dream2
□満月の夜に
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満月の夜が来る度、彼女は空を見上げる。
それも特に赤い満月が巡って来た時だ。
あの日、鹿鳴館で初めて彼女に出会った夜と同じ−赤い満月の夜。
何かを探す様な。
何かを、諦めた様な。
憂いを帯びた瞳で彼女は独り、月と対する。
彼女の境遇を思えば無理もないことではあるのだが。
消し去れない、何か。
僕では埋めてやることの出来ない何かが彼女の中にある。
満月の夜に
仕事を終えて帰宅する途中、空に浮かぶ月が目に映る。
…ああ、またやってきたのだ。
忌々しい夜が。
もはや自分にとっては宿敵のようなものだ。
ただでさえも忌々しいそれは今夜、やっかいなことに赤色を帯びている。
言いようのない不安が胸を塞ぐ。
こんな夜はいつもそうだ。
そしてこんなときに限って、僕の帰りが遅くなる。
一刻も早く。
彼女の側に帰らなければ。
大きく存在を主張する月を追いかけるように、人力車を急がせ一路自宅を目指した。
「芽衣、今帰ったよ」
玄関に入ってすぐ帰宅を告げる。
−彼女の返事はない。
家にいないのだろうか。
この時間に?
そんなはずはない。
いつもなら夕餉の支度をして僕を待っている時間だ。
玄関で出迎えてくれる彼女がいない。
姿が見えない。
声が聞こえない。
ただそれだけなのに不安が増していく。
「…芽衣?」
台所に姿はない。
サンルームにも。
まさか。
いや。
いなくなるはずはない。
彼女は…僕の妻なのだから。
黙っていなくなるなどありえない。
そんなはずはない、そう自分に言い聞かせながら2階へ階段を駆け上った。
薄闇の廊下を彼女を求めて走る。
胸騒ぎを必死で宥めながら。
視界の悪い廊下。
数多ある客室の中で一室、ドアが開きかけた部屋を見つけた。
そこはかつて春草がこの屋敷にいた頃、彼女に与えた部屋だった。
開きかけたドアから、部屋の中を覗けば。
そこに、彼女がいた。
窓際に独り佇んでいる。
ただじっと、窓ガラス越しに見つめている。
暗闇に浮かぶ赤い−満月を。
薄暗い部屋の中。
他に光源のない中で、月の光を受けてあわく輝く白い頬。
その、表情。
いつもの顔だ。
満月の夜の顔。
瞳に映る、赤い月。
彼女は探しているのだろう。
彼女の記憶を。
家族のぬくもりを。
故郷の面影を。
失ってしまった何かを。
取り戻せない何かを。
こんな夜はいつもこうだ。
彼女は僕を置きざりにして、独りになる。
僕に見えない何かを探して独り憂うのだ。
−だが。
僕は今、ここにいるのだ。
独りになんてさせない。
させてたまるか。