novel
□カガクハンノウ
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「葉月君、一緒に帰らない?」
「…別に、かまわない」
「じゃあ、一緒に帰ろう!」
今のあたしにできること。
少しづつでも、今を変えていくこと。
そうは思いながらもなかなか無口な彼と話をするのは至難の技で。
頑張っても頑張ってもどうしても無言で歩く距離ができる。
あたしといてもつまらない、かな。
横でべらべらしゃべってうるさいとか思われてないかな。
と、いうか。
こんなに必死になってるのに何も思わないのかな。
黙って隣を歩く彼の顔を盗み見る。
その表情はいつもと変わらなくて、見てみたところで何を思ってるのかなんてあたしには検討もつかなかった。
あたしばっかりだな。
勝手にどんどん変化してく。
意識して変わって。
無意識な部分で変わって。
目に見える部分も。
見えない部分も。
まるで、化学の実験のようだ。
「…あたしが薬品だったら化学の実験もきっと楽しいだろうなぁ」
「…何だ、いきなり」
「んー、いろいろ変化が激しいから目で見て楽しいかなって」
「…そうなのか?」
「ちょっとね、今そう思ったの」
あたしが薬品なら。
葉月君が近づいただけできっと七色に変化したり、発熱したり、急激な変化で爆発したりするんじゃないだろうか。
そう考えて。
「でも間違いなく危険物指定受けちゃうかな」
そう言ったら、葉月くんが少し笑った。
「面白いこと考えるのな、お前」
「そお?」
「自分のこと危険物に例える奴、初めて見た」
「…要は変な奴だと言いたいのね?」
「…いや、いいんじゃないか?…発想力豊かで」
こんな事考えるのも葉月君のせいなんだけどな、とは言えずに飲み込んで。
「あれだね、葉月君はさ、あんまし変化しない薬品ぽいよね」
「…そうか?」
「うん。加熱されても冷却されても変わらなさそうな…」
常に、マイペースで一定な性質を保つような。
そう言ったらいつもとちょっと違う顔をした。
「…そんな完全な…つまらないものよりは、激しく反応する薬品のほうが面白い」
その呟きがどことなく、自嘲するようだったから。
「でもさ、何かと混ざって激しく反応するかもしれないよ?」
後押しするようにそう言った。
「化学反応してすごいことになるかも!」
ひとりじゃ変わらなくても。
何かと出会うことで、大きく変わるかもしれない。
あたしのように。
葉月君は少しだけ考えるように足を止めて。
「でも…お前と混ざったら大変な事になりそうだから、やめとく」
「ま、混ざったらって…」
思いついたようにそう言って、おかしそうに笑った。
「ひどいや、葉月君」
「爆発するんだろ?」
「なにか中和するものたせばいいんじゃない?」
「…たとえば?」
「…理事長特性、薔薇配合薬品、とか」
「…却下だな」
「…そだねーなしだねー」
そんなくだらない例え話も楽しくて。
薬品のあたしはまた色を、性質を、温度を。
少しづつ変えているのだろう。
葉月君は変化しないのかな。
あたしみたいな小さな要素では変わらないのかな。
安定してて、完全なのかな。
あたしと変化を起こしてみようとか…思わないかな。
「じゃあ、また明日ね」
「…ああ」
「あのね、」
「…?」
「葉月君は、化学変化しないの?」
「…どういう意味」
「なにかと出会って、変わっていくこと」
「…あるんじゃないか?」
「そりゃそうだよね」
当たり前だ。
生きてるんだから。
ただ、なんとなく。
「…あたしにもその変化が見えるかな?」
なんとなく。
誰にも見えないとこで、静かに変わっていくような気がしたから。
「……」
「あたしにはわからないかな?」
他の誰よりも早く、あたしが気付けたなら。
「…お前が、変えるんだろ」
「え?」
「化学反応」
あたしがいることで、葉月君が反応してくれるのかな。
期待を込めたあたしの視線を。
「…いいか悪いかはともかく、な」
彼は意地悪そうに笑った。
「…やっぱり、ひどいや葉月君」
「…爆発は駄目だろ」
「しないってば!」
葉月君はおかしそうに笑いながら、歩いていった。
その背中にも。
小さく笑う声にも。
こまめに変化する自分がいる。
いつか絶対、起こしてやるんだ。
爆発するぐらいにおっきな、化学反応。
夕闇迫る住宅街を歩いていく背中を見送りながら、あたしはまた少し、変化した。
→あとがき