novel(夢book)

□無題
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タトエバ、朽ち果てた石膏のオブジェのように音を立て粉々に割れてしまえたら。
タトエバ、何千年という月日を深く暗い海の底で骨だけ残し溶けてしまえたら。
タトエバ、光に向う羽虫のように瞳を潰し業火に巻かれてしまえたら。
タトエバ、まるで笑い続けるピエロのように心を殺し続けたら。

そこに、君は、いるのかな?



かち、かち、と何もない部屋に時計の針音だけが響く。
その音にはっと顔を上げた。
真っ白いシーツを頭から被り、縮こまって部屋の隅に隠れるようにして眠る。
もうずっと、そうしないと眠れないのだ。
のろのろと立ち上がり、転がったペットボトルを拾い温くなった水を身体に流し込む。
気持ちの悪い水はそれでも僕の脳みそを目覚めさせてくれた。
「おはよう」
僕は笑顔で君に朝のあいさつを。
まるで聞いてないような、けれどそれも予定調和だと言いたげな君のピンクの唇がふと、綻んだように見える。
「よく眠れた?」
「・・・・・・」
「ああ、床で眠るのはつらいよね。気付かなくてごめん。今日、ベッドを買ってこようか」
「・・・・・」
無口な君を見るのはもう慣れてる。
「・・・まだ、行かないよね?」
不安を口にすると手が震えた。
「僕も一緒にいける方法はないのかな・・・?」
「・・・・・」
答えるはずもない君に毎日何度も語りかける。

昨日も、一昨日も、その前も。
明日も、明後日も、その後も。

君の身体が消えてなくなるまで。ずっとずっとそれは儀式のように続くだろう。


何故なら、僕は、死ぬことができないから。


君と一緒に時を刻むことは出来ても、君と一緒に時を終わらせることは出来ない。
何故?そんな事はもう考え飽きた。
どんなに考えた所で答えはないし、朽ちない身体。

どこまでいっても僕一人。

部屋の窓をそっと開ける。
緩やかな春の風が僕の思い通りに君の髪を揺らしたので可笑しくなり、少しだけ笑った。
「髪・・・、真っ白になっちゃったね」
「・・・・・」
「手も・・首も・・・顔も・・・」
そこまで言って言葉が止まる。
君の皺とシミだらけの頬をそっと撫でた。

骨と皮だけの、動く事すら出来ない君。

そんな君が僕の掌に甘えたように見えて嬉しくなった。
それがたとえ幻覚だとしても、君はまだ僕と共に在る。

「まだ・・・行かないよね?」
震える声で何度も問う。

ずっと一緒に居た君。
消えて無くなる君。

その姿は最早ただの老婆でしかなくとも。
何度も言うよ。

「愛してる」


タトエバ、タトエバ、タトエバ。
数え切れないほどの仮想。

君は、そこに、いるのかな?

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