novel


魔法の。
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メガネ。


メガネって、いいよね。

顔の輪郭をシャープに見せる、カチッとしたフレーム。

瞳のきらめきを彩るレンズ。


メガネがあることで醸し出される、知性。

メガネのON、OFFで演出される二面性。

一粒で二度美味しいとは、まさにこのこと。



だからね、佐伯くん。

コンタクトだけなんて、もったいないと思うんだ。

私。






魔法の。





一押しは、アンダーフレーム。
オシャレだよね。

最近はプラスチックのカラーフレームも、バリエーションがあって好き。

色だけじゃなくて、形でも大分印象が変わるよね。

柄モノはちょっと上級者向きだけど、それだけでアクセントになるし。



「……おい…。」



でもでも、やっぱり手堅くいくなら、断然!

黒縁!!

これぞTHE・メガネだよね!



「………おいって…。」



ただ、これは意外とかける人を選ぶのよ。

スタンダードなだけに難易度が高いっていうか。



「…人の話を。」



うーん。やっぱりここは無難にスチールの細身なデザインかなぁ。



「聞け。」



ボコっ!!



「…っ痛!!」



私の後頭部にヒットしたのは。

佐伯くんの見事なまでの典型的な右手チョップだった。

振り返ると、眉間にしわの寄った佐伯くん。



「…痛いよ?佐伯くん。」

「…おまえが人の話を聞かないからだろ。」



ここは、商店街のメガネ屋さん。

どうして、二人でここにいるかと言えば。



「人のコンタクト踏んづけといて、自分のメガネ選びとは。いいご身分だなぁ?」



皮肉たっぷりに言われる。

右手が綺麗なチョップ型のままです、佐伯くん。



「ち、違うよ!私は佐伯くんのメガネを一緒に選ぼうと…」

「だから。人の話を聞けって言ってるんだ、俺は。」



再び、ボコっと振り下ろされる。

今度は正面から。


避けられずに、おでこに直撃するチョップ。



「……痛いです、佐伯くん。」

「いいんだ、痛くしてるから。」



佐伯くんはすごく、ご機嫌ななめだ。



もちろん、原因はコンタクトを踏んでしまった私にあるんだけど。

不可抗力とはいえ、割ってしまったのは事実だし。

弁償はいい、と言われてもそこはやっぱりいくらか負担したい、って思ってる。


それに、佐伯くんからの希望でこうしてメガネ屋さんまで一緒に来たのに。

そんなに痛いことしなくても…いや、お怒りはごもっともですが。



佐伯くんは、はあぁ…とわかりやすくため息をついて。



「俺は、コンタクトを、買いに来たんだ。」



単語単語を区切って、はっきりと言われた。



「…え、メガネじゃないの?」



てっきり、メガネ屋さんて言うから。

メガネを買うのかと思ったのに。



「なんで。」

「いや、だって。メガネ屋さん…」

「…おまえが割ったのはメガネか?」

「いえ、間違いなくコンタクトレンズです。」




佐伯くんの、右目の。




「どうしてそれで俺がメガネ買うと思うんだかわかんない。…まあいいや。その辺で大人しくしてろよ。」

「…はい。」




めんどくさい、と言いたげな響き。


これは今は、従うに限る。

そんな雰囲気なので、黙ってじっと待ってることにした。



私はコンタクトを使ったことがないから知らなかったんだけど。

眼科の処方箋があれば、メガネ屋さんでコンタクトを買うことができるらしい。

手元のパンフレットに書いてある。

てっきり、眼科で買うものだと思ってたのに。

なんか目に直接入れるものだし、どっちかというと医療品なイメージがあったから。



佐伯くんは、慣れた様子でカウンターのイスに座って店員さんと話している。



そうか。

メガネ買うんじゃないんだ。

ちょっと、残念。



メガネ、きっと似合うと思うのに。





しばらくして、佐伯くんが戻って来た。



「ほら、帰るぞ。」



言いながら、メガネ屋さんのドアを開けてくれる。

でも、佐伯くんの手には何もなくて。




「あの、コンタクトは?」

「注文した。」

「注文って…すぐ買って帰れるんじゃないの?」



あ、また心底面倒だって顔。



「…俺のは、乱視も近視も入ってて特注。ここには常備されてないんだ。だから、今日は買えない。」

「え、だって、それじゃあ…。」



これからどうするんだろう。

見えないままで、学校行ったり、お店に出るの?



「あー…だから。届くまでは我慢するしかない。」

「いや、でも我慢とかそういう問題じゃ…」




ここまで一人で辿り着くのも危ないレベルなのに見えずにどうやって過ごすんだろう。

どうしよう。

私が割ってしまったばっかりに佐伯くんの毎日が脅かされてしまう。



「あの、本当にごめんなさい。私、なるべくできることはするから。何でも遠慮なく言って?」

「…はぁ?」

「ちょっとうざいかもしれないけど、しばらくは私が佐伯くんの目になるから!」



お家の中までは無理だけど、登下校中とか、出来る範囲で。

あと、授業中のノートね。

黒板見えないかもだし。

教室移動の階段とか、安全を確保しなきゃ!…と気合を入れて息巻いている私に。



「っ痛!!」



再び容赦なく下ろされるチョップ。



「だから、なんでそうなるんだよ…。」

「だって、佐伯くん見えないと危ないってさっき…。」

「…家に帰れば、メガネのひとつくらい持ってるだろ、普通。」



え。


あ。



そうなの?





「そっか。メガネ…持ってるんだね。」



なんだ。

しばらく共同体ぐらいのつもりでいたのに、拍子抜けしてしまった。



「…それに、日曜にはコンタクト手に入るから。学校も問題ない。」




それを聞いて、とりあえず一安心した。

思わず、緊張していた顔が緩んでしまった。



「おまえってさ……。」

「はい?」

「いや…なんでもない。とりあえず、珊瑚礁まで連れて帰れよな。」




さっきみたく、照れくさそうに、でも命令口調でそう言われて。

とりあえず今日の安全確保は私の使命だと改めて気合を入れた。




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