novel


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すっげぇ不満だ。



自分で何とかできんなら、もうとっくに何とかしてる。


ただこればっかりは、なぁ…。


机に突っ伏して唸る俺の後ろから、聞きなれたいつもの声。



「あれ、珍しい。和馬が悩んでる」


バカにしやがって。


「…俺だってなぁ、悩み事の一つや二つや三つぐらいあんだよっ」

「え。うん……だっていつもはさ、大抵のことは自分で解決してるじゃない」


だから。
それができねぇから悩んでんじゃねぇか。

おもわずついた溜め息に。



「…あたしでよければ話聞くよ?」


心配そうな顔で言う。



そもそもお前が原因なんだけど。



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並んで歩きながら話す帰り道。


「…身長?」



そう、身長だ。



もともとバスケやるにはちと足りねぇ身長だってのは言われるまでもねぇ。

んなことは俺が誰よりも一番よくわかってる。


だから背が伸びるっていう牛乳は毎日かかさねぇし、自分でできることはしてるつもりだ。


それに、だ。

背が足りねぇからってバスケができねぇわけじゃねぇ。
背が足りねぇならその分跳ぶ。
思いっきり手を伸ばしゃそれでいい。
誰にもボールを捕らせねぇ。

バスケに身長を理由に諦めなきゃならねぇことなんかねぇ。

俺はそう思ってる。


「じゃあ、何を悩む必要があるの?」




だから。

つまり。


それはだ。




「…何さ?」




俺の隣に立つ、お前がいること。


女子にしては背が高いだろ、お前。
こうして並んだ時はいつも考えちまう。

俺と目線がぴったり合う。
肩の高さも同じ…に見えるけど。

もしかしてお前の方が高けぇんじゃねぇの?

俺よりも。

お前の身長。



こればっかりは…俺にもどうしようもねぇことで。


俺が今すぐ何センチも伸びるわけねぇし。
お前が今すぐ何センチも縮む、なんてもっとありえねぇし。


でもやっぱなんつーか…男のプライドっつーか…。

斜め上から彼女を見るってのが世の中の男の楽しみなんじゃねぇの?とか。

俺がそれをするにはあと何センチ必要なんだか。




バスケはなんとでもなる。


でも…こういうことはまた別の話だろ。




「だから、すっげぇ不満なんだよ」




考えた事そのまま話したら。

お前はけらけら笑って言った。



「なぁんだ、そんなことで悩んでたの?」

「…そんなことってなんだよ」




俺は俺で真剣に悩んでんだ、これでも。

ムッとしてみせれば、にっこり笑って言う。



「ああ、うん。そうだよね。ごめん。じゃあそうだな。えっとね?」



少し考えるような仕草。

それからやっぱりにっこり笑って。



「たとえば、あたしがメガネかけてたら和馬はあたしのこと好きにならなかった?」



指でメガネの形を作って顔の前に持ってくる。


「さあな。気にしないんじゃね?たぶん」

「うん。じゃあたとえばあたしがものっすごい髪短くてベリーショートだったら?」


肩で揺らす髪をつかんで短く見せる。


「まぁ長い方が女っぽい感じはするけど。似合ってりゃそれはそれでいいんじゃねぇの?」

「うん。そう言ってくれて良かった」



つかんだ髪を梳きながら、満足そうに微笑む。


「あのさ、何が『たとえば』なんだよ?」

「えっとね。あたしが今、目の前にいるあたしと同じ見た目じゃなかったとしてだよ?和馬はあたしを選ばなかったのかなって、そういう『たとえば』かな」


…たとえ話をするまでもねぇだろ。



「見た目がどんなでもお前はお前だろ?」

「うん。そうだよね」

「だからなんなんだ?」

「和馬、今自分で答え出したじゃない」

「何が?」

「悩み」


うれしそうに微笑む。


「見た目がどんなでもあたしはあたし。和馬は和馬。見た目で選んだわけじゃないのは、あたしも一緒だよ」

「……」

「髪が長い方がいいとか。背が高い方がいいとか。それって『もう少しこうだったらな』っていう範囲の話でさ?…大事にしなくちゃいけないのはそういう理想よりも、目の前にいるお互いのことじゃないかなってあたしは思う」



たとえば、俺の背がもう少し高かったら。

お前が自慢できる彼氏になるんじゃないか。

たとえば、俺がもっと気の利く男だったら。

もっとお前を喜ばせてやれるんじゃないか。


たとえば。

たとえば。

たとえば…。


理想の形は、いくらでもある。


だけど。



「あたしは、今目の前にいる和馬で充分だよ」



大事にしなくちゃいけないのは理想じゃなくて。



「…俺も」



いつもそばにいてくれる人。



「お前がいてくれて良かった」



目の前にいる、かけがえのないの存在。




「和馬はあたしと同じ身長は嫌なの?」

「嫌っつーか…、お前は?もうちょっと俺の身長が高い方がいいとか思わねぇの?」

「ん〜…」


考えながら。


すっと俺の左手を取る。



「身長が近いと和馬がすごく近くに感じられていいなあって、思うけど」



抱きしめやすいしさ、とさらっとぬかしやがる。



「…バカ」

「顔、赤いよ?」

「…うっせぇ」

「いらないよ。身長差なんて。和馬とはどんな距離もいらない」

「……」

「でしょ?」

「だな」



握った掌。


伝わる温もり。


その距離、0センチメートル。



→あとがき


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