dream


コスモスとうさぎ
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「遅くにごめん。まだ起きてた?」

電話越し、左耳に琉夏君の声。

それだけで胸がどきどきする。

今日はいつもより更に。

「うん、大丈夫だよ。なにかあった?」

それを隠して平静を装って答える。

だってそうでしょう。
今日学校で手渡ししたばかりなんだもん。

渾身の、手作りチョコレート。




コスモスとうさぎ




「ちょっとね。今バイトの帰りでさ」

「今日は遅かったんだね?」

話ながら壁掛け時計を見れば、もう22時過ぎてる。
アンネリーは21時閉店のはずだけど。

「バレンタイン当日だからね。お花屋さんはみんなの愛のために頑張んなきゃだ」

そうだ。
バレンタイン、そうだよね。
琉夏くんの言う『バレンタイン』の単語。
そればかり耳に残る。

「あ、そだね!バレンタイン、だもんね!忙しかった?」

「かけこみってやつかな。仕事帰りのサラリーマンがさ、気恥ずかしそうにバラの花買っていそいそ帰るんだ。おかげでバラ、売り切れたよ」

「へぇ、そんなに」

「おかげで俺へとへと」

「そう、大変だったんだね。琉夏くん、お疲れ様でした」

「…今の。もっかい言って?語尾にハートつけて」

そんな声で、そんなこと言わないで欲しい。
心臓が、心臓が。

「お、…お疲れ様でしたv」

「うん。今ので大分回復した」

くすくす笑う声が柔らかくて。
なんだか本当に落ち着かない。

いつも通りでいいんだ、変に意識することないんだから。

普通に、普通に。

「それで、私になにか用事だった?」

「うん、用事。今、降りてこられる?」

「え」

「ちょうど今着いたとこだから」

言われて慌ててカーテンを開ければ。

家の門の前には確かに琉夏くんがいて。

窓越しに目が合うと、にっこり笑って右手をひらひらと振る。

わ。
本当にいる!

「わ!え?ちょ!ちょっと待ってて!」

「うん、待ってる」

左手のケータイもそのままに慌ててコートだけ羽織って部屋を飛び出して。

玄関のドアを開ける。

「どうしたの、なにかあった?!」

いまいち状況が飲み込めない私に、琉夏くんは相変わらずいつものペースで。

「うん、あった。これ、渡したくて」

そう言って琉夏くんが私に差し出したのは。

可愛くラッピングされた、ミニブーケ。

白いレースみたいな花びらのバラと、ワインレッドに近い色のお花を中心にしたアレンジ。

これは、もしかしなくても。
バレンタイン、ブーケ?

「受け取って?」

「私にくれるの?」

「うん、そのために来たから」

はい、と促されて。
両手で包み込むように受け取る。

「ありがとう…」

どう見ても、ギフト用。
もしかしてわざわざ用意してくれたのかな。

「これ、どうしたの?」

「かなちゃんにプレゼント」

「でも今日は…」

バレンタインで。
どちらかといえば私がプレゼントする日、というか、した日、なんだけど。

突然の琉夏くんの登場と可愛らしいプレゼントに、どきどきがうるさくて、頭が回らない。

「うん。なんか…店でバラの花束買って帰る人たち見てたら、俺もかなちゃんにあげたくなった」

慣れない花束買って、居心地悪そうに帰って行く人たちの背中見てたらさ。なんか、いいなあって思って。

穏やかな声が、続ける。

「みんな、どこかにその花束を受け取る人がいるんだなって思ったら…かなちゃんの顔が浮かんで。浮かんだら、会いたくなった。プレゼントだけど、半分は口実」

顔、見れて良かった。
来て良かった。

堂々とそう言ってくれる琉夏くん。

こうもストレートに正面から言われると、もう嬉しいやら照れくさいやらで、ブーケに落とした視線を上げることもできない。

「わざわざ、ありがとう…これ、高かったでしょ?」

「んや。それ、売れ残った最後の1個でさ。店長に頼んだらタダでくれたんだ。売れ残りで悪いけど」

「全然、悪くないよ。福、いっぱいだよ」

残り物には福がある。絶対。
だってもう、こんなにもらってる。

会いたいと思ってくれて。
こうして会いに来てくれて。
お花まで。

こんなに幸せなことってない。

「きれいだね、お花」

「だろ?俺がアレンジしたんだ」

「すごいね、もうプロ級だね」

「しかもちょっと秘密があるんだ」

秘密?

「匂いかいでみて」

言われて、香りをかぐと。
ふわり、ただよう甘い香り。

「これ、チョコレートの匂い…?」

バラの香り程強くはないけれど、ワインレッドのお花から確かに香る。

「チョコレートコスモスっていうんだ。色も香りも似てるだろ?」

「うん。こんなお花もあるんだね」

まるで、バレンタインのためにあるようなお花。


たくさん、嬉しいをもらって。
ついつい顔がほころんでしまう。

照れるし、今きっと顔赤い。

それでもきちんと顔を上げて、伝えなきゃ。

「本当にありがとう、琉夏くん」

「俺こそありがとう。帰ったらチョコ、大事に食べるよ」

へへ、と二人で笑いあった。



「よし。いいもん見れたし、そろそろ帰るわ」

「もう?」

「もったいないけど…遅いし、寒いし。かなちゃんもその格好じゃ風邪引くよ?」

言われてみれば。
パジャマにコートに素足にローファーな自分。

慌ててコートの前を引き寄せる。

「お、お見苦しいものをお見せしました…」

「いや、むしろ得したかも」

「もう、琉夏くん!」

笑って、じゃあね、と歩き出す琉夏くんを見送る。


どうしても、その背中が見えなくなるまでは見送りたくて。

寒くないように、空いている方の手だけコートのポケットに入れた。

そこはほんのり温かくて。
下校した時のカイロが入ったままだった。

うさぎのボアケースに入ってる分、保温が効いたのかもしれない。

温かさに触れて、思い付く。

すぐに琉夏くんの背中を追いかけた。

近くまで走って追いかけて呼び止める。

「琉夏くん!」

「なに、どした?」

振り返る琉夏くんの前。
立ち止まって、その手を取って。

「これ。もうあんまりあったかくないけど、お家まではたぶんもつから」

ポケットにあったカイロを手渡す。

「お?…あったかい」

もふもふだ、と両手でくるんで触れる。

「でしょ?琉夏くん手冷たいし。…私の代わりに連れて帰って?…なんて」

「うん、じゃあ、大事に連れて帰る」

本当は本物のがいいんだけど、言いながらダウンのポケットに本当に大事そうにしまってくれた。

今すぐ小さくなって、もふもふのうさぎに変われるなら。

少しだけ、そう考えてしまう自分がいた。




琉夏くんは、さすがにその格好で一人帰すのはダメだろう、と、来た道を一緒に戻って家まで送ってくれた。

送ってもらったから、見送ろうとしたんだけど。

今度は追って来ないように、かなちゃんが先に部屋に戻って、と言われてしまい。

私が部屋に戻るのを確認してから、琉夏くんは帰っていった。


窓越しに見送った後、すぐに大きめのグラスを選んで水を入れて、お花を飾った。

机の上で甘く香るお花に、琉夏くんの笑顔が浮かぶ。


ベットにもぐって、瞼を閉じる。
あのうさぎもそうだったらいいな。

そう願いながら。

幸せな余韻の中、眠りに落ちた。





Happy
Valentine's
Day!




2014.2.14




→あとがき



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