ぽけ&すぺ

□結局、何も変わってない。
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前略。

俺は故郷であるカノコタウンから旅立つ以前、母親が「世の中にはコワい大人が沢山いるから、くれぐれも気を付けなさいね」と口をすっぱくして何度も念を押していたのだが…

実は、その母親からの有り難い忠告も旅に出発し、色々な町を幼なじみの二人と回っていく内に、どうやら綺麗サッパリと忘れてしまっていたようだ。


…あの日、あの時、あの場所で…奴と鉢合わせするまでは。




*********




「…………………」

ーまただ。と言わんばかりに深い溜息を吐く一人の少年。

ここ最近、何やら彼は一人でいる時に限って…まるで誰かに傍でじっと見つめられているような、いやな視線を感じるようになったらしい。

今も丁度、いつも隣にいたホワイト社長も私用で別行動を取っていた矢先、このような有り様である。

「………………」

全く…別にその人物の行動に興味がある訳でもないが、こう何度も何度も痛いくらいの視線を感じる以上、否が応でもそいつの動きを気にしてしまう。

今日はヤグルマの森の中にいるので、その気があればいくらでも身を隠せる場所がある。だがブラックは、そいつの今までの行動パターンから敢えて、
一目に付きにくい奥まった場所よりも、割とあっさり見つかってしまいそうな手近な木の陰に潜んでいるのだろうと推理した。

「……………」

とりあえず、この辺りで一番手近で自身の視界にも簡単に入るであろう、
斜め後ろ45C゚の位置に生えていた立派な大木の脇に目をやると…

「………………」

…いた。間違いなく、そこにはブラックの事を恍惚とした表情でじっと見つめている不審者紛いの青年が、確かにいる。

「やっぱし、またあんたか…」

流石のブラックも、これにはいい加減しつこいと頭を抱える。勿論、相手はそんな事を微塵たりとも思ってやしないのだろうが。

今日という今日こそは、少しガツンと言ってやろうと意気込み、くるりと踵を返して足早にズカズカと例の木の前まで歩み寄っていく。

「毎日毎日…よくもまあ飽きもせず、俺の背中を付け回せるもんだよマジで」

「そう?…ボクから言わせて貰えば、こうしてキミの事を背後から見ているだけで、ボクの中で足りない何かが少しだけど…着実に満たされていくような気持ちになるから、ちっとも苦とは思わないけれどね」

「うわ出たよ…相変わらずのストーカー発言…」

ブラックが如何にもドン引きしたような表情を浮かべてみると、Nは彼の「ストーカー」という単語が気に喰わないらしくムッとしながらもブラックの発言を訂正する。

「失敬な。そもそもキミ、ボクをストーカー呼ばわりする前に…本当のストーカーに一度でも出会った事あるのかい?」

「うるせえ。ていうか、本物のストーカーが云々とか言う前に、世間一般ではおまえみたいな奴を普通にそう呼ぶんだよ」

それに世間では、尾行されている相手がそれを『ストーカー行為』だと判断すれば、大概はそれで成立してしまうだろう。

「…とにかく、
他人が快く思わない行為は大体が犯罪だから、即刻止めるべきだな。うん」

いやあ、我ながら良い事を言ったなあとでも言わんばかりのドヤ顔で一人頷きながらそう訴えると、Nは少し考えるような仕草の後に「ああ」と手を叩いた。

「…そっか。成程ね。
詰まり、キミはボクが木陰に隠れてじっと観察している行為が、嫌だって言いたいんだろう?」

「そうそう!正に、そーいう事だ!」

どうやらブラックの言わんとしている事を理解したようだ。Nは諦めたように溜息を吐きながら呟く。

「…分かった。
キミがそこまで言うなら、もう木陰でコソコソ隠れるのは止めるよ」

「おおっ!やっと分かってくれたかっ!いやうん。良かった!!」

理解して貰えたのが余程嬉しかったのだろう。瞳を輝かせながらもNの手を握りブンブンと振るブラック。
しかし…

「うん。キミの気持ちは良く分かったよ。
…だから、今度からは、最初からこうやって堂々とキミにハグしたり、キスしたりする方向性で考えておくから、安心してね」

「ー…ー……、はい?」

…只の幻聴だろうか。
またしても、とんでもない発言が聞こえたような…

頓狂な声でブラックが聞き返すと、Nは何食わぬ顔で先程の発言を復唱する。

「…だから、
次からは隠れてコソコソとキミの事を見つめるような、消極的な行為は止めて、もっとストレートな行動でキミへの愛を表現してみせるよ!」

「………………」

ー何てこったい。
これでは間違いなく本末転倒。まだ辛うじて控えめだった行為が更に過激なものに変わっただけではいか。
勿論Nは、何だかやけに浮き足立った様子でブラックに無邪気な笑みを向ける。

「…おっと、
そろそろ時間だ。じゃあまたね、ブラック。次に会う時には、全然期待してくれて良いからね」

「…え…あ、いや…ちょっ…ま…まっ…!!」

ー待ってくれ、
と言い終わるが早いか、何とか誤解を解こうとしたが時既に遅し。Nはもうその場を後にしていて、彼は一人ぽつんと取り残される形となった。

これから先、自分がどのような目に遭わされる羽目になるか、なんて事をぼんやりと考えながら。






 

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