歌と花束をあなたに

□アンインストール
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僕のマスターは男の人だ。とても優しくてかっこよくて、気も利いていて紳士で男前。お兄ちゃん体質なのか年下に懐かれやすいのを僕は知ってる。僕はマスターのことを何でも知っている。

マスターのことはもちろん、マスターの家族のこと、マスターと親しい友人のこと、マスターが今働いているバイト先のこと、マスターの昔の彼女のことも。全部ぜーんぶ知っている。おかしいことはない。マスターを愛しているがために、マスターをさらにさらに愛するためにしたこと。

マスターも僕だけを見て僕だけを撫でてくれた。…でも、最近はそうじゃない。

マスターがお友達から他のVOCALOIDソフトを貰ったらしい。マスターはそいつらにつきっきり。鏡音リン、と鏡音レン…。ちいさくてかわいくて目もおおきくて声も高い。僕には出せない。マスターは嬉しそう。
僕といる時間はめっきり減ってしまった。だけど、マスターは悪くない。だってマスターはリンとレンに騙されているから。きっとあいつらはマスターに愛されるためにあんな性格を装ってるだけなんだ。だからマスターがつきっきりになっちゃうのも仕方ないんだ。…ああ、憎いなあ…。

爪をガリッと噛むと、ほとんどの爪が剥げてしまった。爪に隠された部分の指が見える。血がぷっくりと玉になり、指を伝ってぽたり、落ちる。血はすぐに固まるだろう。気にしないでいよう。いくら気が利くマスターも、指先がチラリと見えたくらいじゃ気付かないだろうな。マスターは気付いてくれないな。上着の中の自傷のあとを。


これも、あいつらが来たからだ。








夜、マスターもあいつらも寝静まったあと。僕はマスターの部屋でパソコンを起動していた。
パスワードは何かな…マスターの携帯のアドレスの固定文じゃないところをいれてみればあっさりと解除出来た。わかりやすいマスターも可愛いなあ。マスターのことを考えると頬が緩んでしまう。だってすきだから。


「んん…ん?」

「あ…リン、起きたの?」

「帯人兄、どうしたのぉ…?」


マスターを挟んで寝ているリンとレン、パソコンの光でリンが起きてしまった。目をこするリンは愛らしい。憎い。愛らしいかもしれないけれど、殺したいくらいに憎い。そんな感情を押し込んで、リンに笑って見せる。


「リンとレンにさよならするためだよ」

「え…?」



僕からマスターを横取りようとしたこいつらが悪い。アンインストール。バイバイ。
リンが驚いたような顔で僕を見る。でも途中から納得したように顔を歪めた。だって僕はヤンデロイド。マスターに君を譲った友達を憎めばいい。もう二度とこの鏡音リンである君はインストールされないんだけど。


「やだ、やだやだやだ!帯人兄、中止してよっ!」

「…君たちがいなくなって悲しいマスターを、僕が慰めればいい。そう考えたら、君たちがいてよかったのかも…」


いつもと変わらず眠るレンも、懇願するように僕を見るリンも今日で最後。だんだん薄くなって消失していくリンに手を振る。


「ばいばぁい…」


声が出なくなった喉に手をあてて、泣き叫んでるんだろうリン。そっと宙に消えていった。



アンインストール完了しました



パソコンのその表示を見てシャットダウン。朝が楽しみだなあ。マスターの頬をふにふにとつついた。



 

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