小説

□咲愛《槞唯side》
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助教授になって3年目の夏、



夏なのにまだ肌寒さを感じる日だったのを覚えている。



マンションのインターホンの音で目が覚めた。



研究のレポートの締め切りにおわれて、徹夜が続いているせいで体が重たい。



だから居留守を使おうと再度眠ろうとした瞬間、




『足利槞唯さんですか?雪春さんに言われて来ました』




久しぶりに聞く友人の名前で目が覚め、重たい体を起こして慌ててドアを開けた。



そこには荷物を持った少年がいた。




「僕は神城浅希と言います。よろしくお願いします」



とりあえず部屋に上げて、事情を聞いてみた。



「神城に言われてってどういうことだ…?」


「手紙を読んでいただければ分かります」




そう言って少年は俺に手紙を渡す。



神城から手紙?


いや、死んだはずだ。


生きているなんて有り得ない。



そう思い手紙を開封した。



そこには懐かしい神城の字体で文章が書かれていた。






ルイへ


急遽アメリカに行くことになった。
浅希は連れて行けないから帰ってくるまで浅希の面倒を頼む。
宜しくな。







「…アメリカ?」


「はい。雪春さんはアメリカの大学で心理学の研究があるとかで。しばらくの間ですがお世話になります」



本気で言ってるのか?



神城は死んだはずだ。



しかしこの字は神城の字体で間違いない。




「僕、家事は得意なのでやらせてください」





やはりこの声、この顔は間違いない。



1ヶ月前、火事の現場で叫んでいた少年だ。



寝起きのせいもあり、頭が混乱する。



浅希は神城が死んだことを知っているはずだ。



なのになぜ、神城の書いた手紙がある?




誰かに事情を追求するべきか?



確実にこうなる経緯があるはずだ。







「宜しくお願いします、足利さん」






混乱していた頭が、浅希の笑顔によって一瞬に吹き飛んだ。



同時に神城の言葉が蘇る。





『俺が死んだら、浅希を頼む』





神城はもういない。



いるはずがない。



守れなかった後悔がずっと自分を纏っていたから。



だからチャンスだと思った。



浅希の笑顔を守ることが使命なのだと。




「ルイでいいよ浅希」


「はい、ルイさん」





不思議な出会いで浅希と共に生活することになった。







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