小説

□咲愛W
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『メッセージが1件あります―……』



電話越しの父親の声を何度聞いたか。



『ルイ、私だ。またお前の研究が評価された』



留守番電話に残されたメッセージ内容は決まっている。



『スペインの大学がお前を欲しがっているんだ。いい返事を期待している―…メッセージは以上です』





評論家でありスペインの大学教授である父親から、こうして度々連絡がくる。



日本でやりたいことがあるから、という理由でスペイン行きをいつも断る。



ただでさえ気を使うのに、父親と同じ空間に行くなんて吐き気がする。



一人でいるのが楽なんだ。




「ルイさん、おはようございます」



けど今は―…




「おはよう、浅希」




二人でいることが心地良い。



浅希を置いてスペインに行けるはずが無い。



モデルをしている以上、スペインに連れて行くのは論外。



この空間がベストなんだ。



「今日の夕飯はうちで食べますか?」


「あぁ。会議は午後に終わるからな。行ってくる」


「分かりました。気をつけて」



浅希が用意してくれた朝食も、パンを一口だけ食べて大学に向かった。



午後の会議が終わるまではハードスケジュールだ。



1限と2限の講義を終えてから、ゼミの生徒とヒヤリング。



そして15時から会議。



故に昼休みは潰れる。



こんなことも日常茶飯事だ。




「あれ?ルイちゃんカフェテリア行かないの?」



2限の講義が終わり研究室へ向かおうとした時に、廊下を歩いていた雅鷹さんに声をかけられた。



「今から生徒とヒヤリングなので」


「働くねぇ。感心感心」



あなたに感心されても…などとは言えない。



雅鷹さんはカフェテリアに足を運んだ。



昼食をとる時間は無いので、自販機でコーヒーを買った。



「またコーヒーですか?」



誰かにそう言われ振り返ると、その人物は今からヒヤリングをする生徒だった。



「早いですね石川君」


「分からないことがたくさんあって早くきてしまいました…迷惑でした?」


「いえ。構いませんよ」



石川君は嵐と同じ学科にいるものの、どうやら生物学や物理学に興味があるようだった。



得意なジャンルなので、こうしてよくヒヤリングをしながら今後について語る。



気が付くともう2時間が経過していた。



「もうこんな時間ですか。あと1時間後に会議が…」



そう思い、鞄の中から書類を取り出そうとした。



今日使うはずの資料を封筒に入れて持ってきたはずだ…



「足利先生?」


「まさか…資料が家に…」



浅希は今日カウンセリングが午前中にあると言っていた。



もう家に帰ってきてる時間だろうか。



慌てて電話をかけた。



浅希は家に帰っていて、資料もやはり家にあるようだった。



『僕は用事が無いので、タクシー使って大学まで届けに行きますか?』


「そうしてもらえると助かる。15時から会議なんだ」



車で家に帰っても、時間がギリギリになってしまう。



今回のプレゼンは失敗出来ないから、浅希の言葉に甘えた。



『じゃあ今から向かいますね』


「ついたら連絡してくれ」


『はい』



電話を切り、ため息をついた。



まさかこんな初歩的なミスをするなんて情けない。



浅希がいてよかった。



「足利先生って実家暮らしなんですか?」



石川君が不思議そうな顔でこちらを見た。



「いえ。実家ではなくマンションに住んでいますが、同居人がいます」



そういえば浅希と暮らしてもう1年が経つのか。



あれから1年。
早いものだ。



30分ぐらいしてから、研究室のドアをノックする音が聞こえた。



浅希だと思ったら、よく知っている金髪の方だった。



「ルイちゃん、迷子の迷子の子猫ちゃんを連れて来たよ」



その後ろに浅希が見えた。



「ありがとう浅希」


「いいえ、役に立てて良かったです」



近寄り、資料を受け取った。



「ルイさん、夕飯に何か食べたいものはありますか?」


「…米かな」


「あはは。範囲広いですね。分かりました。じゃあ僕は帰ります」



そして浅希は研究室を後にした。



やはり今はこの空間がベストだと感じた。






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