dream


perfume
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今度の季節のケーキセットは何にしよう。

珊瑚礁、4月限定ケーキセット。


春らしく、苺タルト。
毎年恒例だし、これははずせない。

女性客は何より苺に弱いからな。


カットフルーツいっぱいのロールケーキなんかもいいかもしれない。
甘すぎない生クリームでふわっとしたやつ。


桜スイーツが巷じゃ人気だけど、俺としては香りが強い気がしてコーヒーにはイマイチ。

むしろ桜のイメージやビジュアルを活かして、何かできないか…。





あれこれと店のメニューを考えながらの教室移動中に。


階段を上る俺の横をふわっと通り過ぎる、覚えのある香り。




あいつの香水の−−−。





「…かな、」





反射的に声を掛けて振り返る。




「…?」




振り返った先、立ち止まっていたのは。




−−あいつと同じ香りのする、別人だった。






perfume







しまった、と気が付いた時にはもう、立ち止まった相手が俺を見上げていた。



「…佐伯くん?」



不思議そうに首を傾げる女子。

長い黒髪がさらさらと肩をすべる。



ええと…誰だっけ。

確か、あいつの友達の。


内心の焦りを悟られないよう、顔面に速攻で営業スマイルを貼り付ける。



「あー、えっと…。」



そうだ。

水島。

男子人気の高い、お嫁さんにしたい候補ナンバー1とかなんとか言われてる子。


まずったな…素で間違えた。

なかった事にしたいけど、呼びかけたからにはしょうがない。



「ごめんね、水島さん。小波さんと間違えたみたいだ」



さらっと笑顔で言ってみる。

俺の心配を他所に、水島は大して気にした風でもなく。



「ふふ、佐伯くんてば。もしかして、寝ぼけてた?」



いかにも女子らしいしぐさで微笑む。



「ちょっと考え事してたら、見間違えたみたいで。ほんとに、ごめんね?」



出来ればこのまま余計な突っ込みはなしでやり過ごしたい。

にっこり笑ってそのまま、じゃあ、と立ち去ろうとしたのに。



「あ、ねえ佐伯くん?かなさんに何か用事だったの?」



水島はご丁寧にわざわざ聞き返してくれた。

…余計な事を。



「…いや…特には。」

「そう?………でも、私とかなさん…そんなに似てるのかな」



聞かなくていいんだ、そんなことは。




誰が言えるか。


見間違えたんじゃない、香りで間違いました、なんて。



「どうかな…雰囲気とか、似てるかもしれないね。ほら、仲のいい友達って似てくるって言うし。だからかな?」

「ふーん……そっか。ふふふ」



水島からは、ほのかにだけどやっぱりあいつと同じ香りがする。


嫌味のないさわやかな、甘い花の香り。



「僕、次は教室移動だから。もう行くね。」

「うん、呼び止めてごめんなさい」

「いや、こちらこそ」



じゃあ、と言って別れてから。

たどり着いた化学室。



所定の位置に座って授業開始を待ちながら、あいつを目で追った。


同じ実習班のクラスメイトとなにやら盛り上がって、笑ってやがる。



…そもそも、あいつが香水なんてつけるから紛らわしいことになるんだ。







−−−2日前。


いつものように店に出て忙しくしている時のことだった。


微かに香った、甘い花の香り。



別に香水の香りなんて今時珍しくもない。

ここは喫茶店で、女性客も多いし。

コーヒーを楽しんでもらいたい俺としては、不本意ではある。

…ていうか、本音を言えばここじゃ香水なんて邪魔なだけだ。


せっかくのコーヒーの香りを、純粋に楽しめない。

本当の味だって、他の香りがしたら邪魔になってわかんないだろ。

香水使用お断りにしたいくらいだ。


お客様商売である以上、黙ってるけど。

ここはまだ、俺のじゃなくてマスターの店だし。




だけど。

カウンターをすれ違いざまに、あいつからしたんだ。

甘い、花の香り。




…こいつ。


香りの元を断定して即座に俺のトレイが動いた。

すかさずボコっといい音が響く。



「っ痛…。」



まともにトレイの衝撃を食らったかなが頭を抑えたまま振り返る。



「……佐伯くん、痛い。」



恨みがましい目で見上げてくる。



「いいから、ちょっと来い」



そのまま手首をつかんで、店の外に出る。


言わなきゃわかんないんだ、こいつは。

お客様がいないことを確認してから口を開く。



「おまえ、何で叩かれたかわかってるか?」

「………私、また何かしでかした?」



ハの字眉で首を傾げる。

やっぱりわかってない。



「……香水。」

「え?」

「だから、おまえの香水。」

「…うん。今日、つけてるけど…。」



全っ然、わかってない。

なんだってこう、意識が足りない奴なんだ。

ぼんやりしやがって。



「あのなぁ、ここはコーヒーがメインの店なんだ、飲食店なんだ。それをお客様ならともかくバイトが香水つけるのか?……コーヒーの香りの邪魔にしかならない。」



「あ…。」



やっと理解したのか、視線が地面に落ちる。



「…ごめんなさい。」

「謝るぐらいならそんなもん付けてくるなよ。」



つい、イラついて言葉が荒くなった。



「…友達からもらって、つい嬉しくなっちゃって、それで…本当に、ごめんなさい!」



べこり、と音のしそうな勢いで頭を下げる。

瞬間、またふわっと香る。

…甘い。



「…わかったならもういい。戻るぞ。」

「うん…あの、教えてくれてありがとう。二度と付けないから。香水。」

「別に…店に出る時が駄目だってだけだ。後はおまえの好きにしろよ。」

「…うん。」








−−−あんなことがあったから。



身体が勝手に覚えちまったんだ、あの香り。


だから。


ついつい香りに騙されて。

…おまえだと思って、俺は。




なんか、またイラついてきた。



だいたい何だよ。

誰だよ、あいつに香水なんかやったのは。

それも水島と同じやつを、だ。



授業中。

板書をノートに取るあいつの横顔を盗み見る。

真剣そうな表情に。



−二度と付けないから。香水。


あいつのハの字眉と、甘い香りが過ぎる。




あいつに香水なんか…10年早いんだ。




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