お兄ちゃん奮闘記(小説)
□奮闘記第二部
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第二話:鮫のお兄さんC
幸村は想像した以上に「まな板の上の魚」状態だった。一応まだ飛び跳ねてはいるが、あと少し時間が経てばぐったり、動かなくなってしまうだろう。
…何とも酷い例えだが、それ程幸村の印象は暗く寂しいもので、政宗はうっかり意表を突かれてしまった。佐助が側にいた所為で気付かなかったのだ。幸村の「精神状態」が如何なるものか。
(厄介な物押しつけやがってあの猿…)
庭先に出、煙草を吹かしながら橙色に染まった夕陽を眺める。いつもなら室内で遠慮無く吸うそれを、政宗はわざわざ外に出て吸うという気遣いを見せた。
政宗が嫌う子供と言うのは、感情を隠さず露骨に体現し、泣いたり喚いたり笑ったりと忙しなく騒がしい生き物だ。自分勝手で我が儘で、振り回すだけ振り回しておいて意思疎通がまるでできない…子供とは一貫してそんな程度だと思っていたのに、幸村はその正反対。室内でちょこんと座り紅茶を啜る幸村は、明るいと名の付く全てのものをどこかへ放り捨ててきたようで。
面倒くさい預かり物ができた。そう政宗は思ったが、表情は思いの外すっきりとしていた。そしてどこか、懐かしいような、何かを思い出そうとしているような風でもある。
政宗の記憶の深い部分、自分が幸村と同い年くらいの頃。彼には思い当たる「共通点」がぼんやりと漂っていた。
どこかで、見たことがある風景だった。
政宗は煙草を消すと室内に入り、徐に冷蔵庫を漁り始めた。どうやら夕飯を作るつもりらしい。
『手料理とか、食べさせてあげたらいいじゃん』
佐助の言うなりになるのは癪だ。政宗は眉間に皺を寄せながら溜息を吐いたが、それ以外に対処法がある訳でも無し。ただ一つ恥ずかしいと政宗が迂闊にも思ってしまったのは、冷蔵庫にいつも以上に力の入った具材が並んでいる事だ。
まあ理由は、政宗が今日泊まりに来るのが誰だと思っていたか、そこを思い返せば理由は自ずと見えてくるだろう。
「…お前リュックくらい下ろせよ」
「!」
「そこに置いていい」
料理を仕上げながら、いつまで立っても動かない幸村に言葉を投げる。この反応で佐助は「最近随分と反応を返すようになった」そう言っていた。まるで魂を引っこ抜かれた抜け殻だ、政宗はやれやれと肩を竦めつつできあがった海老チャーハン(レタス入り)をカウンターに置く。そこにリュックを置いた幸村がとととと小走りにやってきて、完成した料理をカウンター前の机に並べ始めた。
「コップとスプーンそこな、」
「はい」
「あと冷蔵庫んなかにお茶が」
「はい」
健気に返事をしつつ、言われた物を持ってテーブルに置いていく。
(…躾は万全といった所か?)
恐らく佐助が仕込んだに違いない。子供ながら懸命に立ち回っているのを見て、政宗は無意識にほんの少し絆された。
「…いただきます」
「い、いただきます…でござる…、」
二人して静かな夕飯にありつき、合掌。今日のメニューはチャーハンにコンソメスープ、オクラとトマトのサラダである。政宗は簡易なメニューだと思っていたが、幸村はスプーンを手にするなり目をきらきらと輝かせた(ように見えた)。
…幸村が目を輝かせた理由。佐助の経済力ではこんなに大きな海老がチャーハンに入っていた事は無い。
「…、おいしい……」
一口含んで、小さく感嘆の声。死んだ魚のような目をした子供は一瞬海に戻り、生気を取り戻したように見えた。ほんの少し浮かんだ笑顔に、政宗が関心した風な表情を浮かべる。
『旦那が自分のしたことにちょっとずつ反応返してくれるのが嬉しくてさ。なんていうの?些細な事なんだけど。ああ、俺のやってること、喜んでくれてるんだなあって』
そう言えば、自分の手料理を振る舞ったの何ていつ振りだろうか。こんなにも純粋に、嬉しそうな表情を受け取ったのは、いつだっただろうかと。
「Ah?お前一人で寝れねえのかよ」
「…、あ、……、ぅ」
「…っとにあの猿!帰ったら覚えてろ…おら、こっち来い。寝相悪かったら叩き落とすからな、you see?」
「…?」
「こういう時はI seeって返すもんだぜ」
「あ、あいしー…?」
「Yes.」
その日、幸村は鮫の懐で睡眠をとるというとても貴重な体験をした。
Dにつづく。
6個めで完結かな、鮫のお兄さんは。