dream


七夕に願いを
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空からは無情の雨。

それでも緑には恵みの雨。


天の川の二人は、会えただろうか。




七夕に願いを




氷室先生に質問をしていたら、バイト先に来るのが遅くなった。



傘を差しながら、小走りにたどり着いた店先を見れば。
普段並んでいないはずの、笹があった。


本来価格が記入されるはずのプライスカードには『ご自由にお持ちください』の文字。

仕入れ品じゃないのだろうか。


不思議に思いながら裏口に回ってお店に入る。


「すみません、遅くなりました」


「志穂さん!」


お店に入るなり、エプロン姿の小波さんが微笑みながらパタパタとやってくる。


「おはようございます、小波さん」

「あっおは、おはようございます有沢さん!」


学校でも会ってるけど、ここはバイト先。

アルバイトとはいえ仕事は仕事。
挨拶は基本。

慌てた彼女はべこりと音がしそうな勢いで頭を下げる。

起き上がった彼女はやっぱりにこやかに微笑んで。


「志穂さん、見て見て!綺麗だよ」


差し出されたのは、繊細な七夕飾りいっぱいの笹。


「どうしたの?それ」

「今日は七夕だから」


言われて、配送承りカウンターのカレンダーを見れば今日は7月7日。

確かに七夕ね。


期末試験で頭がいっぱいで、すっかり忘れてた。




「それ、売り物なの?」

「ううん、店長のお友達がお店の販促にって、お庭の笹をくれたんだって」


なるほど。
だから『ご自由に』なのね。





それにしても、見事な笹飾り。


「それ、小波さんが?」

「ちがうちがう!これはパートさんと、店長がね」




本格的かつ繊細な作りは、さすがの器用さ。


いえ、単に暇だったのかしら。

今日は朝から雨が本降りだったし。




天の川。

くす玉。

吹き流し。

一枚星。

提灯。

あみ飾り。


色とりどりの、短冊。




「なんだか懐かしいわね」

「幼稚園とか小学校だと七夕は恒例行事だけど、さすがに高校ともなるとしないよね」

「そうね、もう期末試験だし」

「あ、そう、それだ!忘れないように書いておかなきゃ」


折り紙の短冊を手に、カラーペンで書き込む彼女。

…テストでいい点取れますように…?


「神頼みは感心しないわ」

「う…ごもっともだけど、志穂さんみたいに出来がよくないんだもん」

「出来が、って言う前にやらないからよ」

「志穂さん、厳しい!」

「貴女はやればできるから言うのよ」


言いながら、まるで口うるさく子供を諭す母親のようだと我ながら苦笑する。


「えへへ、ありがとう志穂さん」

「ありがとう、じゃなくて勉強してね?」

「とりあえず志穂さんは、短冊書いてね?」


はい、と渡される折り紙の短冊。


外は雨なのに。

お願い事なんて届くのかしら。




「すみませーん」

「あ、はーい!じゃ、志穂さんはまず短冊!」




願い事…ね。






渡された短冊を手に、ぼんやりと目が彼女を追った。

お客様に、にこやかに対応する彼女。

人懐こい笑顔。

明るい声。

気配り。


知識はまだまだだけど、接客に必要な大事なものを彼女はたくさん持っている。

私も負けてるつもりはないけれど…持って生まれた根本の部分は、どうしようもない。

自分で努力してないつもりもないけど…やっぱり、女の子に生まれたなら誰だって。

彼女のようになりたいと思うわよね。



屈託がなくて、素直で。

野の花のような女の子。




願い事。



私も…素直になれたら。




なんて。

お店に飾るものにばか正直に書けない。



どうしようか。



………。



思い付いて、短冊に水色のペンで書きこんだ。


願わくば。

誰の目にも触れず、天に届きますように。



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