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□後朝の夢
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※新撰組血魂録勿忘草第六巻―永倉新八(track12)の手前のとても短いお話








目の前に小さな鳥がいる

真っ白な世界に、自分と小さな鳥

見合い、見合って、小さな囀りが聞こえたかと思えば、その小さな翼にどのような力があるのかと思うくらい、勢いよく飛び立っていった

待ってほしい、瞬間的にそう思った

ぐんぐん天へと上る鳥に、届きもしないのに手を伸ばした

伸ばさなければいけない気がした




















「…小鳥ちゃん?」




大空に飛び立つ鳥の夢を見た。
こんな時普通な人であれば何を連想するのだろうか。新たな生命の誕生、平和の象徴、恐らくは何かしら良いことを想像するだろう

昨夜は何か上手く寝ることが出来なかった。朝早くに布団から抜け出し、朝市へ食材を求めた。朝餉を食べてもらうためだ。
旅籠の女将に火を貸してくれるよう頼み、味噌汁から御浸しまでの出来るだけのものを作り上げた。起こすにはまだ早いと思い、永倉はこの旅籠の大黒柱であろう巨大な柱に凭れてひと眠りしていた

そして目を覚ませば、味噌汁は煮詰まりかけていた

どくり、身体中の血が廻った。
心の臓の辺りを強く握りしめる。
激しく胸騒ぎがする

小鳥が自分の手から飛び立つ夢、それは昨夜愛し合った女性のことを安易に揶揄しているように思えてならない。
もう治らない病、明らかに衰弱していっているのが目に見えて分かった。自己で眠り落ちることも我慢できないくらい体力が落ちていた。食べる量も減少してしまい屯所にきた当初よりもかなり体重が落ちた。もう、もち堪えることはほとんど出来ないだろう




「(なんで…お前なんだろうな)」




何故、他の者がこの病にかからなかったのか。何故、彼女でなければならなかったのか。いっそのこと自分に降りかかってくればよかったものを、何故、何故

何故、こんなにも愛しているのに




「(確実に俺より先に…)」




逝ってしまうのだろう

ぽたり、ぽたり、死の雫が彼女に滴っている。
浸透していく濁った雫が彼女を蝕んでいく

代わりになれない自分が腹立たしい。いくら剣術に自信があってもいくら強くてもいくら度胸があっても、それに代わることができない。彼女にぴたりと寄り添う醜いものが憎くて憎くて仕方がない

神も仏もいないとは思う。ただ、どうかどうか。未だ彼女を天に連れて行くのは止めてくれと、居もしない相手に頼みこむしかなかった




「(大好きだ、小鳥ちゃん)」




きっと目を覚ました彼女に開口一番、愛を囁くのだ

本当に好きだと気付くまでの所業を赦してくれと言うつもりはない。ただ、あと少しの時間を出来る限り一緒にいることがせめてもの償いだと思う

これは、自分勝手だろうか

そうでないことを祈る






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