dream


七夕に願いを
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夜9時、アンネリー閉店。


「お疲れさまでーす」

「お疲れさま。じゃあ私、お先に失礼します」

「あ、待って志穂さん、一緒に帰ろうよ!」

「小波さん、今日はレジ締め当番でしょ?悪いけど私、帰って勉強があるから」

「つれないなぁ、志穂さん…」



志穂さんが冷たいわけじゃないのは、もう知ってる。

自分に必要な事を知ってるし、自身に厳しい人だから。


「ごめんなさい、試験が終わったらお茶でも付き合うわ」

「約束!」

「約束。それじゃあね」

「うん、また明日ー」


ちょっとさみしいけど、志穂さんのそういうところはすごいと思う。

すぐ流されちゃう私とは違うんだなって。

大人、だと思う。


「小波さん、悪いけど七夕飾り片付けてくれる?」

「あ、はーい」



さすがに七夕過ぎて飾っておけないもんね…とは言えですよ。


「店長、これ、捨てちゃうんですか?」


何だか、それなりに思いのこもった短冊をそのままゴミにしちゃうのは切ない。


「大丈夫。今度海辺のイベントで焼くの。灰と煙にはなっちゃうけど、ちゃんと天まで届くわ」

「へー、なんか本格的」

「地方によっては川に流したりもするみたいね…でもまぁ、今の時代じゃ難しいわよね」



炎と煙になって、天までかぁ。

…もう少し真剣に短冊書けば良かった。


店先に飾っていた笹をちょっと惜しみつつ、店内に下げる。






そういえば志穂さんは。

なんて書いたのかな。



…罪悪感と好奇心。


人の願い事を盗み見るなんて趣味が悪いことだって。分かってるけど。



欠点のない志穂さんの願い事。


望みを、知りたかった。



たくさんの短冊の中から、志穂さんの筆跡をさがす。



丁寧で隙のない、まっすぐな文字。


「これ、かな?」



水色のペンで書かれた文字。

ごめん、志穂さん!
ちょっとだけ…。




『茉莉花のような人になれますように』



…ま、りか…かな?

誰かの名前?


女優さん、とか。
志穂さんなら作家さんとかもあるかも。



「小波さん、シャッター下ろしていい?」

「あ、はい、すみません!」

「笹握りしめちゃって。どうかしたの?」

「あの…店長、まりかって芸能人さんですか?」

「まりか?」


店長が私の手元を覗く。


「んー、芸能人にいるかもしれないけど私は知らないなぁ…。それに、正しい読みは『まつりか』ね」

「まつりか…」

「ジャスミンの和名よ」

「ジャスミンてあの、中華料理食べる時に飲んだりするお茶の、ですよね?」

「そうね、お花もいい香りで私は好きよ」

「…茉莉花のような人」


いい香りのする人、ってことかな?


「ちなみに、花言葉は『素直』」

その短冊はそういう意味なんじゃない?
店長がシャッターを下ろしながら教えてくれた。



『素直になれますように』




私は志穂さんは素直な人だと思っていたけれど。

志穂さんにも、素直になれない何かがあるのかな。



まっすぐな、綺麗な文字で控えめに書かれた願い事。

きっと、これなら天に届くと思う。



飾りを壊さないように、静かに笹を下げた。







お店を出たら、雨は小降りになっていて。


空を見上げてみたけど、やっぱり星は見えなかった。



空からは無情の雨。

それでも緑には恵みの雨。


天の川の二人は、出会えただろうか。




きっと。
見えなくてもあの雲の上で二人一緒だと思う。

二人に志穂さんのお願いが届いたらいい。




「私も、頑張らなきゃね!」


七夕の願いは諦めよう。


帰って試験勉強することにした。



→あとがき


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