novel
□魔法の。
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私が佐伯くんの少し先を歩きながら。
商店街を抜けて海沿いの道を珊瑚礁目指して歩いていく。
段差とか障害物を気にしながら、なるべくゆっくりめに。
−佐伯くん…まだ、怒ってるかな。
私自身は視力がいいから、コンタクトとかメガネとは無縁の生活だ。
見えない人からしたらなんで?って言われるかもしれないけど。
無縁だからこそ、ちょっとメガネに憧れてたりする。
何か特別感があって、ついついメガネの人を見ちゃったりする。
必要ないのに、メガネ屋さんで無駄に試してみたりするのも好きなんだけど。
そんな感覚だから。
私には視力が悪い人の、見えないことの本当の不便さは正直、わからない。
想像するしかなくて。
コンタクトを割ってしまうことがどれだけ面倒なことか、想像してみる。
まずお金がかかるよね。
そんなに安いものじゃないし。
それに、メガネじゃなくてコンタクトをしているということは。
管理とか、手間がかかってもコンタクトがいい、ということで。
一番は、見た目の問題、かな?
そうして考えてみるとつまりは。
佐伯くんの生活スタイルそのものを揺るがしてしまう…のかも。
だって、佐伯くんのメガネ姿なんて一度も見たことがない。
持ってても普段使わないんだもんね。
考えて、改めて申し訳なくなってくる。
前を向いて歩いたまま、口を開いた。
「佐伯くん、あの、ほんとにごめんね?」
「…もう、いい。一応、俺も付き合わせてるわけだし。」
落としたの、俺だし。
呟くような声。
大分諦めがまじった声音に苦笑しながら、聞いてみる。
「佐伯くんは、メガネ嫌いなの?」
「嫌い。」
「どうして?」
「どうしても。なんだっていいだろ、俺の視力の問題なんだから。」
つれない答えだなぁ。
「…見てみたいんだけどな、佐伯くんのメガネ姿。」
「絶っっ対、ヤダ。」
「いいじゃん、メガネ。かけてるだけで頭良さそうに見えない?」
「ガリ勉に見えるだけだ。」
「そうかなぁ…私、小野田さんのメガネも氷上くんのメガネも好きだよ?」
「…どっちもガリ勉タイプじゃんか。」
「より良く見えるって言うんだよ、それは。それに、メガネっておいしいと思わない?」
「どこが。全然おいしくない。」
もう。全否定ですか。
「おいしいよ。普段メガネの人がさ、ふいにメガネをはずす瞬間てあるじゃない?その時に見える、いつもと違う表情…つい見ちゃうんだよね、私」
メガネのON、OFFで演出される二面性。
一粒で二度美味しいとは、まさにこのこと。
「メガネってドラマとかでも小道具に使われたりするし…なんていうか…」
そう、それは。
「魔法の…道具、みたいな?」
「…………。」
もっともお手軽な、でも、素敵に変身できる、魔法のかかった道具。
言いえて妙、だよね、これ。
うまいこと言った、と思って自信たっぷりに笑顔で後ろを振り返ったら。
「………おまえって……恥ずかしい奴。」
何だか、嫌そうな顔をされた。
どうやら佐伯くんには、私にかかる魔法が効かないようだった。
ーその後。
辿り着いた珊瑚礁で、「一応、ありがとう」の一言と。
珊瑚礁ブレンドをご馳走になった。
どんなに「メガネ姿」をお願いしても、見せてくれなかったのは残念だったけど。
けれども、それから数日後。
私は佐伯くんのメガネ姿を初めて見ることになった。
やっぱりそれは、新鮮で。
新たな一面で。
立派に、魔法だと思えた。
だからね、佐伯くん。
コンタクトだけなんてやっぱり、もったいないと思うんだ。
私。
メガネ男子な佐伯くん。
素敵です。
→あとがき。