novel2(BL book)

□flower
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「いらっしゃいませ」

角都のマンションから程近い、裏通りにある落ち着いた雰囲気の居酒屋。
金曜日以外にも気が向くと二人で立ち寄るこの静かな店も、週末はやはり賑わっている。
一番奥の目立たない席に着き注文を取りに来た店員に連れが来てから、といっておしぼりだけを貰う。
頬杖をついて、空いた方の手でおしぼりを意味も無く丸めながら店内の様子を眺めていた。
赤い顔をして若い部下らしい男にくどくど説教するサラリーマン。
テーブルの上で片手を繋ぎ微笑みながら可愛らしい色のカクテルを飲むカップル。
カウンターで一人しかめっ面をしながら箸でつまみをつつく初老の男・・・。
どこのテーブルもそんな面白くもない客に埋め尽くされていた。

「(つまんねーの)」

そう思い、溜息を吐くべく息を吸い込んだ所へがらがらと店の古い引き戸を開けてパサパサした見慣れた黒髪が入って来た。

「角都!」

少し声を張り上げて呼ぶと、角都はネクタイを緩めながらこちらへ歩いて来る。

「すまん、遅くなった」

「マジ遅ェよ!超腹減ったァ!」

駄々をこねる子供の様に角都に言ってやる。
ホントは、腹なんかよりこのつまらない空間に角都が来ただけでオレの世界は明るくなって幸せだったけど。

「先にやってても良かったんだぞ」

角都が上着を脱いでオレの向かいに座った。
角都の言葉に思わず視線を落す。

「なんだよ・・待ってちゃいけねーのかよォ・・・」

「そうじゃない。ただお前が・・」

「や!いい!いいって!!角都の説教は今聞きたくねェ!」

「説教ではない。腹が減ったとお前が言うから・・」

「分かってるよ。でもオレ、待ちたかったんだよ角都を・・・分かれよ、なァ」

「ああ、分かった。だが飛段、」

「何ィ?」

「・・・いや、なんでもない」

最近よく角都はこうやって話を途中で止める。
オレはこれが凄く、怖い。

「あっそ・・・」

目を逸らしたまま、小さな声で返事とも言えない返事をした。

「・・・腹、減ったんだろう?何が食いたいんだ?またいつものスペアリブか?」

「え?ああ、うん」

一瞬の間はあったものの、いつもの角都に戻りオレはホッと胸をなでおろす。

「それと、ほら角都がこの間飲んでたやつ!あれ飲みてェ」

「剣菱か?あれは日本酒だぞ。お前はビールやチューハイの方がいいんじゃないのか?」

「んー・・じゃあビールにする。あのライム入れるやつ。後でデザートも食っていい?前に食ったアレ・・えーっと、チョコのアイスクリーム!」

「・・ゲンキンなやつだ」

角都の心を探るように、自分の気持ちを隠すように、わざと元気に笑いかけ角都と一緒に食ったものを一所懸命思い出し、角都に伝える。
きっと角都はそんなオレなんかとっくにお見通しなんだ。
それでもそんなオレに乗ってくれる。
後ろめたい気持ちもあるが、それでも普通に接してくれる事は嬉しい。

本当は角都が何を聞きたいのか分かってる。
オレは知らない振りを続けているだけ。
あとどれだけこの振りを続けるのか・・・。
出来ることなら最後まで。
無理、かなァ・・・。

笑って下らない話をしながら、テーブルの上の料理を平らげ三杯目のチューハイをを飲み干すと角都は店員を呼んで勘定を済ませた。
オレは少し飲み足りない気がしたが、角都が帰るというならそれに従う。
角都のいう事を聞いて角都に従うのはオレにとって気持ちイイ事の一つ。
なんか、嬉しいんだ。

引き戸を開け外へ出る。
雨は止む気配も無く大粒な水玉を暗い夜の街に落している。
オレは自分の傘を開かずに角都の傘に入ってそっと腕を掴んだ。

「なんだ?」

「いやァ・・誰も見てねーし、こうやって歩くのもいいかなァってよ」

「フン」

角都は鼻を鳴らしただけで、何も言わなかったからオレは先程より少しだけ傍に寄って腕を絡める。
そのまま角都が歩き出したので一緒に歩く。
雨の匂いと角都の体温。
角都はスーツを着てたから実際は体温なんか感じられなかったかも知れないんだけど、オレはとても温かかった。




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