novel2(BL book)
□除夜の鐘
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除夜の鐘
雪は深々と降り続け、寒椿の赤い花弁を隠していく。
全てを飲込んだような静寂にからり、とグラスの中の氷だけがオレに語りかける。
深い山間にある隠れ家のような宿。
オレの数少ない気に入りの場所だ。
部屋の窓辺に置かれている籐で編まれた椅子に腰掛け、洋酒の入ったグラスを傾けて外の景色を眺める。
外は雪明りで明るく、括り付けられてその場所を照らしているランタンの炎はあまり目立たない。
暗闇にぽつり、ぽつりと柔らかく光る橙色の炎も好きなのだが、全てを白に染め上げるこの雪景色もまた、趣があっていい。
もうすぐ厳かな鐘の音が聞こえてくるだろう。
それともこの白銀に吸い込まれ今夜はあまり聞こえないだろうか。
だとしたら少し残念だが、この景色がオレを・・・
「ぐおーッ!ふんがーッ・・・」
・・・・・だとしたら、少し残念だが、この景色が・・・
「ぐがーッ!・・・ぶっ、クク・・・」
「起きてるのか、飛段?」
「・・・んがーッ!ぐごーッ!」
・・・からり、とグラスの中の酒を一気に飲み干して、オレはまた外に目をやる。
寒椿に降り注いでいく白い雪が・・・
「くくッ・・ぐお・・ゲハ・・・」
「・・・起きているんだろう?飛段」
「ぐ・・おー、寝てるー・・ぐおー!」
「起きてるだろうが!」
その言葉をきっかけに飛段はがばり、と起き上がり布団を被ったまま、ずるずると引きずってオレの背後から抱きついてきた。
「・・・鬱陶しい」
「寒くねーの、角都?身体、超冷てェ」
後から自分とオレを包むように布団を回されグラスを置いた。
その動きを見ながら、飛段はくくくッ、と笑いを漏らす。
「・・・さっきから何だ」
「角都さァ・・今、自分の事、超かっこいいとか思ってたろ?部屋ん中クソ寒いのにさー、暖房も入れねーでデカいロックアイスの入った酒なんか窓辺で飲んじゃってさァ。自分に浸ってたろ?」
「そ、そんな事思ってる筈無いだろう!」
今にも吹き出しそうな顔をしている飛段に腹が立つ。
「またまたァ!絶対、自分で自分の事カッコいいとか思ってるって!」
とうとうゲハハ、と煩く笑い出した飛段の横っ面を一発殴ろうか、と思った矢先に微かな鐘の音が聞こえてきた。
「あー!角都ゥ、これって除夜の鐘?」
「ああ」
鐘の音を聞こうと煩かった飛段が黙り、静寂が戻る。
背中には飛段の温かさだけが染みてくる。
時が柔らかく過ぎていく。
何度目かの鐘の音を聞いてから飛段は先程とは打って変わって静かに話し出した。
「角都、オレさ、この鐘の音って結構好きだ。今までまともに聞いた事無かったけどこうやって、角都の身体に触れながら静かに鐘の音を聞いてると、永遠に過ぎて往く時間の中に取り残されるのも角都と二人ならいいや、って思う」
「・・・そうか」
「うん・・・」
背中にある温もりが少しもどかしくなって手を伸ばして前に遣り、今度はオレが飛段を抱きしめる形になる。
飛段がそっとキスをねだってきたので答えてやった。
口唇が離れるとニイ、と悪戯に口角を上げ、
「オレ、角都が恥ずかしいナルシストでも気にしねーから」
と、またゲハゲハと下品に笑い出したので、やはり左頬に一発お見舞いしてやった。
それから煩く文句を言っていたが、飛段の織り成す様な喧騒は案外心地良いという事に今更気付き思わず口元が緩む。
「また、来年もこの宿に来るか」
「マジでェ?!来る!絶対に来る!」
耳に遠く響く鐘の音。
愛しき喧騒の全てに触れたくなり今度は強く抱き寄せる。
外では寒椿に積もった雪がとさ、と落ちて、赤い花が白に飲込まれた世界に一つだけ色を付けていた。
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