novel


月明かりに照らされて
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月明かりの下。


ゆっくりとした足取りで歩く、一組の男女。



人目を忍ぶように、寄り添い歩く二人。





こう語ると、何とも艶っぽい光景なのだが。

しなだれかかる女は、自棄になって叫ぶ。



「ったぁく!!やってられっかぁああってのよぉぉぉぉぉー!!!!」


「はいはい、わかった、わかった。わかったから。わかったから、頼むから、深夜の住宅街で叫ぶのはやめてくれ…」


実際は、艶もへったくれもなかった。



月明かりに照らされて



深夜、0時過ぎ。


駅前の繁華街を抜け、住宅街にさしかかる道を歩く。

静かな闇に、自分の靴音だけがやけに大きく響いて聞こえる。


時間も時間だから、人通りはほとんどない。



それに安堵しつつ、尽は足取りの危うい姉の腕を抱え込み、支えながら…というよりはほとんどずるずる引きずりながら家路を辿る。


できることなら一人で歩いてもらえるとありがたいのだが、姉の足は前進はおろか左右交互に踏み出す基本動作すら難しい状態だった。


すべては、アルコールが原因だ。




「ほら姉ちゃん!俺に、よっかかって、ないで、少しは、まともに、歩けって!…マジ、重いんですけど…」


「おねーさまにむかってなんてくちのききかた?!おねーさまは、そんなこにしつけたおぼえはないわよー!!」



引きずられながらも振り回す腕だけは、元気に尽をポカポカと叩く。



「あー。もー。痛いっての。…勘弁してくれよ」



情けないやらめんどくさいやら。

このままここに放置して帰ろうかと一瞬考える。

置いていった所で近所迷惑確実。

加えて犯罪の餌食にならないとも限らない。

浮かんだ考えは、溜息ひとつで却下した。


尽は相変わらず脱力したままの重たい姉を引きずりながら。

何でこんな事になったのだろうと振り返る。






2時間ほど前のことだ。




自宅でサッカー中継を見ていた尽を、一本の電話が中断させた。


試合は同点、もっか巻き返しのチャンスで盛り上がる一番いい場面。


いいところなのに、と渋々受話器を手に応対しながらも、意識の方は完全にTV画面に釘付けだった。




電話は姉の友人からで。

あれ、今日は一緒に呑むって言ってたよな、と頭のどこかで考えつつ。
目だけはゴールに迫る青いユニフォームの選手から離れない。


受話器を耳に当てながらも右から左に抜ける、電話の向こうの声。


TV画面の中、青々とした芝のコートを走る選手達。

ゴールに迫る姿を追って、テンションMAXの実況アナウンス。

受話器を握る手に力がこもる。

行け!そこだ!突っ込め!
TV画面の中、ロングシュートでゴールが決まる。



「っぃよっしゃ!!ゴール!!!!」

『…尽君、聞いてる?』

「あ、はい!すんません!何の話でしたっけ」



TV画面いっぱいに表示される得点表示に上機嫌で問えば。


『うん、それでね、悪いんだけど…お姉さん迎えにきてくれないかな』




「……………へ」



何がどうして迎えに行く話になったのか。

ぜんぜんまったくさっぱり聞いてなかった。


『なんか、会った時からやけにテンション高くておかしいと思ってたんだけどね…あの娘、すごいハイピッチで呑んじゃって』


困ったように語る声の向こう側。
酔って騒いでいるらしい聞きなれた声が聞こえてくる。


「…みたいスね」

『あ、聞こえる?』


電話の相手が苦笑まじりにそう言った向こうから。
『なぁつぅみぃ〜!まだ話してんのぉぉぉ?』と不満げな声。


この様子では、相当量呑んでいる。

見なくともグダグダな姿が想像できる。

姉自身の事情はともかく…弟としては恥ずかしい事この上ない。



『はいはい!今行くから〜!…今はまだ大丈夫そうなんだけどね、このままだと帰りが心配で…』


「わかりました。すぐ引き取りに行きます。本当にすみません、お手数かけて」


『いえいえ、こっちこそ無理言ってごめんね、ありがとう。じゃあ、悪いけど…待ってるね』

「はい。姉貴、頼みます」




静かに受話器を置いてから。


未だ熱狂しているサッカー中継を横目に。

尽は、いつまで姉ちゃんのお守をしなきゃならないんだろうと思った。



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