よかった」

メアリー「そうだねぇ。トリとブタとウシのケンカなんざぁ
肉屋が大喜びするだけだからねぇ‥あっははははは」

つられて、ごん・ねん・ずずも大爆笑。

和やかな空気に包まれて、数分経った頃だろうか

源左衛門「ずず、それでお前の捜している母親には会えたのか?」

源左衛門は切り出した。

ずず「いえ‥それがまだなんでさぁ」

笑っていたのがウソのように、暗い表情に変わる。

ずず「生まれ在所に1度戻ったってぇところまでは、なんとか掴みやして
すぐにそちらを訪ねやしたが‥が、おっかさんは実家の人間と折り合いが悪くなり
出ていかざるを得なくなったとか。

歳がいってからの出戻りにゃあ、身内といえど風当たりは強かった‥

そんな ところでござんしょうね。

それから、なんの手がかりもなくアテもなく、尋ね尋ねの旅を続けておりやす」

源左衛門「そうだったのか‥辛いことを思い出させて すまない。

だが、俺たちにも何か手伝えることがあるかもしれない。

あの時は、お前に剣を教えるだけで別れたが
今度は違う‥俺も今では、ひとつ所に落ち着いた暮らしをしている。

以前よりもお前の力になってやれるような、俺自身の力もついたと思う‥

なんだっていい、手伝わせてくれ。

もう1人で背負うな。

なぁ、ずず。

お前もここで、いっしょに暮さないか?

伝助ならきっと、お前を快く迎えてくれる‥ここは、そういう場所だ」

ずず「兄ィ‥ありがとうござんす。

兄ィの優しいお言葉、オイラみてぇな旅がらすにゃあ もったいなくてバチが当りやすぜ」

源左衛門「ずず‥」

ずず「ですが、オイラはまだ‥おっかさんを捜そうと思いやす。

でねえと、喧嘩別れしたまんまの きょうでぇ(きょうだい)に、申し訳が立たねえ」

源左衛門「もといた家の‥雪が入り込む小屋でともに耐え忍んだ兄弟だな」

ずず「へぇ‥メリケンからやってきた、派手な服を着たヤツでした。

イタリア生まれだけど、メリケンで活躍したって‥

よく話してくれやしたよ。

まぁ、本人は千葉にある夢の国ってところに遊びへ行った人から
おっかさんがお土産にともらったヤツなんですけどね」

思いだしたのだろう、うっすらと涙を浮かべている。

源左衛門「そうか‥その兄弟にも、会えるといいな」

ずず「へい! きっと‥きっと、会ってやろうと思っておりやす。

一生かかっても、おっかさんを捜しだし
おっかさんといっしょに、きょうでぇを迎えに行ってやろうと思いやす!」

萎える元気を揺り起こすように、ずずは声を張り上げて立ち上がる。

ふと見ると、ずずの話にもらい泣きの ごんとねん。

ずず「オメェさんたち‥オイラのために泣いてくれるのかい?」

ごん「ぶっ、ぶぶぶひー」

ねん「うんっももうんもー」

涙が止まらない様子。

ずず「ごんさん、ねんさん‥ありがとよ!」

3人は、ヒシっと抱き合って涙を流した。

励ましあい、手を振って別れる ごんとねん、ずず。

ずずは、部屋出る前に

ずず「そうだ‥兄ィ」

源左衛門「なんだ?」

ずず「この街に、銭好ローンってありますよね」

メアリー「あぁ、それなら よっく知ってるよ。

といっても、良いウワサじゃあなく
耳に入るのは悪いことばかりの‥銭の亡者ってところかねぇ」

ずず「銭の亡者‥そうですかい‥。

わかりやした、ありがとうござんす」

そう言って、部屋を出ようとした。

源左衛門「ずず‥」

立ち止まる ずず‥だが、振り返らない。

源左衛門「旅に疲れたら、いつでも帰ってこい。

俺たちはここにいる。

何か、力になってほしいことが出来たなら
誰に頼むよりも前に、俺のところへ来い」

ずず「兄ィ‥」

源左衛門「今は名を持っている‥俺は、源左衛門。

ずず、帰る場所があることを忘れるなよ」

ずず「へい‥ありがとうございやす」

ずずは去っていく。

メアリー「いいのかい‥あのボウヤ、生きてるものやら死んでるものやら
それすら わかりっこない人間を捜して‥いつまで旅を続けんだろうねぇ。

長い間旅を続けてさぁ、テメェの楽しみなんざ
どこかへ捨ててきましたってツラぁしてるじゃないか。

張って張って‥そうやって、張り続けた意地と決意も
いつ切れたって おかしかぁない‥あぶなっかしくて見てらんないよ」

源左衛門「それはつまり‥心配しているということか」

メアリー「ち、違うよっ。

あたしゃ、ただ‥もぅ、おまえさんったら」

畳をポンと叩いて、メアリーは照れくさそうにしながらプッと頬を膨らませる。

源左衛門「はははは、すまん。

そうだな‥このままで いいはずがない。

根無し草は辛すぎる。

俺は、生きる意味を求めて さすらい‥ついぞ、その意味にはたどり着けなかった。

旅で出会った一人の少女‥マリナの明日を守るため
死を覚悟した時‥俺の目の前には、伝助や総右衛門‥そして満優さまがいた。

差し出されるその手に、俺は生きる意味を見いだした‥

もちろん、母に会うことも、兄弟に会うことも大切だろう。

だがその前に、ずずがこの世に生まれてきた喜びを感じれぬまで疲れ果て
それで生きていると言えるのだろうか‥俺は、言えぬと思っている。

アイツには、翼を休める場所が必要だ‥

伝助、総右衛門‥大切な仲間たちや、惚れた女房と暮らしている今だからこそ
俺にはそのぬくもりの大切さが、ようくわかる。

アイツにも、生きているんだと心の底から喜んでもらいたい‥メアリー」

メアリー「あいよ」

源左衛門「俺に力を貸してくれ」

メアリー「水臭いねぇ。
貸してくれってなんだい‥爪だろうと尻尾だろうと、たとえ あたしのヒゲ1本でも
全部、おまえさんに預けているつもりさ。

遠慮はいらないよ、どぉんと使いなね」

源左衛門「メアリー‥ありがたい」

ごん「ぶっひぶひぶひ!」

ねん「うんもんもんも!」

メアリー「2人も手伝うってさ‥おまえさん、ボウヤを助けようじゃないか」

源左衛門「ん!」

源左衛門は力強く頷き、部屋を出ると
まず伝助に今までのワケを話し、助力を頼みに行った。
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