小説
□咲愛X≪槞唯side≫
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父親にスペイン行きの返答をすると、喜んでいた。
自分の評価が上がるからだろうけれど。
宮本はプライベートのせいであと1ヶ月ぐらいは精神的に余裕が無いと言っていて、浅希の記憶はまだ消せないらしい。
スペインに行くのは1月。
日本を離れるまであと3ヶ月ある。
浅希とはあと1ヶ月しか一緒にいられないのか。
「浅希、行きたいところはあるか?」
「えっ…?映画も見たいし、あとは遊園地とか、水族館とか。マンボウ見てみたいです!」
「そうか。休みが重なったら行こう」
浅希と思い出を作りたいと思った。
浅希の記憶は消されてしまうけれど、
それでも思い出を作りたい。
自分のために。
「おやすみ」
「おやすみなさい…」
犯された日から、浅希は触れると怯えてしまうようになった。
キスさえも拒まれる。
当たり前か。
だから今は別に寝ている。
抱いてしまえば離れたくなくなりそうだから、
だから、それでいい。
11月になり、スペインに行くまであと2ヶ月となった。
「水族館なんて初めてです!綺麗ですね」
休みが重なったので、浅希と一緒に水族館に来た。
浅希がかなり喜んでいたので、こちらまで嬉しくなった。
「サメの歯って間近で見ると本当に凶暴ですね…あ、クリオネだっ!」
浅希が喜んでいる姿に見とれていると、携帯の着信が鳴った。
ポケットから携帯を取り出すと、宮本からだった。
「はい」
『足利さん、ようやく準備が整いました』
内容の予想はついていた。
浅希の近くでこのやり取りを聞かれるのはマズイと思い、近くの休憩室に移動した。
「ありがとうございます。日程は?」
『俺は明日からでも大丈夫です。足利さんと浅希の都合の良い日で』
「次回のカウンセリングは来週の日曜でしたよね?その日でお願いします」
『分かりました』
電話を切り、煙草に火をつけた。
来週の日曜で全て終わる。
浅希の記憶から足利槞唯という存在が消える。
もう二度と会うことはないだろう。
「ルイさん、こんなところにいたんですね!イルカショー始まりますよっ」
こうして笑いながら共に同じ時間を過ごして、作られる思い出も消えてしまう。
「分かったよ」
浅希の中から消えてしまう。
こうして繋がれている手から感じる浅希の温もりも、
全て過去になってしまう。
それでいいと望んだはずなのに、
こんなにも苦しいものなのか。
温もりが痛く感じた。
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