novel


魔法の。
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私が佐伯くんの少し先を歩きながら。

商店街を抜けて海沿いの道を珊瑚礁目指して歩いていく。

段差とか障害物を気にしながら、なるべくゆっくりめに。




−佐伯くん…まだ、怒ってるかな。



私自身は視力がいいから、コンタクトとかメガネとは無縁の生活だ。


見えない人からしたらなんで?って言われるかもしれないけど。

無縁だからこそ、ちょっとメガネに憧れてたりする。

何か特別感があって、ついついメガネの人を見ちゃったりする。

必要ないのに、メガネ屋さんで無駄に試してみたりするのも好きなんだけど。



そんな感覚だから。

私には視力が悪い人の、見えないことの本当の不便さは正直、わからない。


想像するしかなくて。


コンタクトを割ってしまうことがどれだけ面倒なことか、想像してみる。


まずお金がかかるよね。

そんなに安いものじゃないし。


それに、メガネじゃなくてコンタクトをしているということは。


管理とか、手間がかかってもコンタクトがいい、ということで。


一番は、見た目の問題、かな?



そうして考えてみるとつまりは。

佐伯くんの生活スタイルそのものを揺るがしてしまう…のかも。


だって、佐伯くんのメガネ姿なんて一度も見たことがない。

持ってても普段使わないんだもんね。



考えて、改めて申し訳なくなってくる。


前を向いて歩いたまま、口を開いた。



「佐伯くん、あの、ほんとにごめんね?」

「…もう、いい。一応、俺も付き合わせてるわけだし。」



落としたの、俺だし。

呟くような声。


大分諦めがまじった声音に苦笑しながら、聞いてみる。



「佐伯くんは、メガネ嫌いなの?」

「嫌い。」

「どうして?」

「どうしても。なんだっていいだろ、俺の視力の問題なんだから。」



つれない答えだなぁ。



「…見てみたいんだけどな、佐伯くんのメガネ姿。」

「絶っっ対、ヤダ。」

「いいじゃん、メガネ。かけてるだけで頭良さそうに見えない?」

「ガリ勉に見えるだけだ。」

「そうかなぁ…私、小野田さんのメガネも氷上くんのメガネも好きだよ?」

「…どっちもガリ勉タイプじゃんか。」

「より良く見えるって言うんだよ、それは。それに、メガネっておいしいと思わない?」

「どこが。全然おいしくない。」



もう。全否定ですか。



「おいしいよ。普段メガネの人がさ、ふいにメガネをはずす瞬間てあるじゃない?その時に見える、いつもと違う表情…つい見ちゃうんだよね、私」



メガネのON、OFFで演出される二面性。

一粒で二度美味しいとは、まさにこのこと。



「メガネってドラマとかでも小道具に使われたりするし…なんていうか…」




そう、それは。




「魔法の…道具、みたいな?」




「…………。」





もっともお手軽な、でも、素敵に変身できる、魔法のかかった道具。

言いえて妙、だよね、これ。



うまいこと言った、と思って自信たっぷりに笑顔で後ろを振り返ったら。




「………おまえって……恥ずかしい奴。」




何だか、嫌そうな顔をされた。

どうやら佐伯くんには、私にかかる魔法が効かないようだった。






ーその後。

辿り着いた珊瑚礁で、「一応、ありがとう」の一言と。

珊瑚礁ブレンドをご馳走になった。


どんなに「メガネ姿」をお願いしても、見せてくれなかったのは残念だったけど。





けれども、それから数日後。

私は佐伯くんのメガネ姿を初めて見ることになった。



やっぱりそれは、新鮮で。

新たな一面で。


立派に、魔法だと思えた。




だからね、佐伯くん。

コンタクトだけなんてやっぱり、もったいないと思うんだ。

私。



メガネ男子な佐伯くん。


素敵です。



→あとがき。


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