あん+ネウ
□束の間、『団欒』。
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ふいに視界に入ってきたのは、見知らぬ部屋に、
見慣れない豪華な造りで真っ白なクロスが敷かれたローテーブル。
そのテーブルに並べられていた沢山の料理は、どれもまるで一流のシェフが腕を振るって作られたのかと思う程の出来である。
弥子にとっては正に『夢のような』場所で、彼女はそのテーブルの中央に置かれた椅子にちょこんと腰掛けている事態。
意識が覚醒し、彼女が先ず真っ先に目についたのは、案の定料理であった。
「うわぁ〜っ、どれも美味しそうなのばっかり!」
詳しい立場も分からぬ内から既に、目先の展開に頬を緩ませる弥子。
「いいなぁ〜、食べたいな〜!」
「あはっ、
流石『食いしん坊探偵』って世間で騒がれてるだけあるね」
もう、今すぐにでもその料理達に食い付きそうな弥子を制止するかのように、何処からか聞こえてくる声が、
それまで食欲で完全に頭が一杯であった彼女を我に返した。
「え…?
そ、その声…まさか…?!」
何となく嫌な予感がした弥子が、恐る恐るその声が聞こえた方を向くと…そこには同じく椅子に腰掛けてケラケラ楽しそうに一人で笑う少年―基、サイの姿。
「さ…サイッ!?」
どうしてあんたが此処に―…?!、と言いかけるも翌々考えてみれば、
此処は彼女にとって何の覚えもない場所なだけに…寧ろサイがどうとかいう話じゃなくて、
逆に自分が彼のテリトリーに連れて来られた、と推理する方が自然なのではないか…?と自己完結して口を噤む。
弥子が暫く黙り込んでいると、何を思ったか今度はサイの方から口を開いた。
「ほら、お腹空いたでしょ?沢山あるから好きなだけ食べなよ」
確かに弥子のお腹は正直で、先程から盛大に鳴りだしたものの…何しろ相手が相手なだけに、勧められたからと言って「はいそうですか」
…とは言い難い。
もしかしたら…料理の中に何か良からぬ異物でも混入されている可能性だって、ゼロではないだろう。
そう考えると、先程までただ呆然と『美味しそう』だなんて浮き足立っていた自分が恐ろしく思える。
「や…やっぱり、遠慮しておきマス…」
好物を前にして後退る弥子を見たサイは、割と残念そうに声を上げた。
「そんな連れない事言わないでよ。折角、
弥子に喜んで欲しくて、わざわざアイにも協力してもらって用意したのにさ」
「えっ、
そうだった…の??」
…そういえばアイの方は、料理が得意だった筈。
…という事は詰まり、この豪勢な料理は全てアイの手作りだったという訳だ。
本当に作ったのが彼女だとすれば、話は別である。
―そしてそれから、
まるで今のやり取りを聞いていたかのような絶妙なタイミングで部屋に入ってきたのは、
誰あろうアイである。
「失礼します。」
彼女は真顔のままテーブルの前で軽く一礼すると、
トレーに乗せていたこれまた美味しそうに湯気を立てる黄金色のオムライスを弥子の側に置いた。
「あ、
ありがとうございます…」
アイが皿を置くのとほぼ同時に弥子が反射的にそう呟くと、珍しく彼女は、僅かに口元を綻ばせた。
「大した料理ではありませんが、どうぞ好きなだけ召し上がって下さいね」
「あ…じゃあ、
そういう事なら…お言葉に甘えて…」
頂きます、と苦笑ながらに言葉を返したのを聞くや、彼女は忙しなくまた直ぐに部屋から出ていってしまう。
再び二人きりになった空間で、いざ食べるとは言ったものの今だ手が進まない弥子に代わりサイが、
自分の目前に置かれたハンバーグにナイフを入れて一口大に切り始めた。
「よ…っと、これくらい切ればもう充分だよね?」
そう自身に言い聞かせるような口調で呟いてから、手近に皿の一番右端にある奴にフォークを差し、
それをそのまま隣に座る弥子にずいっと近付けた。
「はい、弥子。あーん」
相変わらずニコニコしながら彼女に食べさせようとするも、
弥子は恥ずかしそうに、右手で近付いてくるサイの腕ごと軽く押しのける。
「いや良いってば…私、
自分で食べられるから…」
と言いつつサイの手からフォークを取ろうと試みるが、向こうもそれに対抗して負けじとフォークを握る力を強くする。
「ううん駄目。
ほら、いいから早く口あけてー」
「…………、」
「ほらほら、そんなに恥ずかしがらなくったって、俺の他に誰も見てないよ」
「で…でも…」
それでも尚一向に引かないサイに、弥子は口をもごもごさせながら目線を泳がせるばかり。
「ほら、早く」
「っ…うぅ…」
有無を言わさない口調に、ついに根負けした弥子が小さく唸り声を上げてから、やがて意を決したようにゆっくりと押さえていた手を離してサイの方を向く。
それに気分を良くしたサイが笑顔のまま「そうそう、あーん」と言葉を続けた。
「…んっ」
「………………」
「…………………」
「…………。」
「よしよし、いい子だね」
暫し無言で頬張ったハンバーグを噛む弥子の頭に手を置き、まるで小さな子供にでも言うみたいにポンポンと優しく撫でる。
「…それで、
味はどう?ねぇ美味しい?弥子」
一通り飲み込んだのを確認してから、嬉しそうに瞳を輝せて弥子に感想を求めると、彼女はぱあっと笑顔で口を開いた。
「お…美味しいっ!!」
「これ、すっごく美味しいよ!流石アイさん!」
弥子が絶賛すれば、別に彼が作った訳ではないものの、その場にいないアイの代わりにサイが得意げに語りだす。
「でしょ?
アイの料理は俺も大好きだから、弥子にも食べてもらいたかったんだー」
「そっか…」
弥子が感慨深い返事をして、ようやく自身で残りの料理に手を付け始める。
満面の笑みでアイの料理を平らげてゆく彼女の横顔を覗き見ながら、サイがふと思った事を口にした。
「どう?嬉しい?」
何の脈絡もナシにそう問いかけると、弥子は本当に嬉しいといわんばかりに声を上げる。
「うん!とっても嬉しいよ!ありがとう、サイ!」
にっこりと笑い掛けてくる彼女につられて、サイの表情もつい自然と緩んでしまう。
「良かった。
弥子に喜んでもらえて」
サイもサイで、弥子が喜んでいる様子を見て満足気に微笑んだ。
*
(あ、それと…後でアイさんにもお礼言わなくちゃ。だね!)