dream
□コスモスとうさぎ
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「遅くにごめん。まだ起きてた?」
電話越し、左耳に琉夏君の声。
それだけで胸がどきどきする。
今日はいつもより更に。
「うん、大丈夫だよ。なにかあった?」
それを隠して平静を装って答える。
だってそうでしょう。
今日学校で手渡ししたばかりなんだもん。
渾身の、手作りチョコレート。
コスモスとうさぎ
「ちょっとね。今バイトの帰りでさ」
「今日は遅かったんだね?」
話ながら壁掛け時計を見れば、もう22時過ぎてる。
アンネリーは21時閉店のはずだけど。
「バレンタイン当日だからね。お花屋さんはみんなの愛のために頑張んなきゃだ」
そうだ。
バレンタイン、そうだよね。
琉夏くんの言う『バレンタイン』の単語。
そればかり耳に残る。
「あ、そだね!バレンタイン、だもんね!忙しかった?」
「かけこみってやつかな。仕事帰りのサラリーマンがさ、気恥ずかしそうにバラの花買っていそいそ帰るんだ。おかげでバラ、売り切れたよ」
「へぇ、そんなに」
「おかげで俺へとへと」
「そう、大変だったんだね。琉夏くん、お疲れ様でした」
「…今の。もっかい言って?語尾にハートつけて」
そんな声で、そんなこと言わないで欲しい。
心臓が、心臓が。
「お、…お疲れ様でしたv」
「うん。今ので大分回復した」
くすくす笑う声が柔らかくて。
なんだか本当に落ち着かない。
いつも通りでいいんだ、変に意識することないんだから。
普通に、普通に。
「それで、私になにか用事だった?」
「うん、用事。今、降りてこられる?」
「え」
「ちょうど今着いたとこだから」
言われて慌ててカーテンを開ければ。
家の門の前には確かに琉夏くんがいて。
窓越しに目が合うと、にっこり笑って右手をひらひらと振る。
わ。
本当にいる!
「わ!え?ちょ!ちょっと待ってて!」
「うん、待ってる」
左手のケータイもそのままに慌ててコートだけ羽織って部屋を飛び出して。
玄関のドアを開ける。
「どうしたの、なにかあった?!」
いまいち状況が飲み込めない私に、琉夏くんは相変わらずいつものペースで。
「うん、あった。これ、渡したくて」
そう言って琉夏くんが私に差し出したのは。
可愛くラッピングされた、ミニブーケ。
白いレースみたいな花びらのバラと、ワインレッドに近い色のお花を中心にしたアレンジ。
これは、もしかしなくても。
バレンタイン、ブーケ?
「受け取って?」
「私にくれるの?」
「うん、そのために来たから」
はい、と促されて。
両手で包み込むように受け取る。
「ありがとう…」
どう見ても、ギフト用。
もしかしてわざわざ用意してくれたのかな。
「これ、どうしたの?」
「かなちゃんにプレゼント」
「でも今日は…」
バレンタインで。
どちらかといえば私がプレゼントする日、というか、した日、なんだけど。
突然の琉夏くんの登場と可愛らしいプレゼントに、どきどきがうるさくて、頭が回らない。
「うん。なんか…店でバラの花束買って帰る人たち見てたら、俺もかなちゃんにあげたくなった」
慣れない花束買って、居心地悪そうに帰って行く人たちの背中見てたらさ。なんか、いいなあって思って。
穏やかな声が、続ける。
「みんな、どこかにその花束を受け取る人がいるんだなって思ったら…かなちゃんの顔が浮かんで。浮かんだら、会いたくなった。プレゼントだけど、半分は口実」
顔、見れて良かった。
来て良かった。
堂々とそう言ってくれる琉夏くん。
こうもストレートに正面から言われると、もう嬉しいやら照れくさいやらで、ブーケに落とした視線を上げることもできない。
「わざわざ、ありがとう…これ、高かったでしょ?」
「んや。それ、売れ残った最後の1個でさ。店長に頼んだらタダでくれたんだ。売れ残りで悪いけど」
「全然、悪くないよ。福、いっぱいだよ」
残り物には福がある。絶対。
だってもう、こんなにもらってる。
会いたいと思ってくれて。
こうして会いに来てくれて。
お花まで。
こんなに幸せなことってない。
「きれいだね、お花」
「だろ?俺がアレンジしたんだ」
「すごいね、もうプロ級だね」
「しかもちょっと秘密があるんだ」
秘密?
「匂いかいでみて」
言われて、香りをかぐと。
ふわり、ただよう甘い香り。
「これ、チョコレートの匂い…?」
バラの香り程強くはないけれど、ワインレッドのお花から確かに香る。
「チョコレートコスモスっていうんだ。色も香りも似てるだろ?」
「うん。こんなお花もあるんだね」
まるで、バレンタインのためにあるようなお花。
たくさん、嬉しいをもらって。
ついつい顔がほころんでしまう。
照れるし、今きっと顔赤い。
それでもきちんと顔を上げて、伝えなきゃ。
「本当にありがとう、琉夏くん」
「俺こそありがとう。帰ったらチョコ、大事に食べるよ」
へへ、と二人で笑いあった。
「よし。いいもん見れたし、そろそろ帰るわ」
「もう?」
「もったいないけど…遅いし、寒いし。かなちゃんもその格好じゃ風邪引くよ?」
言われてみれば。
パジャマにコートに素足にローファーな自分。
慌ててコートの前を引き寄せる。
「お、お見苦しいものをお見せしました…」
「いや、むしろ得したかも」
「もう、琉夏くん!」
笑って、じゃあね、と歩き出す琉夏くんを見送る。
どうしても、その背中が見えなくなるまでは見送りたくて。
寒くないように、空いている方の手だけコートのポケットに入れた。
そこはほんのり温かくて。
下校した時のカイロが入ったままだった。
うさぎのボアケースに入ってる分、保温が効いたのかもしれない。
温かさに触れて、思い付く。
すぐに琉夏くんの背中を追いかけた。
近くまで走って追いかけて呼び止める。
「琉夏くん!」
「なに、どした?」
振り返る琉夏くんの前。
立ち止まって、その手を取って。
「これ。もうあんまりあったかくないけど、お家まではたぶんもつから」
ポケットにあったカイロを手渡す。
「お?…あったかい」
もふもふだ、と両手でくるんで触れる。
「でしょ?琉夏くん手冷たいし。…私の代わりに連れて帰って?…なんて」
「うん、じゃあ、大事に連れて帰る」
本当は本物のがいいんだけど、言いながらダウンのポケットに本当に大事そうにしまってくれた。
今すぐ小さくなって、もふもふのうさぎに変われるなら。
少しだけ、そう考えてしまう自分がいた。
琉夏くんは、さすがにその格好で一人帰すのはダメだろう、と、来た道を一緒に戻って家まで送ってくれた。
送ってもらったから、見送ろうとしたんだけど。
今度は追って来ないように、かなちゃんが先に部屋に戻って、と言われてしまい。
私が部屋に戻るのを確認してから、琉夏くんは帰っていった。
窓越しに見送った後、すぐに大きめのグラスを選んで水を入れて、お花を飾った。
机の上で甘く香るお花に、琉夏くんの笑顔が浮かぶ。
ベットにもぐって、瞼を閉じる。
あのうさぎもそうだったらいいな。
そう願いながら。
幸せな余韻の中、眠りに落ちた。
Happy
Valentine's
Day!
2014.2.14
→あとがき