★009 RE:CYBORG 公開記念番外編

□番外編・002
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午前3時。
ジェットがバーに来るのはいつもこんな時間だ。
閉店まであと3時間足らず…。
ぼんやり飲んで、考え事をするのが日常だ。

気兼ねなく煙草を吸える店が少なくなっている中、住まいの近所にあるこの店は貴重な存在だった。
新年になって6日後、今年初めてこのバーに来た。

「…どうぞ」

落ち着いた、しかし明るい声音とともに目の前に水割りが置かれた。
完璧に丸くカットされた氷が少し揺れている。

ジェットは考え事から引き戻されて顔をあげた。
その視線をしっかり受け止めた控えめな笑顔が返された。
「お待たせしました」
「……」

見たことのない顔だった。
常連になっているこのバーでジェットが知らない店員はいない。
いぶかしげなジェットの視線に頷いて、その店員は挨拶をした。

「今年から入りました。マリーヌ・ルロワです。
ミスター・リンクは常連だとマスターに伺ってお会いするのを楽しみにしていました。
よろしくお願いします」
もう一度にこっと笑うと、彼女は仕事に戻っていった。
白いシャツにV襟の黒いベストが細いウエストを強調している。
黒いバーテンダーエプロンを腰に巻いている。

年配の店主が彼女に笑いかけている。

ジェットは数年前ペンタゴンで起こした騒ぎの責任を取ってNSAを辞するつもりだったが、結局アメリカは彼を手放さなかった。
比較的自由に動ける「遊軍」として個人事務所を持たせ、NSAの必要とする極秘調査を依頼している。
表向きはひっそりと…私立探偵の事務所としてチェルシー地区にオフィスを持っていた。
住まいとオフィスはそう離れてはいない。
カモフラージュのため、たまに簡単な依頼を探偵として受けることもある。

NSAとギルモア財団のかけもち。
今のところはうまくやれている。
ただ、どちらにもどっぷり所属しているという気はしていない。

ジェットはこのバーによく来る。
2年前に引っ越してきて歩いて帰れる距離にみつけた、まあまあ居心地のいい店だ。

年配のマスターとはしばしば無駄話はするが、他のスタッフはジェットの人を寄せ付けない雰囲気におされてか、それほど親しい雰囲気にはならなかった。
それがジェットには居心地がよかった。

「彼女、カクテルが得意だからよかったら飲んでやってくれよ」
マスターがさりげなく寄ってきてジェットに得意げに言う。

「有名ホテルのバーにいたのをうまいこと引き抜いてきたんだ。若いけど世界大会で入賞したこともあるんだぜ」
得意そうなマスターの顔を見て、ジェットも口元を少し緩ませそれを返事にした。
確かに大層な経歴の人物を連れてきたものだ。自慢したくもなるだろう。

世界は「彼の声」にいまだ振り回されることも多い。
どうしようもない争いも絶えない中、ただ無駄にあがいているように思えることも少なくない。
しかしジェットはイスタンブールで再びメンテナンスも受けているし、ギルモア博士の召喚にも3回に1度の割合で応じている。
フランソワーズはそれが気に入らないのか、今度素直に来なかったらジェロニモを迎えにいかせるわ、目覚めさせるためにジョーにしたのと同じことをしてもいいのよと脅かしてくる。
妹のような同志のことを思い出してジェットはふと気づいた。

マリーヌ。
…フランス人か?

カウンターの中はほの暗く、髪の色は恐らく茶色…くらいしか分からない。
瞳は薄茶色…とび色だったように思われた。

いや、今さら女性に興味をもってどうする。
NSAに入った時に断ち切ったはずだった。
完全飛行体の自分を見て人間だと思う女性はまずいないだろうし、いつどうなるか分からない自分が女性に興味を持つこと自体不自然に思われた。
それが故に、ジョーとフランソワーズが一緒にいるところを見ると微笑ましくいつまでも一緒にいてほしいと願ってしまう。
いつから嫉妬の感情まで消えてしまったのだろう…。
昔は二人を見るとからかいたくなる、チリチリした感情があったはずなのに。

ハインリヒに言わせれば「それが歳をとったこと」だと言いそうだ。
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