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□贄
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※想望三國志第伍計―夏候惇(発売前)の酷い妄想
連れてこられた女は、麗しい人間だった
美しい黒髪、それをたっぷりと蓄えながらも、結いもせず。俯く目元は暗い、前も見ず足を運ぶ度に手枷がガチャガチャと小さく音を立てる
曹操の前に現れ出た
「かの国より買い付けた一品にございます、どうかお納めください」
下級の家柄の者が曹操との繋がり欲しさに献上してきたもの。
名声が高まりつつある昨今、ここぞとばかりに献上品を差し出そうとしてくる。曹操はそれを多少なりとも煙たがった
その中には、珍しくはないが"人間"を献上してくる者もいた
「反抗もせぬ大人しい気性故、何卒ご自由にお使いくださいませ」
女は抵抗しないよう仕込まれたのであろうが、身体の端々は小刻みに震えていた。一目で分かるくらい怯えていた
曹操は他の誰にも聞こえないような声で独り言を呟く
「夜伽には使えそうだな」
その言葉通りに女は、見目を買われ夜伽の役を仰せつかった。それも位の高い者たちを相手に、離れた室に連れられた。飼われていると言っても過言ではない
夏候惇はその女が気になった
異国の者故か言葉らしい言葉を発しない。言葉の意味が分からないから発しない。発すれば殺される、そう思っているのだろうと噂された
もしそうであるなら口を開かせ、声を出させたい。嫌がる声も、全て。いつからかそう考えていた
仕事を終えた夜にその機会は巡ってきた
夜伽だ
「…」
『…っ』
扉を勢いよく開けた。小さな室だ
灯りが一つ、寝具が置かれているのみ。その寝具の上で女は項垂れるように座り込んでいたのだろうか。頭は深く俯いていたが、夏候惇の姿を見た途端に表情に怯えが見えた
『…』
女は黙って額を寝具に擦り付け跪いた。そうするよう教えられたのだろう。
固く握られた拳は酷く震えていた
「顔を上げろ」
『っ』
びくりと身体が揺れた。
言葉の一つ一つに怯えていた。恐怖からなのか一向に動きを見せない。
気が短い夏候惇はずかずかと近付き頭頂部の髪を鷲掴んだ。女の瞳がより一層酷く揺れる
「顔を上げろと言ってるだろ」
『…っ』
「ッチ…そういえば言葉が通じねえのか」
そうならば、もう何も考えることはない。
はだけていた肩を掴み、力のままに組み敷いた。女の息を飲む音が鮮明に聞こえた。身体の震えが増したことに妙な気持ちになる。女の水の膜を張った瞳には一体自分がどのように写っているのだろうか、夏候惇は好奇心に疼く
「俺に、お前の声を聞かせろ」
喉に人差し指を宛がう素振りで女は何かを理解したのだろうか。首を僅かに横に振った
「ハッ…嫌がっても無駄なことくらい分かるだろ」
『…っ、っー…』
声を出そうと口を必死に開閉してはいるが擦れたような音しか聞こえてこない。まるで、壊れた琴を弾いているようだった。掴みどころのない音が耳を掠める
「…お前」
『っ…、…』
「声が出ねえのか」
声を出さないのではない。出せないから何も言わなかった。案外真実とはつまらないもののようだ。
もしそうなら他の者も声を出させようと様々なことを仕掛けているだろう。怯えきった女はガチガチと歯を鳴らしていた
「なんだ?声帯を取られたのか?」
首回りをするすると撫でるが、特に傷らしいものも何もない。精神的なもののようだ
「心まで恐怖したのか」
『…、…』
「何にせよ、声が出ねえのならつまらん」
萎えた、と一言発すると同時に覆い被さることを止めた。寝具にどっかり座り込むと女は予想していなかったことに狼狽えた。
夏候惇は見兼ねて己の隣を指差した。座れという意味であることがなんとなく分かったのか女は恐る恐る身体を起こす
「声が出ねえというのは厄介だ」
『……、』
「だが飼い慣らしていくというのは面白そうだ。なあ?」
『っ…』
「…言葉も通じねえのも面倒だが、それはそれで愉しめそうだな」
逃げないようにと施された足枷がジャラと鳴った
これもまた面白味の一つだと引っ張り上げる。顔が強張っているのを見て、また喉の奥で笑った
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