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□流星成就
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※新撰組血魂録勿忘草第四巻―土方歳三(track12)以降の妄想のお話
「…」
「…」
「…」
「歳三、少し落ち着きなさい」
「分かってる」
「分かってないから言っているんじゃないか…」
出産時、男とは何も出来なくなるらしい
そう他人から聞いたことがあった。何をしたら良いのか、どうすれば良いのか、本当に分からなくなり、女手方に任せる他ない。出産をする者にとって産婆と出産の経験のある女手だけが頼りになる
廊下に放り出された土方も、正直そう思った
「しかし…ここまで無力なのか」
新たな生命の息吹と共に、己の愛する者の生命の消失とを同時に感じなければならない。もしくはどちら共の消失をも念頭に置いておかなければいけなかった
身重に関わらず普段通りに家周りの仕事をしていたことには流石に肝が冷えた。何度も止めるようには言っているのだが彼女は止めようとはしなかった。その最中に産気付いたのだから堪ったものではなかった
「寿命が縮むだろう?」
「…ああ」
「女とは…こういういざという時に異様に肝が据わっている」
「ああ。…もしや義姉さんの時も?」
「似たようなものだ」
義理の姉の提案によって一時的に兄夫婦の家に身を寄せていたが、そうでなければ彼女が産気付いたことに誰も気付くことが出来なかっただろう。夫婦の契りを交わした後でもこんなにも手が掛かるとは思いもしなかった。正直金輪際こういったことは止めて欲しい
襖越しに彼女の今にも死にそうな声が、恐ろしい痛みに耐える悲鳴のような声が土方の耳を押し通っていく
「…つらいな」
「だろう」
「祈るしかないのか」
「今はそれが最善の慰めになる。無事を願ってやりなさい」
心を落ち着かせ、目を静かに伏せた
この行為が以前彼女と共に祭りで見た、流れた星に願う素振りと同様であることに気が付いた
「(夜空ではないが、今しかあるまい)」
あの時と同じく、星に願った。無事であるように、己の生きる道と違わぬように願った
「歳三、良いですよ」
「さあさ、傍に居てあげなさい」
義理の姉と産婆が襖を静かに開けた。
産声を聞いてひと安心した後に次いで彼女の無事に対する不安が募った
襖の向こうでは汗だくになった彼女が横たわっていた。産まれた赤子を産湯に浸けるためか、気を遣ってか二人きりにしてくれた
「…大丈夫か…?」
『とし、ぞうさん…』
「…よく、頑張ってくれた」
『…としぞ、さん…私、』
「ありがとう…本当にありがとう」
生きていてくれたこと、自分たち二人との間の子を生かしてくれたこと。そのどちらにも感謝した。女とは時に男よりも生きる力が発揮される
目尻から涙が溢れた。新撰組解散以来久方ぶりに流れた涙が、歓喜から来るもので本当によかったと思う
男の己には成し得ないことを彼女がやり遂げてくれた
「産湯が終わりましたよ、さあ母親のあなたがまず抱いてあげなさい」
『…ぁ』
手を弱々しく伸ばす彼女の手助けに、土方は赤子を一緒に抱いた。
それは小さな小さな存在であるのに確かに生きているのだと実感する温もりだった
「その子は女子でしたよ、きっとあなたに似るでしょう」
『…かわいい…』
「ああ…可愛らしいな…」
涙を浮かべる彼女と新たに家族の一員になる我が子の重みをひしひしと感じた瞬間だった
そしてこの命が己のみのものではないのだということをより一層噛み締めた瞬間だった
今回の妄想話を書くにあたり、このシチュエーションCDのテーマとして「もしもあのとき、あの人が生きていたら…」というものだということを思い出し本来ある筈のない土方歳三さんのその後の生活を書いてしまいました…。
勿忘草シリーズの土方歳三さんが父親になったらきっと厳格で、それでいて親馬鹿まではいかないけれど我が子をとても大切にされるんじゃなかろうかと思いました。お目汚し失礼しました…
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