Short Novel
□黒い誘惑
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一人台所で鍋を前に立っている細い背中は酷く寂しげだった。
俺はあえて気配を消さずにその背中の後ろに立った。
「・・・兄貴。」
「やぁ、どうしたんだい人識?珍しいじゃないか。お前が態々話しかけてくるなんて。」
いつものように調子よく、笑顔で陽気に答えているつもりだろうが、目が表情と言葉を裏切っていた。
それをみて思わず口端が上がりそうになる俺は相当性格が悪いだろう。
何故なら俺はそれを待っていたから
目の前にいる兄貴を手に入れる最高のタイミングを
だから俺はあえて兄貴が聞かれたくない言葉を言った。
兄貴の傷ついた心をさらに抉るだろう言葉を
「なぁ、兄貴。大将は何処に行ったんだ?」
「えっ・・・・・・」
「兄貴?」
全てわかっているのにわざとらしく聞き返す俺に兄貴は悲壮な表情をさらに悲しげな、寂しげな表情に変えた。
「ぁ、アスは・・・アスは用事が出来たから、出かけたよ。」
「ふ〜ん・・・こんな時間から?」
「っ・・・そう、だよ。」
兄貴は気づいていないだろうが、かなり泣きそうな顔をしている。
はっきり言って、大将を想うその顔にムカついたがそれ以上にゾクゾクとした。
これからこの顔も自分の物になるのかと思うと、苛立ちに満ちた心にも余裕が出てくる。
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