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□未完成の肖像画
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君の為に描いたあの絵は完成することなく消えた。



面影だけを残して―…










中2の時、さくらと同じクラスになった。




「竹内ぃ、早くやっとけよ」


「本当にトロいんだからー」


「ごめんなさい…」





俗にいう『いじめ』というもので、聞くところによると中1からいじめられているようだ。



理由は特に無いけれど、首謀者が大手企業の社長の娘らしい。



俺は権力を振りかざす奴が嫌いだった。



だから、さくらの手助けをした。




「竹内さん、落ちたよ」


突き飛ばされて落ちたノートを拾ってあげた。



さくらは驚いて、そして目を合わせずノートを手にした。



「ごめんなさい…」



本来なら『ありがとう』と言うべきじゃないか?


あぁ、この子は知らないんだ。



『ごめんなさい』という言葉しか。





「竹内!掃除やっといてねー!」



いつものように掃除を押し付けられるさくら。



だから俺も手伝うことにした。



さくらは俺の行動に困っていた。



「寺伝くん…なんで?私やるからいいよ」


「二人でやったほうが早いじゃん」




さくらはその言葉に驚いて、険しい顔をした。



そして声を震わせて言った。




「もう嫌なの。どうせ寺伝くんも私を見捨てるんでしょ?なら初めから優しくしないで。近付かないで」




涙を浮かべて、俺を見つめて。



眼鏡の奥のその瞳が綺麗だったのを覚えてる。



助けたいと思った。



笑って欲しいと思った。



だから、彼女の不安を取り除く為に毎日なるべく一緒にいた。




俺がさくらの傍にいると、いじめはなくなった。



校内で権力があるのは俺だったから。



寺伝グループといえば誰も手を出さない。



つまらない環境。




「竹内さん、ちょっと寄り道してこう」


「寄り道?」





眼鏡をかけてる彼女の奥にある瞳がいつも哀しそうだった。



だから彼女を改造することにした。



「え!?メイク?」


「そう。竹内さん綺麗な顔してるんだからさ、変身しよう」



学校帰りにお気に入りの河原に行って、化粧をしてあげた。



「竹内さんさ…コンタクトにしたら?」


「この眼鏡…度は入ってないの…」



聞けば、さくらの視力は良いらしい。



眼鏡をかけてるのは、眼鏡の先にある現実は現実じゃないと思い込むため。



いじめの恐怖を受け入れたくないから。



「ねぇ寺伝くん、絵は描いてないの?」


「え?あぁ…今度出展してもらうよ。俺が絵を描いてるの知ってるんだ」


「美術館とか好きなの。寺伝くんの絵は優しいから大好き」



笑顔で俺を見つめる彼女が可愛くてたまらなかった。



さくらは凄く綺麗になった。



ずっと傍に居て守ってやろうって思った。



その時に父親から転校の話を聞かされた。



父親には勝てない。



「転校か…」





さくらは綺麗になって、周りのクラスメイトも彼女に優しくなるようになった。



彼女は嬉しそうだった。



これならさくらを置いて安心して転校できる、ってそう思えた。



転校してから、たまに彼女と連絡は取っていた。



さくらの誕生日に彼女の肖像画を描いてあげることにした。



俺の絵が好きだというから。



写真を見て、彼女を描いて。



そんなとき彼女から「今すぐ会いたい」とメールが入った。



絵が完成してないこともあって、『しばらくは無理だよ。来月会おう』って返した。



来月さくらの誕生日だったから。



さくらから会いたいなんて今まで言ってきたことないのに。



気付かなかった俺は最低だ。




次の日の昼休み。



中学の同級生から電話が入った。



あまりにも突然で、信じがたい一言だった。








『竹内が自殺した』











俺がいなくなってから、彼女はまたいじめにあったらしい。



俺の家の次に権力を持ってたやつが首謀者だった。



そいつは権力を使って、さくらの家庭を崩壊まで追い込んだ。



許せなかった。



授業なんて無視して中学へ乗りこんだ。



その首謀者を見つけて胸倉を掴んで壁に押し当てた。



こいつが女だろうが容赦しないと思った。



「じ、寺伝くん…」



震える声がより一層怒りを煽った。



彼女は…さくらはいつもどのくらい震えてた?脅えてた?



「俺だって権力使えばアンタなんて簡単に潰せるけど?」



周りで見てた生徒も教師も俺を止めようとはしなかった。



権力があるから近づけない。



所詮そんなつまらない学校だった。



「そんなことしないけどね。俺はアンタと違って権力使うの好きじゃないから」



そう言って帰った。



あの日は雨が降っていたのを覚えてる。



彼女が死んだという事実を受け止めたくはなかった。



雨の中あの河原に向かった。



あの日、ここでさくらの笑顔を見た。




なぁ、さくら



なんで散ったんだよ―…



「なんで…」




雨の中偶然車で綾くんが通りかかった。



「洸弍!?お前どうしたんだよ!びしょ濡れじゃねぇか」


「綾くん…」



綾くんに全てを話した。


さくらを守れなかったことをありのまま。



「そうか…辛かったな。葬式行ってやれよ。別れの挨拶してこい」







図々しくも葬式に参加させてもらった。



完成することのなかった彼女の肖像画を棺に入れた。



手首を切って自殺した彼女の顔はまるで寝ているように綺麗だった。



「寺伝さんですか?」


「はい」


「これ…」



さくらの母親が俺に携帯を差し出した。



さくらの携帯だ。



「未送信済みメールに寺伝さん宛のものがあるんです」









寺伝くんへ


どうして人は平等じゃないのかな?人ってなんなんだろう。
私のせいで親にまで迷惑かけちゃった。もう疲れた。限界だよ。
寺伝くんに会えてよかったよ。あんなに優しくしてくれてありがとう。

でも私は弱いから、もう寺伝くんに会えないよ。
最後に会いたかったな。
私なんかに幸せの時間をくれてありがとう。
さよなら。










涙が、止まらなかった。



なぜあの時、会ってあげなかったんだろう。



彼女からのメッセージを見落としたんだろう。




悔やんでも悔やんでも悔やみきれなかった。




「さくら…」



それから契約を切られた彼女の家の会社は、兄貴が父親に頼んで寺伝グループと契約を結んだ。



あの日から絵を描くのを辞めた。



今でも雨の日は嫌い。



過去が蘇る。



俺を不安にさせる。




守ってやれなくてごめんな―…






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