お兄ちゃん奮闘記(小説)

□奮闘記第二部
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第二話:鮫のお兄さんB






「あの人の家に行ってみたい」それは、子供ならではの純粋な思考回路だった。



「…、」



きょろきょろ、視界を回せば見たことの無い世界。…とは大袈裟かも知れないが、幸村の記憶には無い景色がそこにはあった。

佐助の家は小さく、廊下も無ければ広さも無い。玄関先には常にゴミがあったし、使い古した靴が幾つか放置してあった。佐助は定期的に掃除をするので汚い家という訳ではないのだが、狭いスペースに仕舞いきれない生活感が溢れていたのである。

さて政宗の家はというと、室内は主にモノトーンな色調で統一されていた。玄関の広い石畳には先程政宗が脱いだ靴があるだけで他には何も無い。靴箱の上に白い花が生けてあり、廊下は白い壁を反射するくらいには磨かれている。佐助の家とは真反対とも言える静けさだった。ひんやりと冷えた雰囲気の室内には人の気配が感じられず、不思議な緊張感を生んでいる。

幸村は室内に上がったはいいものの、どこに居ればいいのか座ればいいのかも分からずただ黙って室内の隅に立っていた。廊下を抜けてリビングへ、これ以上歩くのは躊躇われる程の綺麗な室内である。

ついでに描写しておけば、広い室内には大きな窓が設置してあり、庭と車庫が良く見えていた。かといって視線に晒されている訳ではなく、ごく自然に植えられた生け垣によって守られている。ここまで生活感の感じられない政宗には意外とも言える、畑のようなスペースが庭先に鎮座していた。自然光を取り入れた室内は明るかったが、反射する内容物は少なかった。必要最低限の物しか無いそこは、がらんと静かに、かつ実際の広さよりも天井も高く抜けているような気がした。



「……Hey、」



幸村がリュックを握り締め棒立ちしていると、頭上から不意に声が振ってきた。見上げれば「鮫」そのものの形相をした政宗が視線だけをこちらに寄越している。



『ねえ、どうして鮫のお兄さんちなの?怖くない?あの人怖いとかクールとかって…あ、冷たいって話ね?そんな風に言われてるちょっと訳ありのお兄さんなんだけど』



佐助の言葉が小さな頭に木霊する。

怖い?冷たい?確かに。政宗は子供の視線から見ても「愛想が良い」とか「優しそう」とか言う感想はお世辞にも思えなかった。

けれど、幸村は純粋に興味があっただけなのである。「鮫の住処はどんな所なのか」と。言い方に語弊はあるかもしれないが、まあ、そんな所なのだろう。発想のきっかけは単純、幸村は大将ことくまさんの家には以前行った事がある。

ただの興味本位。死んだ魚のような目をした子供は、生気を少なくする以前は好奇心旺盛な性格だったもよう。ちょっとずつ、彼は本来の姿に戻ろうとしているのかもしれない。

そしてささやかな、子供の素直さが現れている興味が一つ。



「さっさとそこに座れ。Coffeeか、teaか…オレンジは無ぇからな」



黒のラグが引かれたテレビの前を示し、ぞんざいな言葉をかけてくる鮫と名称の付いた男の人。

幸村は佐助の気付いていないところで、ずっと政宗を見ていたのだ。政宗の鋭い視線は佐助を追う事に柔らかくなっている。本人すら無意識のそれに幸村は気付いていた。



『あんなに優しい目をする人が、恐ろしい人な訳は無い』







Cにつづく


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